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レカンが旅のなかで最初にニケに頼んだのは、〈インテュアドロの首飾り〉の機能検証だった。
その結果は驚くべきものだった。
まず、この首飾りに収めておける魔力量は、今のレカンの総魔力量を少し上回るほどのものだった。べつに一気に充填しなくてはならないわけではないから、毎夜寝る前に、睡眠中に自然回復する程度の魔力をそそいでやれば、数日で満杯になる。
それだけの量の魔力を、いざというとき、ただちに使えるのだ。恐ろしいほどの性能である。
次に、魔力を蓄積するのは、使用者でなくてかまわない。ニケがためた魔力を、レカンが問題なく使えた。その逆もできた。
エダにも使えた。〈インテュアドロの首飾り〉は、〈吸収〉がない魔法使いにも魔力を補充するのだ。その場合、装着者の魔力量がある程度以上減ると自動的に魔力を補充してくれる。任意のタイミングで一気に大量の魔力を吸うなら、やはり〈吸収〉があったほうが便利ではある。
首飾りは、ニケが放ったさまざまな攻撃魔術を、ことごとく無効化した。このとき、ニケは発動呪文さえ唱えなかったので、何の魔法かわからないものが多かったが、種類にかかわらず首飾りは効果を発揮した。
〈脱水〉は防げなかった。この魔法をかけられたとき、レカンは死ぬかと思った。それほど体にダメージを受けた。直後にエダが〈浄化〉をかけてくれたので助かった。ニケにいわせれば、ほんの豆粒ほどの小さな〈脱水〉だったというのだが、この魔法は生き物相手に使うと、とんでもない威力を発揮するのだと思い知った。
ところが、〈睡眠〉は防いだ。それどころか、ニケが本気で放った〈睡眠〉を無効化した。たった一回で、ためこんだ魔力のほとんどを消費してしまったが。これにはニケも驚いていた。
「すごいねえ、この首飾り。まさか本気で撃った〈睡眠〉を防がれるとは思わなかったよ」
さらに驚いたことに、〈回復〉と〈浄化〉は無効化しなかった。
「ううーん。どうなってるんだろう。〈睡眠〉ははじいて、〈脱水〉ははじかなかったのは、これはわかるんだけどね。〈睡眠〉てのは魔力を飛ばして相手にぶつけて発動するもんだから、飛んでく魔力をはじけば防げる。〈脱水〉は、直接相手に働きかけるから、首飾りが守護してる領域を飛び越えちまうんだろうね。だけど、〈回復〉も〈浄化〉も、魔力を飛ばす魔法なんだよ。なんでこっちは無効化されないんだい?」
ニケは二つの仮説を立てた。
一つは、首飾りは装着者の周りにある種の結界を張っていて、その結界を通ろうとする魔力が、装着者に危険なものかそうでないかを判定し、危険なものは無効化している、というものだ。
もう一つは、〈回復〉と〈浄化〉の魔力に、他の魔力と何らかの明確な性質の差があり、この二つの魔力だけは結界を素通りするよう、あらかじめ設定されている、というものだ。
注意深く発動のようすを確認して、前者ではない、とニケは結論づけた。
だが後者だとも認定しにくいという。
「これは、〈回復〉や〈浄化〉の魔力の特性が、ほかの魔力の特性とどうちがうかを究明しないと解けない問題だろうね。考えてみるよ」
レカンは、むずかしい理屈には興味なかった。
この首飾りを着けていると、〈回復〉は効くが、攻撃魔法は無効化される。精神系魔法さえ無効化される。しかもニケの本気の〈睡眠〉でさえはねのけたのだから、単発の魔法に限定していえば、〈脱水〉など一部の特殊な魔法を除いていかなる魔法でもレカンを傷つけられないということになる。それさえわかれば充分だった。
「ニケ。〈脱水〉のように、魔力を飛ばすのではない魔法というのは、ほかにあるのか」
