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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第20話 金級昇格
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15


「まさかほんとにまた来るとは思わなかったよ」

「まだあんたが起きているような気がしたんだ」

「とっとと用事をすませておくれでないかい」

 レカンは、領主邸でのやり取りを、かいつまんで話した。

「おやおや、やるもんだ。あんたもずいぶん成長したね」

「あんたの助言のおかげだ」

「エダちゃんのことを、ちゃんと領主に説明して、保護を約束させたのはいいねえ。いずれはばれずにはすまないこった。真っ先に領主を味方につけたのは、うまいやり方さね」

「あれでよかったのかどうか心配だったので、そう言ってもらえて安心した。だが、領主がどの程度信じられるかだ」

「それはどこに行っても同じさ。ここの領主はまあまあまともなほうだよ」

「そうだな」

「へえ。ずいぶん風向きが変わったもんだ」

「あたいが〈浄化〉を持ってることは、領主様にわかってもらったんだから、これからは誰に〈浄化〉をかけてもいいんだよね?」

「ちょっと待て。どうしてそうなる」

「エダちゃん。あんたの優しい心はあんたの宝物だ。だけど、病人や怪我人をみるたびに〈回復〉や〈浄化〉をかけてたんじゃ、とんでもないことになっちまう。誰かに〈回復〉や〈浄化〉をかけようと思ったら、まずレカンに訊きな」

「わかった」

「そうしてるうちに、どういうやり方をすればいいかもみえてくるだろうさ」


16


 家に帰り着くと夕刻だった。

 エダが夕食を作っているあいだ、レカンは〈加速〉の練習をした。

 何かがつかめかけた気がした。


17


 翌日の朝、レカンはエダを連れてノーマを訪問した。

「そうか。領主様にエダの真実を告げたのか。それはいいことだと思う。私から一つ助言がある」

「聞こう」

「エダが〈浄化〉持ちであることは、遅かれ早かれ、町の貴族や有力者たちには知れてしまうと思う。だが、おおっぴらには〈浄化〉持ちであることを口にしないほうがいい」

「ふむ」

「つまり、エダは優秀な〈回復〉持ちであって、それ以上ではない。その立場は揺るがしてはならないと思う」

「よくわかった。エダ、わかったか?」

「ええっと。あたいはやっぱり〈浄化〉を使っちゃいけないってこと?」

「そうではないよ、エダ。ただ、二つのことを守ってほしい」

「二つだね。わかった。何と何?」

「まず、〈浄化〉の呪文を唱えるのは、レカンと迷宮に潜っているときか、シーラさんかレカンか私の前だけにすること。ほかの人がいる前では、絶対に〈浄化〉の呪文を唱えてはいけない」

「うん。わかった」

「そして、君の場合、〈回復〉の呪文で魔法を発動しても、相手の病状その他によっては自然に〈浄化〉になってしまう場合があると思う。そのときに、今のは〈浄化〉かと訊かれても、〈回復〉だと言い張るんだ。私は〈浄化〉なんか使えませんとね」

「あたいは〈浄化〉なんて使えない。あたいが使うのは、全部〈回復〉」

「そうだ。それでいい。ところでレカン」

「うん?」

「以前打ち合わせしたように、君やエダの〈回復〉を受けたいと言ってきた人には、再開の予定はないということと、再開した場合には金貨一枚の料金になることを伝えている」

「ああ」

「ところが、その金額を聞いてもなお受けたいと言う人たちがいる」

「ほう」

 金貨一枚といえば、一人前の煉瓦職人の百日分の日当にあたる。

 当然、金貨一枚を払ってもたった一回の〈回復〉を受けたいというような者は、庶民ではあり得ない。

「君が勘違いしないように言っておくが、そのうちの半分ほどは、到底豊かとはいえない人たちだ。それでも、老いた父母のため、病気のこどものため、その金を払おうとしている」

