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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第3話 弟子入り試験
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 意を決して、レカンは扉をノックした。

 しばらくして、なかから声がした。

「はいはい。今行くから、ちょっとお待ち」

 それからいくばくかの時間が過ぎ、扉が少しだけ開かれた。

「お入り」

 やわらかな声だ。

 開かれた扉の取っ手に手をかけ、レカンは家のなかに入った。

 その部屋は獣臭かった。

 左奥に藁が敷き詰めてあり、その上に一頭の長腕猿(ザンバルドゥ)が座っていた。

 青みが混じった黒い毛並みは艶がよい。栄養が足りているのだろう。顔は黒々として、やはりよい色艶をしている。ちょっと小首をかしげたようなしぐさをして、つぶらな瞳でレカンをみあげている。

 ドアを開けた人物は、レカンに背を向け、もう一つ奧の部屋に移動している。

「こっちだよ」

 レカンは、開かれたままのドアをくぐって、あとに続いた。

 そこはびっくりするほど広い部屋だった。

 部屋の中央には作業机がある。

 右奥、つまり外壁側には暖炉があり、その奥に巨大な煙突がある。暖炉の大きさには引き合わない煙突だ。まるで暖炉がおまけのようである。

 暖炉の手前の壁際には湯飲みや湯沸かしなどが乗った小さな机がある。

 そして四方の壁は棚で埋め尽くされ、棚には所狭しと大小の壷がならんでいる。

 非常に天井の高い家なので、棚の数も多く、壷の数は数えきれないほどだ。

 上のほうにある壷は、いったいどうやって出し入れするのだろう。

「よっこいしょ」

 作業机の向こう側で椅子に腰を下ろしたのは老いた女であり、白く豊かな髪を結い上げている。

 レカンはわずかに右目をみひらいた。

 〈立体知覚〉では、物の形はわかるけれど、色や質感はわからない。だから、〈立体知覚〉でとらえた人の姿と、肉眼でみた人の姿が、ずいぶん印象がちがう場合がある。

 ただし、この薬師の場合は、少し特殊だ。

 〈立体知覚〉でとらえた薬師は若々しい姿をしていた。

 ところが肉眼でみた薬師は年老いている。

 つまり肉眼でみる姿は、いつわりの姿なのである。薬師は魔法によって、みた目をごまかしている。実際には若いのに、みた人には年寄りにみえるような魔法だ。そんな術を発動し続けるのだから、常に魔力を放出しているはずなのだが、レカンの感覚では、それはつかめない。薬師の魔力が大きすぎるためだ。

 レカンの後ろから長腕猿(ザンバルドゥ)が入ってきて、ドアを閉めた。

「失礼する。オレはレカン。あなたがシーラか」

「そうさ。私がシーラさね。ふうん、あんたがねえ」

「チェイニーから話は聞いてくれたと思う。オレの願いを聞いてもらえるだろうか」

「そうさねえ。まずは座ってもらおうかね。ジェリコ。お客様に椅子をね」

 ジェリコと呼ばれた長腕猿は、部屋の隅に置いてあった背もたれのない椅子をレカンの前に置いた。そして長い腕を器用に使って移動し、老女の横の床に座った。

 レカンは足元に荷物袋を置き、剣を腰から外して荷物袋に立てかけ、椅子に座った。今日は外套は身に着けておらず、こざっぱりした服を着ている。

 女は、ぼんやりとした灰色の目で、じっとレカンの顔をみつめている。

 レカンはレカンで、女の実像と虚像をみくらべている。よくみると、とても似ている。顎や鼻の輪郭も、目の形も。もしかすると、みかけの姿は、女が年を重ねたときそうなるであろう姿なのかもしれない。

「今回のことでは世話になったね。まずは礼を言っておくよ。薬師のわざを習いたいということだったねえ。治癒と魔力回復に限って」

 今回のことというのはチェイニーのことしか思い当たらない。チェイニーの話しぶりからすると、シーラとはそれほど親しいと感じなかったのだが、わざわざ礼を言うほど親しかったのだろうか。