「知覚系は、〈鑑定〉や〈解析〉を除けばそうだね。空間系じゃ〈交換〉がそうだ。特殊系じゃあ、〈脱水〉のほかにいくつかあるけど、人間の魔法使いが使うのは〈脱水〉ぐらいだろうね。このうち危険なのは〈交換〉と〈脱水〉だけど、発動呪文を聞いたら、すぐに位置を変えればいい。そうすりゃかからないよ」
「発動呪文が聞こえないほど離れていたら?」
「それじゃ魔法の効果も届かないよ」
つまり、レカンがこの首飾りを装着していれば、魔法攻撃からはまず無敵に近い。
「この首飾りは、普通の魔法使いが使うぶんにゃ、そこまで便利なものじゃない。まず、〈付与〉を持ってる魔法使いじゃないと魔力を込められない。だから、首飾りの魔力が減ると、いちいち〈付与〉持ちのところに持っていって魔力を入れてもらわなくちゃならない」
迷宮の深層に潜るような魔法使いのなかには、〈吸収〉は持っている者も多いらしいが、〈付与〉持ちは珍しいのだという。
「魔法防御はたいしたもんだけど、何度も繰り返して攻撃を受けたら、首飾りの魔力は干上がっちまう。だからたぶん、この首飾りを着けた魔法使いは、魔法攻撃を受けないように仲間に守ってもらって、いざっていうときに首飾りを魔力壺として使うんだろうねえ」
そうすれば、強大な敵にとどめを刺せるような魔法を、何発か余分に打てる。青ポーションと併用すれば、魔法攻撃回数をかなり増やすことができる。
「もちろん、思わぬ不意打ちの魔法攻撃から装着者を守ってくれるから、便利にはちがいないさ」
ところがレカンがこれを使うと、事情がまるで変わるのだという。
「あんたは、魔法攻撃を受けながらでも、魔石から呪文もなしに魔力を吸って、首飾りに魔力を補充し続けられる。魔石が続くかぎり、魔法攻撃からは無敵だね」
レカンが呪文もなく魔石から魔力を吸えること、同じく呪文もなく魔石や宝玉に魔力を付与できることは、今回、実験のなかで、ニケの前で実演した。もう隠す意味もないと思ったのだ。ニケは驚きもしなかった。
「けど油断するんじゃないよ。儀式魔法を一発くらったら、首飾りの魔力も尽きちまう。その瞬間に何人もの強力な魔法使いが攻撃してきたら、いくらあんたでも持ちこたえられないんだからね」
それは、この首飾りを装着していれば、儀式魔法にさえ一撃なら耐えられるということだ。
ただ、残念なことに、この首飾りは、首にかけないと効果がない。ポケットにしまっている状態では恩寵を発揮しないのだ。首飾りをぶらぶらさせるのは戦闘のじゃまだ。ただしこれは、シャツの下にしまい込むなどの方法で対処できる。
ニーナエ迷宮の探索は、いくつかの点で、予想だにしなかった大きな成果がえられたわけである。
これだから迷宮探索はやめられないのだ。
この検証のあと、レカンは〈雷撃〉をさらに練習し、決まった範囲の狙った複数の相手に発動できるこつをつかんだ。これで〈雷撃〉の習得は完了ということになった。さらに操作がこなれてくれば、混戦状態のときに敵だけを同時に狙い撃ちにすることもできるようになるという。
精神系魔法には適性がないというので諦めることにして、次は、特殊系の〈加速〉を教えてもらうことになった。
この魔法は、戦闘速度が上がる魔法かと思ったら、そうではなく、一定時間繰り返して行った動作が速く行えるようになるという魔法だった。この魔法をかけて走れば、ある時点から徐々に加速してゆき、肉体の力をあまり使わなくてもその速度を維持できる。つまり、筋肉に大きな負担をかけず、非常に速い速度で走ることができる魔法なのだ。移動の際、この上なく便利である。
こうして二十日をかけて、薬草採取と魔法の訓練を行い、三人は、七の月十日、ヴォーカの町に帰着した。