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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第20話 金級昇格
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 エダがどうしても水浴びをするというので、レカンは一度シーラの家に行った。

「来るなって言わなかったかい」

「そういえばそうだったな。すまん。忘れてた」

「まあ、いいさ。まだ休みには入らないで、資料や手紙を整理してたからね。それで、何か用かい」

「領主がオレとエダを金級冒険者に推薦したいそうだ」

「へえ。そりゃいい。受けとくんだね」

「エダは金級に昇格するのがいいと思うが、オレは断ろうと思う」

「どうしてだい?」

「縛られるのはいやだ。それに領主は、〈ハルトの短剣〉を買いたいと言ったそうだ。つまらん義理を作って短剣を売らねばならんようになっても困る」

「ちょっと待ちな。今、茶を淹れるから」

 シーラは、棚の最上段から特上の茶葉を降ろして茶を淹れた。

 いい香りが部屋に満ちた。

「レカン」

「ああ」

「あんたの強さは研ぎ澄まされた刃物の強さだね。鋭く尖ったとげの強さだ。近くに踏み込んでくる者は誰でも刺してしまう。仲間と認めたやつ以外はね」

「そうだな」

「それは、もろい強さだよ」

「なに」

「考えてもごらんよ。尖ってるものは折れやすい。鋭い刃はこぼれやすい。あんたがそうさ」

「オレにどうしろというんだ」

「剛剣になんな」

「剛剣?」

「巌をたたき斬っても刃こぼれしない、そんな剣におなり」

「どうすれば、そうなれる?」

「そうさねえ。まずは、強いものの弱さを知ることかねえ」

「何のことかわからん」

「あんた、領主は強いと思うかい?」

「強いだろう。金と部下と権力を持っている。身分もだな」

「そうともいえるね。だけど領主は、町で一番弱い存在でもある」

「なに?」

「守らなきゃならないものが多いからさ。町の経済と繁栄と平和。貴族と平民。商人と職人と農民と冒険者。そうした全部を守らなきゃならない。町の一部が滅びたら、それは領主の一部が滅びるということなんだからね」

「この町にも、恵まれない者はいる」

「あんたはそれをもって領主を責めるのかい。領主は八を生かすために二を殺さなきゃならないこともある。全体の立ち行きのために、一部をみすてなきゃならないこともある。だけど、全体を繁栄させていけば、いずれはみんなが幸せになる。それが領主の立場ってもんさ」

「そんな領主が本当にいるのか?」

「あたしは立場の話をしてる。ただし、この町の領主はなかなかよくやってると思うよ」

「息子は馬鹿者だがな」

「それだよ」

「どれだ」

「その、あんたが人をみるみかただよ」

「それがどうした」

「あんたが人を薄っぺらなやつだと思うそのとき、それは相手が本当に薄っぺらなのかもしれないし、その相手をみるあんたのみかたが薄っぺらなのかもしれない」

「オレの、みかた?」

「あたしは、あのぼうやはなかなかだと思ってる」

「どこをみればそう思えるんだ?」

「あたしに言わせてどうするんだい。それを自分でみつけるのが、あんたが剛剣になる道なんだよ。自分の歩く道を人に歩いてもらうことはできないんだ」

 口ではシーラに太刀打ちできない。だがそれにしても、シーラが領主の息子を評価する以上、あの息子にはレカンの知らない美点があるのだ。

「領主は弱い。だけどその弱さは、弱い弱さじゃなくて、強い弱さなんだ」

「強い弱さ?」

「そうさ」

「あんたの言うことが、オレには理解できん」

「すぐにはわからないだろうさ。わかったら、もう剛剣になりかかってる」

「結局オレはどうすればいいんだ。金級を受ければいいのか?」

「それは自分で決めな。そうさねえ、これから領主に会いに行くんだったねえ。譲れるところは全部譲っておしまいな」

「なに?」

「冒険者としての自由を奪われたり、あんたが大事にしてるものを取り上げられそうになったら、それは受け入れちゃだめだ。短剣も売る必要はないよ。だけど、そうじゃない部分については、領主の顔を立ててやんな」

「顔を立てる?」

「不思議そうな顔をして言うんじゃないよ」

「それがオレを縛るものだとしてもか?」

「それをみきわめる力をつけなって言ってるんだよ。そうすりゃあ、それはあんたを縛る鎖じゃなく、あんたを守る鎧になるかもしれない。身に降りかかるものを全部斬り捨てていたら、素っ裸で生きていくことになる」

 レカンにはよくわからなかった。

 冒険者であるということは、常に裸であることではないのか。

 何も持たないかわり、何にも縛られない。

 その自由さこそが冒険者の特権ではないのか。

 だが、シーラが嘘や無駄事を言うとは思えない。

 シーラは、レカンが生まれてはじめて出会った師と呼ぶべき存在だ。

 たとえ人ならざる怪物であっても。

 そのシーラの言葉をむげにはできなかった。

「あんたの言う通り、譲れるところは譲ってみる。あとでまた報告に来る」

「だから来るなって言ってるだろ」

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― 新着の感想 ―
ターニングポイントですね この話大好きです 作品って作者さんの写しですよね どんなに綺麗に形整えても薄っぺらいものもあれば、無骨でも深いなにかを与えてくれるものもある その作者さんが形成してきた以上の…
[気になる点] >譲れるところは全部譲っておしまいな ビショップ先生は譲れるところを譲れるようになれましたか?
[気になる点] >「それは自分で決めな。そうさねえ、これから領主に会いに行くんだったねえ。譲れるところは全部譲っておしまいな」 エッセンシャル思考という本でも、何かを得るにはまず初めに何かを捨てるこ…
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