表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼は眠らない  作者: 支援BIS
第20話 金級昇格
191/702

5_6_7

5


 翌日、レカンは採取した薬草を、まず仕分けした。

 乾燥させるのに、根を切り離すものと、そうでないものがある。

 また、浅い乾燥で葉を落とすものは、別にしておく。

 今回、傷薬は作らない。

 万能薬とかぜ薬は、ごく小量でいい。

 ポプリについては、約百束作れるほどの量を採取した。

 百束のポプリが欲しかったわけではなく、練習をして作製技術を確かなものにしておきたかったのである。

 シーラのポプリは、八種類の薬草で作るものと、二十一種類の薬草で作るものがある。今回レカンが作るのは、すべて二十一種類のほうだ。

 二十一種類の薬草を束ねたあと、魔力を込める。この魔力の込め方が効果の決め手なのだが、なかなかむずかしい。そこで、シーラに指導を受けられる今のうちに、百回練習しておこうと思ったのだ。

 仕分けは半日ほどで済んだ。

 そのあと半日と翌日は、乾燥させる薬草を縛って吊す作業だ。

「まあまあ、あんた。体力回復薬の材料ばっかり、よくもこんなに採取してきたもんだ。どこの国と戦争をおっぱじめるつもりだい?」

 向こう一年分の薬なので、多めに採取したのだが、ちょっと多すぎたかもしれない。成分のうえで中心になるのはキュミス草なのだが、分量の上でいうと、ほかの材料のほうが多い。あとで下処理が大変だ。

