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〈生命感知〉に青い点が現れた。
緑の点として感知されるのは普通の獣であり、青い点として感知されるのは魔獣である。青い点は、もといた世界と同じようにはっきり表示されている。そのことがレカンを少しばかり安心させた。
〈生命感知〉の感度を最大まで上げてみた。無数の緑点が表示される。小さな動物や鳥や虫たちだろう。この森は生き物にあふれた森なのだ。もっとも、その点のなかには毒虫や毒蛇、レカンの知らない危険な生き物もまじっているかもしれないのだから、油断はできない。
〈生命感知〉の感度を下げる。詳しすぎる情報は邪魔だ。
右手で〈収納〉から愛剣を取り出すと、木々のあいだをぬって、青い点が示す位置、つまり魔獣がいる場所に向かって歩き始めた。
〈収納〉の能力が使えたことと、そこにちゃんと愛剣が入っていたことにほっとした。ということはほかの荷物も無事だろう。これからしばらくは、〈収納〉が命綱となる。日持ちの悪い食べ物は、早めに取り出して食べておかねばならない。
踏みしめる草の感触に不快感はない。
左手で木々の手触りを確かめながら、ゆっくりと歩く。
緑の点は遠ざかってゆく。獣たちは、レカンの接近を感知し、逃げているのだ。
だが、魔獣を示す青い点は近づいてくる。
(ふふ)(オレを獲物だと思っているのか)
レカンは体の感覚を確かめるため、三度素振りを行った。
感触は良好だ。体は正常に動くし、剣が風を斬る手応えも心地よい。
そして身が軽い。いつもより速く歩けている。
ほどなく〈立体知覚〉の範囲に魔獣が入ってきた。
肉眼でもちらちらと姿がみえるが、上手に草や木に身を隠しながら近づいてくる。
〈立体知覚〉の半径は五十歩ほどで、これは変更できない。ただし、範囲内の一部分に集中することで、より精度の高い情報を得ることができる。前後左右上下を同時にみわたすことができ、死角というものがない。
使いこなすには少々こつがいるが、使いこなせればこれほど戦闘の役に立つ能力もない。特に、狭い場所で多数の敵を同時に相手取るときには、この能力は圧倒的な優位性を与えてくれる。
三十歩ほどに近づいたとき、魔獣は草の陰から姿を現し、突進してきた。突進力を武器とする魔獣なのだろう。
魔獣はみるみる加速する。わずかながら下り坂になっている地点なので、加速に拍車がかかっている。その地点を選んで攻撃をしてきたのだ。
みたことのない魔獣だ。中型犬ほどの大きさだが、顔つきは猪に似ている。
魔獣が今にも激突しようという、その寸前、レカンは右前方に素早く飛び出して剣を振った。
魔獣はそのまま走り過ぎて、大きな木に激突して崩れ落ちた。
レカンの剣は、魔獣の首筋を正確に捉えていた。生き物の皮と肉を切り裂く感触に、レカンはわずかに身震いするとともに、不思議な充足感を覚えた。
敵と戦い、これを倒す。そのときレカンは、自分が確かに生きていることを実感するのだ。
魔獣に近づいて死んでいることを確かめると、胸に拳を当てて頭をたれ、その魂の平安を祈った。
そして立ち上がると、剣を左手に持ち替え、右の手のひらを魔獣の死体に向けた。正確にいえば、心臓と対の位置に生成されたはずの魔石に手のひらを向けた。
そして〈魔力吸収〉を行った。
ずるずると、魔力が流れ込む。手のひらが熱くなる。吸い込んだ魔力は右腕を通り、レカンの体にしみ込んでいく。
最後の一滴まで魔力を搾り取ったあと、少しだけ間を置いて、死骸は崩れてゆき、砂となった。
この出来事がレカンにもたらした安堵感は、ひどく大きなものだった。
魔獣には確かに魔石があった。そして魔力を吸うことができた。魔力を吸いきったあと、魔獣の死骸は砂になった。
もといた世界と同じである。
さて、魔獣がいて、倒せば魔力を吸収できることはわかった。
次は、この土地の生き物が食えるのかを確かめねばならない。
危険を伴うが、とにかく試してみるしかない。
そのとき、レカンの耳に女の悲鳴が飛び込んできた。