「その二つが、おもな目的だ」

「冒険のためということだと聞いたけど、治癒薬というのは、傷薬のことなのかい」

「そうだ。傷の治癒と、できれば病に効く万能型の薬を」

「普通、冒険者は、治癒薬や魔力回復薬を自分で作ろうとは思わないんだけどねえ」

「それはそうだが、オレの場合、何か月も人の住む町や村に立ち寄らず、森や迷宮を探索することも多い。だから、よく使う薬は自分で作れないと都合が悪い。それに命を預けるものだから、仕組みや扱い方や問題をよく知っておきたい。そして、オレは魔法薬を作るのが好きだ。怪我をしたり、魔力が足りなくなったとき、自分の作った薬でそれを癒したり回復したりするのは、うまく言えないが、とても手応えを感じるし、うれしいと感じる」

 老女の幻をまとった若い薬師シーラは、レカンの返事を聞いて少し考え込んだ。

「あんたの言葉に嘘はないようだね。それに、魔法薬を作るのが好きというのは気に入ったよ。あんたが作った薬をみせてもらえるかい」

 レカンは、荷物袋から薬を二つ取り出した。治癒薬が一つと、魔力回復薬が一つ。いずれももとの世界では中級のなかでも出来のよい部類に入る。自作の薬のなかでは自信作だ。

「変わった容れ物だねえ。これは、どうやって開けるんだい」

 むやみに蓋を開けてはいけないのだが、この場合はしかたがない。

「上の蓋の部分を右にひねって回すんだ」

「こうかい? あ、開いた。これはよくできた容器だねえ。強度はあるのかい?」

「その高さから床に落としても割れない。ただ、押しつぶす力には弱い」

「ふうん。この容器を買うことはできるかい?」

「もう手に入らないものだ。売る気はない」

「あら、そうかい。それは残念」

 シーラは容器のなかの治癒薬をじっとみた。

(もしやこの女)(鑑定技能を持っているのか?)

 鑑定も上級になると、人間や魔獣の能力までみえるという。

 レカンは居心地の悪さを感じた。

 シーラは容器の中身を数滴手のひらに落とすと、ぺろりとなめた。

 そして蓋をすると、今度は魔力回復薬について、同じことをした。

「なるほど。何の材料で作られたかわからない。こんなこと、はじめてさね。でも薬効は素晴らしい。これだけのものが作れるなら、どこの町に行っても、腕利きの薬師で通るね。レカン」

「何か」

「試験をしたい」

「試験。ふむ。何をすればいい」

「あんたの作った薬をみて、薬を作ることにまじめに取り組んできたことはわかった。薬を自分で作りたい理由も気に入った。でも弟子にしたあと、ちゃんとやっていけるだけの才覚と忍耐があるかどうかはわからない。弟子入りしたら店も手伝ってもらうけど、それができるかどうかわからない。冒険者協会で奉仕依頼を受けてみておくれでないかい」

「奉仕依頼、とは何だ」

「冒険者に依頼を出せば、その報酬は依頼者が払う。だけど、報酬を払うお金はなくても手伝いを切実に必要としている貧しい人たちがいる。そういう人たちのため、領主が依頼料を払ってくれる制度があるのさ。奉仕依頼の申し込みがあると、冒険者協会が査定し、適正な依頼だと判断すれば、申し込みを受諾する。冒険者に払われる報酬は、内容に関わらず大銅貨一枚。世のなかに奉仕するような仕事だから、奉仕依頼というのさ」

「大銅貨一枚とは安いな」

「安いね。でも、駆け出しの冒険者が一日命をつなぐには充分なお金さ。それに、奉仕依頼の成績は、銅級から銀級への昇格を査定するとき参考にされる。奉仕依頼をしながら経験を積む子は多いよ」

 シーラの話を聞きながら、レカンは不思議な感覚を味わっていた。シーラの正体は、若い女だ。だが、話しぶりに、若い女が持つとげとげしさはなく、落ち着きと思慮深さが感じられる。少ししわがれた柔らかい声が、耳に心地よい。

 もしかしたら、肉眼にみえる老女の姿こそが本当のこの女の姿かもしれない。

 そんなことを思いながら、レカンは、奉仕依頼とやらに挑むことをシーラに告げた。

 

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[良い点] ・「変わった容れ物だねえ。 ・これは、どうやって開けるんだい」 ・「上の蓋の部分を右にひねって回すんだ」 ・「こうかい? あ、開いた。 ・これはよくできた容器だねえ。 この世界には、ネジ…
[良い点] 何度読んでも、この出会いのシーンは良いです
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