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翌日、レカンは採取した薬草を、まず仕分けした。
乾燥させるのに、根を切り離すものと、そうでないものがある。
また、浅い乾燥で葉を落とすものは、別にしておく。
今回、傷薬は作らない。
万能薬とかぜ薬は、ごく小量でいい。
ポプリについては、約百束作れるほどの量を採取した。
百束のポプリが欲しかったわけではなく、練習をして作製技術を確かなものにしておきたかったのである。
シーラのポプリは、八種類の薬草で作るものと、二十一種類の薬草で作るものがある。今回レカンが作るのは、すべて二十一種類のほうだ。
二十一種類の薬草を束ねたあと、魔力を込める。この魔力の込め方が効果の決め手なのだが、なかなかむずかしい。そこで、シーラに指導を受けられる今のうちに、百回練習しておこうと思ったのだ。
仕分けは半日ほどで済んだ。
そのあと半日と翌日は、乾燥させる薬草を縛って吊す作業だ。
「まあまあ、あんた。体力回復薬の材料ばっかり、よくもこんなに採取してきたもんだ。どこの国と戦争をおっぱじめるつもりだい?」
向こう一年分の薬なので、多めに採取したのだが、ちょっと多すぎたかもしれない。成分のうえで中心になるのはキュミス草なのだが、分量の上でいうと、ほかの材料のほうが多い。あとで下処理が大変だ。
三日目にはポプリを作り始めた。
最初に二十一種類の薬草を束ねてポプリを作り、あとで呪文を込めてゆくのだ。
作業をしながら、今ごろエダはどうしているだろうか、とレカンは考えた。
目的地まで片道一日なのだから、早く討伐が終われば、今日中に帰ってきてもおかしくない。今ごろ帰途についているだろうか。何か起きて、まだ現地にいるだろうか。
「いらいらするのはおやめ」
茶を飲み、手紙のようなものを読みながら、シーラが言う。
「いらいらしてなどいない」
「じゃあ、かたかた床を踏みならすのはおやめ」
「かたかた床を踏んでなどいない」
「そうかい」
取りあえずエダのことは忘れて、作業に没頭した。
かた、かた、かた、かた。
自分の右足がかたかた床を踏んでいたのに気づいてやめた。
二十人もの人数で行ったのだから、討伐失敗ということはない。
ゼキは冷静な判断ができるやつだ。
敵の首領がなかなか腕が立つというが、どの程度の腕なのだろうか。
かた、かた、かた、かた。
いつのまにか、また床を踏んでいたので、やめた。
「疲れた。帰る」
「そうかい」
結局この日、ポプリは仕上がらなかった。
6
翌日、ポプリをくくっていて、ふとジェリコと目があった。
首をかしげて、どうしたの、と言わんばかりの表情をしている。
レカンは手元のポプリをみた。
「シーラ」
「何だい」
「今回もジェリコに〈変身〉をかけておいてくれたんだな」
うっかりして、魔獣であるジェリコの前で、その確認もせず魔獣よけのポプリの作製を始めてしまった。
「えっ?」
読んでいた書類から目を上げて、シーラがとぼけた声で返事をした。
「ああ、そうだよ。もちろん、そうさ」
午前中にポプリをくくり終えた。
昼食を食べ、一服していると、シーラが話しかけてきた。
「レカン。エダちゃんのことで相談がある」
レカンは、どきり、とした。
この老賢女がエダのことであらたまって相談があるというのだ。
それはエダの人生を大きく左右するような相談にちがいない。
「エダちゃん、最近、口調が変わっちまっただろ?」
そういえば、その事情についてシーラに説明していなかったような気がする。前の口調は無理に作ったものだと教えておこうとしたが、シーラは言葉を続けた。
「いや。どういう事情であんな口調を作ってたのかは、うすうすわかっちゃいるんだ」
説明せずともわかってくれていたようだ。だが、すると、相談とは何か。
「あの、すっす口調なんだけどね」
「すっす口調?」
「〈ほんとっすか〉〈まいったっすねえ〉〈お世話になるっす〉っていう、あのすっす口調さね」
「ああ」
「聞いてるときは、ちょっとうっとうしかったんだけど、聞けないとなると、なんか無性に懐かしくなってねえ。あの口調に戻してもらうわけにはいかないかねえ」
「知るか」
実にくだらない相談だった。
ポプリに呪文を込める作業を始めようとしたときである。
「む」
〈生命感知〉に映る赤い点が近づいてくる。
たぶん、これはエダだ。
(近づいてくる)
(近づいてくる)
(もうすぐだ)
(もうすぐ着く)
〈立体知覚〉が、庭にエダが降り立つのをとらえた。
たちまち、元気な声が聞こえた。
「ただいまー!」
7
「やっぱり、シーラばあちゃんのお茶が一番だね」
「そうかい、そうかい。それで、どうだったんだい、討伐は」
「うん。予定通り東門前に集合したんだ。そしたら、ギョームがいた」
「なに」
ギョームは、大怪我をしていたところをエダに救われた冒険者だ。〈回復〉のことは秘密にしてくれる約束だったのに、その足で神殿に行き、はした金でエダをカシス神官に売り渡した。おかげで、エダは神殿に呼び出されて審問を受けることになった。その結果、レカンは九日も孤児院に行くはめになったのである。
だから、その名を聞いて、レカンがぎろりと右目を光らせたのは、無理もないのだ。
「でも、あのことは、ギョームがどういう人かみぬけなかったあたいが悪いんだ。だから、べつに何も言わなかった」
「ふんふん、それで?」
「守護隊のリットン隊長って人が、あたいをみて言いだしたんだ。こんな小さな女の子は連れていけないって」
「ほう」
「レカン。怖い顔をするんじゃないよ」
「してない」
「でも、ゼキさんが、〈千本撃ちのエダ〉は頼りになる冒険者だって保証してくれて、討伐に参加できることになったんだ」
「そうか」
「討伐隊は六班に分かれて現地に行って、向こうで集合して野営した。ギョームのやつが、どういうわけかあたいになれなれしくしてきたんだけど、あたいは冷たくあしらってた。そしたら、ゼキさんが来てギョームを追い払ってくれてね」
「ゼキはやっぱりいいやつだねえ」
「あれ? シーラばあちゃん、ゼキさんを知ってるの?」
「ああ、知ってるよ」
「それで、ゼキさんが、何かあったのかって聞くから、ギョームとのいきさつを話したんだ。ギョームがあたいを神殿に売ったから、あたいは呼び出されてひどい目に遭ったって」
「それを、ギョームやほかのやつは、近くで聞いてたんだね?」
「うん。ギョームは、中級の〈回復〉というような素晴らしい能力は、ちゃんと神殿に報告しなくちゃいけないとか何とか言ってた。ゼキさんは、お前は冒険者の仁義を踏みにじった、しかも命の恩人を金で売ったんだ、って言った」
「それから」
「ゼキさんが、リットン隊長に言ったんだ。おとりを一人出して敵の手の内をみさだめようか、ちょうどいいおとりがみつかったぞ、って」
「おやおや」
無口なゼキにしては、頑張ってくれたものだ。
「ギョームはその夜のうちに、どっかに消えちゃった」
「あらあら、まあまあ」
領主からの依頼を受けておいて、敵前で無断逃亡したわけである。レカンは冒険者協会の規則などよく知らないが、たぶんこの町では二度と仕事は受けられないだろうと思った。もしかすると、冒険者資格を剥奪されるかもしれない。