「レカン。あたい、〈回復〉をかけてあげたい」

「ああ」

 病や怪我で苦しんでいる人を救いたいというこの気持ちは、エダの特質であり、そういう気持ちを持つなと言うことはできないし、言ってもその気持ちはなくならない。自分自身もけっして恵まれた生い立ちではないだろうに、不思議なことだとレカンは思った。

「レカン。これはチャンスかもしれない」

「うん?」

「ゼプスさんが死去したことは、すでに他家でも知っている。額面通りの病死などではないという噂も流れている。ゼプスさんが死んだ夜、ゴンクール家で騒ぎがあったようだということも知られている。私も往診先でいろんな噂を聞かされたよ」

「なるほど。それはそうだろうな」

「君とエダは、金級冒険者になる。そして君たちが迷宮踏破者だということは、すぐに広く知られることになる」

「冒険者同士のあいだではともかく、一般の人には関係ないことだろう」

「いやいや。領主様が何のために君たちを呼び出して、説明をし了解を求めたと思っているんだね。迷宮踏破者二人がこの町の金級冒険者になったという話は、あっというまに町の隅々にまで伝わるさ」

「そうか。そういうことだったんだな」

「君たちは、町の英雄で守護神となる。さて、そういうときにエダが上級の〈回復〉持ちだと知られたら、どうなる?」

「わからん。どうなるんだ?」

「上級の〈回復〉持ちである、しかももしかしたら〈浄化〉持ちでさえあるかもしれないエダを拉致したために、ゴンクール家の跡継ぎさえ命を失うはめになったとすれば、この町の貴族家や有力者たちにとって、このうえない抑止効果がある」

「むう」

 鳥が飛べることを周りに知られず生きてゆけるだろうか。それは隠し通せるものではなく、鳥が鳥であるかぎり、翼を持つことはやめられない。

 エダが優れた〈回復〉持ちであることは、ある程度以上どこかに住み続けるかぎり、周りにまったく知られないということは不可能だ。

 とすれば、ノーマの言うことが正しい。

「ノーマのもとで〈回復〉を使えば、エダが優秀な〈回復〉持ちだということは、町のなかで知られていくだろう。だが、それと、ゴンクール家の長男が殺されたことを結び付けて受け止めるとはかぎらんのではないか?」

「貴族家や有力者たちには、領主様が噂を流すのではないかと、私は思うんだけれどもね」

「なに?」

「この町にいるかぎりエダを守る。貴族家や有力者を牽制する。そう領主様はおっしゃったのだろう?」

 考えてみれば、その通りだ。領主がエダを守るために、自分のほうからできることは多くない。ノーマが推測したような方法をとることは、ほとんど確実だといってよい。

「なるほど。エダ」

「うん」

「お前、ノーマの指示に従って、病人に〈回復〉をかけるか」

「うん。そうしたい」

「そうか。わかった。ノーマ」

「何かな」

「いつから始める?」

「早いほうがいいね。ちょうど明日が往診日なので、取りあえず明日同行してもらうのはどうだろうか」

「往診になるのか?」

「私は、〈回復〉をかける相手を、ほかの方法では治療できないような重篤な患者にかぎるつもりだ。当然、往診することになる。ここで〈回復〉を続けていると、あまりに無制限に〈回復〉のことが知られてしまうしね」

「なるほど。待てよ。明日オレはゴルブルに行くつもりなんだが」

「君は同行しないほうがいい」

「なに?」

「同行しなくてもエダを守れるという余裕をみせるんだ。そのほうが最終的にはエダのためになる」

 心配だからといって、いつもつきまとうわけにはいかない。しかも、来年になれば、エダとは別れることになる。時々はようすをみに来るつもりだが。

 エダのことを心配して付き添っていれば、そのときはいいが、そばからいなくなったときに何が起きるかわからない。だから、目を光らせつつも、エダのそばから離れていたほうがいい。確かにノーマの言う通りだ。

「あんたの言うのが正しい。よろしく頼む」

 ジンガーは、部屋の隅で黙って話を聞いていた。

 その表情にゆらぎはない。

 心を決めたのだろう。

(この男はエダのことをもう侯爵家に報告する気持ちはないな)

 レカンはそうみた。

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