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「レカンはその気になれば、こういうやり取りもできるのだな。おみそれした。一本取られた格好だが、金級冒険者として頼もしいかぎりだ」
領主がレカンを褒めた。
どこで一本取ったのかレカンにはわからなかったが、自信ありげな顔つきで領主をみつめ返した。こういうときは、気後れしたら負けである。
「頼み、というか相談がある。ゴルブル領主のことだ」
「ほう」
「ゴルブル領主がワシに丁重な使いをよこした。ヴォーカの町の冒険者で〈黒衣の魔王レカン〉と呼ばれる人物が、二度にわたりゴルブル迷宮を踏破した。ゴルブル迷宮の踏破者が出たのははじめてのことであり、ぜひ会ってその名誉をたたえたい、とな」
「なるほど」
「その上で、〈ハルトの短剣〉の買い取りを交渉したいということだった」
「あの短剣は売るつもりはない。献上するつもりもない」
「それは、ゼンキスから聞いた」
「ゼンキスとは誰だ」
「驚いたな。この町の冒険者協会の協会長の名を知らん冒険者がいたとは」
「ああ、あいつか。理解した」
「実はワシがその短剣を買い取りたいと思っていた。献上と報奨金の下賜という形式でな。そうすることで、ゴルブル領主はワシに頭を下げて短剣を買い取らざるを得なくなる。そこで貸しを作り、迷宮品の買い取りそのほかで、新たな関係をゴルブルと築くきっかけにしたかったのだ」
「なるほど。あんたの意図と立場はわかった。ゴルブル領主が〈ハルトの短剣〉を欲しがる理由は何だ」
「自分が管理する迷宮で〈ハルトの短剣〉が出たのだぞ? 迷宮の格が上がるではないか。だが、現物を領主が持っておらんどころか、みたこともないというのではお話にならん。しばらく手元において、領内の有力者や近隣の領の者にみせつけたいではないか」
「そういうものか」
「そういうものだ。そして、〈ハルトの短剣〉がゴルブル迷宮から出てゴルブル領主の所有となったという事実が浸透したころをみはからって、王家に献上する」
「王家に? だが、少し前に出た〈ハルトの短剣〉は、すでに王家が買い上げたと聞く。次の王太子が決まるときまで、もう王家も新しい短剣を必要としないのではないか?」
「それは知っているのだな。次の王太子選定が十年後になるか三十年後になるかわからないが、そのときのために〈ハルトの短剣〉を用意できれば、王家としては都合がよい。そうでなくても、献上品としては極めて価値の高い品だ、王都は額面以上の褒賞をゴルブル領主に与えるだろう」
「ふむ。一応理解した」
「そこであらためて訊く。これは取引の提案なので、気分を害せず聞いてもらいたい」
「聞こう」
「君は〈ハルトの短剣〉を所有しているな?」
レカンは言葉で答える代わり、外套の襟を立てて、〈収納〉から〈ハルトの短剣〉を取り出し、机の上に置いた。領主に会うのに武器を携帯していてはまずいかと思ったので、剣も短剣も〈収納〉にしまってある。
「おお」
「こ、これが!」
領主とその息子が身を乗り出して、机の上に無造作に置かれた秘宝を凝視している。壁際にいたテスラ隊長も、思わず近寄ってきた。
「手にとってもかまわないだろうか」
「かまわん」
領主は短剣を持ち上げ、柄や鞘をしげしげと眺め回したあと、鞘から剣を抜いた。気品ある不思議な光がもれる。三人は声もなく秘宝にみいっている。
やがて領主は短剣をしまった。
「ふう。よいものをみせてもらった。感謝する」
「ああ」
「さて、この短剣を白金貨一枚で譲ってもらえないだろうか」
このような申し出があるだろうと覚悟していたので、レカンは格別腹立ちを覚えなかった。それどころか、金額を聞いて、これは領主の精いっぱいの申し出なのだろうと思った。
「その金額には、あんたの誠意が込められていることは感じた。そのことに礼を言う。だが、申しわけないが、この短剣は、オレの冒険にきわめて有用なものだ。たとえどれほどの金を積まれても、人に譲る気はない」
領主は大きく息を吸い、ふううとはきながら、深くソファにもたれた。
「そうか。残念だ。しかし、冒険者としては当然のことだな。無理を言ってすまなかった」
「〈ハルトの短剣〉というのは、それほど珍しいものなのか?」
「君からそれを言われるとはな。いったいどれほどの数の〈ハルトの短剣〉が、各地の迷宮で出現しているか、誰も知らない。なぜなら、〈ハルトの短剣〉を得るのは、ほとんどの場合、君のような凄腕冒険者だ。彼らは自分で短剣を使う。だから、この短剣の出現自体、あまり知られることがない。王家といえども、この短剣を思いのままに得られるものではないのだ」
聞いてみれば、ごく当たり前のことだ。冒険者がこれを売るのは、その金で引退して気楽な生活をしたいと思うときぐらいだ。
ほとんどの場合、ということは、そうでない場合もあるということだ。迷宮騎士などがこれを得ることもあるのかもしれない。
レカンは〈ハルトの短剣〉を〈収納〉にしまった。
「さて、その短剣を君が手放す気がないことは、あらためて確認させてもらった。そのうえで相談がある」