 三日目にはポプリを作り始めた。

 最初に二十一種類の薬草を束ねてポプリを作り、あとで呪文を込めてゆくのだ。

 作業をしながら、今ごろエダはどうしているだろうか、とレカンは考えた。

 目的地まで片道一日なのだから、早く討伐が終われば、今日中に帰ってきてもおかしくない。今ごろ帰途についているだろうか。何か起きて、まだ現地にいるだろうか。

「いらいらするのはおやめ」

 茶を飲み、手紙のようなものを読みながら、シーラが言う。

「いらいらしてなどいない」

「じゃあ、かたかた床を踏みならすのはおやめ」

「かたかた床を踏んでなどいない」

「そうかい」

 取りあえずエダのことは忘れて、作業に没頭した。

 かた、かた、かた、かた。

 自分の右足がかたかた床を踏んでいたのに気づいてやめた。

 二十人もの人数で行ったのだから、討伐失敗ということはない。

 ゼキは冷静な判断ができるやつだ。

 敵の首領がなかなか腕が立つというが、どの程度の腕なのだろうか。

 かた、かた、かた、かた。

 いつのまにか、また床を踏んでいたので、やめた。

「疲れた。帰る」

「そうかい」

 結局この日、ポプリは仕上がらなかった。


6


 翌日、ポプリをくくっていて、ふとジェリコと目があった。

 首をかしげて、どうしたの、と言わんばかりの表情をしている。

 レカンは手元のポプリをみた。

「シーラ」

「何だい」

「今回もジェリコに〈変身〉をかけておいてくれたんだな」

 うっかりして、魔獣であるジェリコの前で、その確認もせず魔獣よけのポプリの作製を始めてしまった。

「えっ?」

 読んでいた書類から目を上げて、シーラがとぼけた声で返事をした。

「ああ、そうだよ。もちろん、そうさ」

 午前中にポプリをくくり終えた。

 昼食を食べ、一服していると、シーラが話しかけてきた。

「レカン。エダちゃんのことで相談がある」

 レカンは、どきり、とした。

 この老賢女がエダのことであらたまって相談があるというのだ。

 それはエダの人生を大きく左右するような相談にちがいない。

「エダちゃん、最近、口調が変わっちまっただろ?」

 そういえば、その事情についてシーラに説明していなかったような気がする。前の口調は無理に作ったものだと教えておこうとしたが、シーラは言葉を続けた。

「いや。どういう事情であんな口調を作ってたのかは、うすうすわかっちゃいるんだ」

 説明せずともわかってくれていたようだ。だが、すると、相談とは何か。

「あの、すっす口調なんだけどね」

「すっす口調?」

「〈ほんとっすか〉〈まいったっすねえ〉〈お世話になるっす〉っていう、あのすっす口調さね」

「ああ」

「聞いてるときは、ちょっとうっとうしかったんだけど、聞けないとなると、なんか無性に懐かしくなってねえ。あの口調に戻してもらうわけにはいかないかねえ」

「知るか」

 実にくだらない相談だった。

 ポプリに呪文を込める作業を始めようとしたときである。

「む」

 〈生命感知〉に映る赤い点が近づいてくる。

 たぶん、これはエダだ。

(近づいてくる)

(近づいてくる)

(もうすぐだ)

(もうすぐ着く)

 〈立体知覚〉が、庭にエダが降り立つのをとらえた。

 たちまち、元気な声が聞こえた。

「ただいまー!」


7


「やっぱり、シーラばあちゃんのお茶が一番だね」

「そうかい、そうかい。それで、どうだったんだい、討伐は」

「うん。予定通り東門前に集合したんだ。そしたら、ギョームがいた」

「なに」

 ギョームは、大怪我をしていたところをエダに救われた冒険者だ。〈回復〉のことは秘密にしてくれる約束だったのに、その足で神殿に行き、はした金でエダをカシス神官に売り渡した。おかげで、エダは神殿に呼び出されて審問を受けることになった。その結果、レカンは九日も孤児院に行くはめになったのである。

 だから、その名を聞いて、レカンがぎろりと右目を光らせたのは、無理もないのだ。

「でも、あのことは、ギョームがどういう人かみぬけなかったあたいが悪いんだ。だから、べつに何も言わなかった」

「ふんふん、それで?」

「守護隊のリットン隊長って人が、あたいをみて言いだしたんだ。こんな小さな女の子は連れていけないって」

「ほう」

「レカン。怖い顔をするんじゃないよ」

「してない」

「でも、ゼキさんが、〈千本撃ちのエダ〉は頼りになる冒険者だって保証してくれて、討伐に参加できることになったんだ」

「そうか」

「討伐隊は六班に分かれて現地に行って、向こうで集合して野営した。ギョームのやつが、どういうわけかあたいになれなれしくしてきたんだけど、あたいは冷たくあしらってた。そしたら、ゼキさんが来てギョームを追い払ってくれてね」

「ゼキはやっぱりいいやつだねえ」

「あれ? シーラばあちゃん、ゼキさんを知ってるの?」

「ああ、知ってるよ」

「それで、ゼキさんが、何かあったのかって聞くから、ギョームとのいきさつを話したんだ。ギョームがあたいを神殿に売ったから、あたいは呼び出されてひどい目に遭ったって」

「それを、ギョームやほかのやつは、近くで聞いてたんだね?」

「うん。ギョームは、中級の〈回復〉というような素晴らしい能力は、ちゃんと神殿に報告しなくちゃいけないとか何とか言ってた。ゼキさんは、お前は冒険者の仁義を踏みにじった、しかも命の恩人を金で売ったんだ、って言った」

「それから」

「ゼキさんが、リットン隊長に言ったんだ。おとりを一人出して敵の手の内をみさだめようか、ちょうどいいおとりがみつかったぞ、って」

「おやおや」

 無口なゼキにしては、頑張ってくれたものだ。

「ギョームはその夜のうちに、どっかに消えちゃった」

「あらあら、まあまあ」

 領主からの依頼を受けておいて、敵前で無断逃亡したわけである。レカンは冒険者協会の規則などよく知らないが、たぶんこの町では二度と仕事は受けられないだろうと思った。もしかすると、冒険者資格を剥奪されるかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] このすっとぼけたやり取り、平和そのもので何度読んでも好き [一言] そんなこんなでゆっくり読み返しております
[気になる点] もしかしなくてもエダってチート系キャラですか? レカンは才能+努力って感じがしますが [一言] とても面白いのでじっくり読ませて頂いてます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