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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第20話 金級昇格
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「知っている、と答えるわけにもいかんだろう」

 つまり、知ってはいるが、そう言ってしまえば問題を起こしたレカンを処罰しなければならないので、知らないことにしておく、という意味だろう。

「神殿に新たな神像を献納したばかりか、孤児院に九回もおもむいてこどもたちを遊ばせる奉仕をした感心な冒険者のことは聞いている、とだけ答えておこう。ああ、それから、ゴンクール家からは、長男が病死したという届けが出ている」

「エダは、中級いやたぶん上級の〈回復〉が使える。そして、〈浄化〉持ちだ」

「なにっ」

 領主が驚愕を顔に浮かべた。

「いや、そうか。そうだったのか。実は、そうではないかと思わないでもなかったのだ。それでわかった」

 わかったというのは、ゴンクール家がなぜ誘拐という非常手段に出たか、その理由がわかったということなのだろうな、とレカンは思った。

「エダを、本人の意志に反して閉じ込め、利用しようとする者がいれば、そいつはオレの敵だ。今後、オレがどこにいるとしても、オレはそいつを殺す。そのことを、あんたに知っておいてほしい」

「よくわかった」

「勝手なことを言うが、このことは、あんたの腹にしまっておいてもらいたい」

「了解した。ここにいるアギトとテスラも、沈黙を守ることを、ワシの名誉にかけて誓う」

「感謝する」

「だがレカン。きちんと報酬を支払ってエダの〈回復〉を所望することは、許してもらえるのだろうか」

「それは、そのときによる。だが、エダに対する〈回復〉提供の申し出には、応える場合もあると思う。少なくとも、あんたがその申し出をすること自体には、何の問題もない」

「それはうれしい。これは訊いてみるだけなのだが、エダはニーナエという中規模迷宮の踏破者であり、冒険者レカンの仲間だ。〈浄化〉持ちだということが知られても、手出しをする者はないと思うのだが」

「今年いっぱい、エダはオレの弟子であり、パーティーメンバーだ。だがそのあとどうなるかはわからん。どういう状況になるにせよ、エダの安全を確保したい。だから領主であるあんたにエダの秘密を知ってもらい、そのうえでエダをみまもってもらいたいのだ」

「よくわかった。エダがこの町にいるかぎり、ワシはその安全を守る努力をすることを、君に約束する。といっても、始終みはっているわけにもいかん。貴族家や有力者がエダを拘束しようとする動きを牽制するぐらいのことだ。何かあれば相談してくれれば対処する」

「それで充分だ」

「今日の会談はまことに有意義だった」

「そうだな」

 レカンは会談の成り行きに、自分自身で驚き、かつ満足していた。

 会談全体についていえば、領主がレカンに頼み事をし、レカンは自身にとっては厄介事でしかないその頼み事を引き受けた。つまり領主に貸しを作った。

 エダのことも、もしもそのことだけを相談に来たのであれば、レカンが借りを作ることになった。しかし今回、レカンは、エダに手出しをすればただではすませないという自身の決意を話しただけであり、領主のほうからエダの安全に力を尽くすという言質を得た。領主からの頼み事を聞く話し合いのなかでこの話題を出したから、そうなったのである。

 ゴルブルに行くという面倒事を押し付けられたが、遠方というわけでもない。それでヴォーカ領主に貸しを作れるなら、安いものだ。

 こうしてみると、譲れるところは譲れというシーラの助言は、まさに剴切だったといえる。

 レカンが立ち上がりかけたとき、領主の息子のアギトが口を開いた。

「レカン。シーラ殿は私にとり、恩人であり、懐かしい人だ。その人のもとを訪ねることは、今後もないとはいえない」

「恩人?」

 レカンの疑問には、領主が答えた。

「シーラ殿は、この町がまだ貧しかったころから、目立たない形でいろいろと助けをしてくれた。表だったことは頼んでもやってくれなかったがな」

 シーラは、レカンが思っていたより長くこの町に住んできているようだ。

「アギトが幼かったころ病にかかり、死ぬところだったのをシーラ殿に救われたこともある」

「そうか」

 レカンは、若いアギトを、じろりとみた。

 そして、やり取りの意味合いを考えてみた。

 先ほどレカンは、領主の息子が庶民の自宅を訪ねるようなまねをするなと釘を刺した。アギトが常識をわきまえない行動をしたためにもめごとが起きた、と批判したわけだ。

 それに対してアギトは、訪ねることの許しを求めてしまった。そして、訪問のしかたを配慮すると言ってしまった。レカンの批判が当を得たものだと認めたことになる。

 ところが今、自分がシーラを訪ねるのは当然のことだと言い直した。つまり、自分の側に非があったわけではないと言い直した。

(なるほど)

(ただのぼんくらではなかったか)

 レカンは、アギトがシーラの家に押し入ったときのことを思い出した。

 アギトの父は、領主が領民の家を調べることのどこが悪いと言ったが、それはその通りだ。守護隊がシーラの家に踏み込んだこと自体を、レカンがどうこう言うことはできない。領主はシーラとの関係を大事にしたいのに、アギトがそれを踏みにじってしまった格好になったが、それは領主家内部の問題である。

 まして、シーラやニケのことを案じたがゆえの行動だとすれば、その動機を非難することはできない。

 さらにあのとき、テスラ隊長の諫言を、アギトはおとなしく受け止めていた。領主の跡継ぎであるという立場を利用して、テスラ隊長に言うことを聞かせようとはしなかった。そのことは認めてやってもいい。

「ならば、せめて事前に使いをよこせ。そして留守であれば、あるいはシーラが使者に会おうとさえしなければ、訪問を諦めろ。まちがっても暴力で家に押し入るようなまねはするな」

「わ、わかった」

 そこでわかったと言ってしまうと、暴力でシーラの家に押し入ったことをなかば認めてしまうことになるのだが、ここらがアギトの限界のようだ。

 その横で領主がため息をついていた。

 それにしても、今日の会談では、レカンは普段なら気づかないようなことを気づき、普段は考えないようなことを考えることができた。それが会談を有利に運ぶことにつながった。

(シーラに礼を言わねばならんな)

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― 新着の感想 ―
[一言] シーラの家に踏み入った件は扉ぶっ壊して入ってたのが事態をややこしくした要因の1つかなと思ったり あれだと押し入り強盗にも見えるし、実情はともかく心情的に気持ちいいもんではなかったですからね …
[一言] レカンは元々実力があるのに、新しく覚えた魔法を嬉々として練習する可愛らしい様子や、シーラの言葉を素直に受け入れて実行して学んだりして成長していく姿が嬉しく、また眩しいです。 28歳くらいの人…
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