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領主館では、テスラ隊長が迎えてくれた。
ヴォーカの町の守護隊は、町の門を担当する隊と、領主の館を担当する隊と、町の治安を担当する隊があり、三つそれぞれに隊長がいる。テスラ隊長は、領主の館を担当する隊長だ。
ばうばうと吠えかかる木狼を無言で威嚇しながら、レカンはエダを連れて館に入った。
通された部屋は、領主の執務室ではなく、上等の調度が置かれた応接間だった。
ソファに座れと言われたので座った。
ほどなく領主がやって来た。息子のアギトも一緒だ。
「やあ、レカン。久しぶりだ」
「ああ」
「そちらがエダか」
「はい」
「こんな可憐な少女だとは。よしなに頼む。このたびの盗賊討伐ではご苦労であった」
「は、はひ」
「さて、レカン。君を金級冒険者に推薦したい。受けてもらえるか」
「金級冒険者になると、何か義務が発生するか」
「何も特別な義務はない。ワシや町の有力者が指名依頼をすることもあるかもしれないが、それは断ってもかまわない。つまり、金級になろうがなるまいが、冒険者としての立場が変わるわけではない」
「シーラのもとでの薬師の修業は、今年いっぱいで終わる。そのあとは各地を放浪することになると思う。具体的な予定はまだ立ててないがな」
「そうなのか。それは残念だ。だが、この町に戻ることがまったくないというわけではあるまい?」
「わからん。戻ることもあるかもしれん。ないかもしれん」
「それならいい。できれば時々は町に帰ってくれ。だがそれも君次第だ」
「オレがこの町で金級冒険者になることによって、あんたにはどういううまみがある?」
「ふむ。町に金級冒険者がいるということは、それだけで治安を向上させる。そして周囲の領主やよからぬことをたくらむ者たちに、ちょっかいをかけることをためらわせる効果がある。しかも君の場合は特別だ」
「特別とは?」
「領主が町の内外ににらみを利かせるには、騎士団を持つのが一番だが、わが町はまだそういう段階にない。迷宮都市の領主はおのずとにらみが利く。高位の冒険者をいつでも雇うことができるからな。そのどちらでもない領主にとっては、金級冒険者がそれに代わるものとなる」
「なるほど」
「だが君とエダは、金級冒険者であるとともに、迷宮踏破者だ。しかも君は、二つの迷宮を都合三度踏破した世にもまれなる冒険者だ。その君が、君たちが、わが町の冒険者であるのだ。これを特別と言わずして、何と言おう」
「今後俺たちが、あんたの意志の通りに動くという保証はない。それでも金級になる意味があるのか」
「そんなことは問題ではない。というより、君たちという武力を行使するようなことになれば、それは政治的敗北だ。抑止力は使わないからこそ意義があるのだ」
「ふん? むずかしい話はよくわからん。とにかく、オレたちに何の義務も負わせず、あんたに利益があるというなら、それでいい」
「そう言ってもらえるとありがたい。失礼だが、以前君とあったときの印象から、今日の相談も、むずかしいことになるのではないかと覚悟していたのだ」
「シーラから言われたんでな」
「シーラ殿から? 何を?」
「あんたとの話し合いで、譲れるところは全部譲れと言われた」
「そうか。シーラ殿がそのように。彼女には、本当に」
本当に何なのか。その続きを領主は言おうとしなかった。
しばらくの沈黙のあと、レカンが口を開いた。
「用事がこれだけなら、オレたちは帰る」
「あ、いや、待ってくれ。まだ相談がある」
「言ってみろ」
「まず、あらためて確認しておきたい。君は、ゴルブルの迷宮をソロで踏破したのだな」
「ああ」
「しかも、二度」
「ああ」
「もしかして、以前君がここに来たとき、すでに迷宮を踏破していたのか?」
以前領主館に来たのがいつだったか、レカンは記憶を探った。
「一回目に踏破してこの町に帰ってきた、その日のことだったな。あんたの息子がシーラの家のドアを壊して侵入し、オレを捕縛しようとしたのは」
「それは言ってくれるな。悪かったと思っている。だが、そうか。あのときすでに、君は迷宮踏破者だったのか。それをあのように扱うなど、息子もワシも不明にもほどがある。どうか許してくれ」
なんとヴォーカ領主は頭を下げた。隣で息子も頭を下げた。壁際に立っているテスラ隊長も頭を下げた。
一瞬だけ、レカンは溜飲が下がる思いを味わった。その次の瞬間、心の警報が鳴った。
(今この町最大の権力者とその後継者がオレに頭を下げている)
(オレは勝利の快感を味わいかけた)
(だが何かがちがう)
(これは本当にオレにとって勝利なのか)
(逆にこいつらに頭を下げさせることによってまずいことになっていないか)
それは理屈ではなく、直感である。
直感でレカンは、この二人に頭を下げさせたことで、自分の喉首にロープがかけられたような危機感を覚えた。
レカンは、突然、頭を下げた。
領主とその息子より深く、レカンは頭を下げた。
「領主とその後継者に恥をかかせることになった。そのことをオレはわびる」
「れ、レカンが人に頭を下げるなんて」
隣でエダが驚いている。
「あ、いや」
領主もとまどっているようだ。
「今後、シーラやオレに用事があるときは、部下を差し向けてもらいたい」
「そう言わないで、私が今後もシーラ殿やニケ殿を訪ねることを許してもらいたい」
レカンは顔を上げた。
領主の息子のアギトはまっすぐにレカンをみつめている。
その横で領主は、渋い顔をしている。
「領主の後継者であるあんたが、この町に住んでいるシーラを訪ねることを禁じられる者はいないだろう。だが、庶民には庶民の生活があり、ルールがあるのだ。できればそれを尊重してもらいたい」
精いっぱい頭を使って、レカンはこのセリフを絞り出した。だが、しゃべりながら、自分で自分のセリフの意味が充分にわかっているとはいえなかった。
「もちろんだ。今後、シーラ殿やニケ殿の暮らしをかき乱すようなことはしない」
アギトの言葉を聞いて、領主はますます渋い顔になった。
(勝ったな)
何にどう勝ったのか、レカン自身にもわかっていなかったが、直感的にそう思った。