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1
六の月三十一日、朝食をすませたレカンとエダがシーラの家に行くと、ニケがいた。
エダはニケとの再会を大いに喜んだ。
そして三人は出発した。
今回の採取地は五か所。
そのうち四か所は、二の月の採取のとき訪れた場所である。
驚いたことに、レカンはニケの速度にさほど苦労せずついてゆけた。
これは、〈回復〉が使えるようになったということもあるが、基礎体力が上がっていたのである。
さらに驚いたことに、エダも遅れずついてきた。
こちらも基礎体力が上がっていたのである。
だがどうも、レカンとエダでは体力の上がり方がちがうように思われた。
レカンの場合、筋力など、物理攻撃に必要な基礎力の増大が目につく。
それに対し、エダは、持久力や俊敏性など、移動や回避の力が上がっているようだ。
最初の目的地に着いてから、ニケは早々に採取を終えてしまい、あとはゆっくりとエダに魔法教授をした。レカンは、あとあとのことを考えて、たっぷりと薬草を採取した。そしてそれからニケと対話し、教えを受けた。
旅はゆったりとしたものになった。
2
エダがここまでに習得した魔法は、〈灯光〉〈着火〉〈回復〉〈浄化〉〈睡眠〉である。空間系魔法には適性がないと宣告されている。
旅の最初に〈火矢〉に再挑戦したが、発動の気配はなく、光熱系攻撃魔法には適性がないようだ、とニケに言われた。
ニケはエダに、〈探知〉を教えた。これは、近くにいる生き物の気配を察知する魔法で、遮蔽物に妨げられない。習熟してくると、探知範囲が広がり、人間か魔獣かの区別もつく。さらに習熟すると、目印をつけた相手の居場所がただちにわかったりするらしい。
この魔法には、エダはすぐに適性を示した。
「うーん。このぶんなら、エダちゃんはまちがいなく〈探知〉を習得できるねえ。こうなったら、〈睡眠〉をさらに伸ばして〈透明〉を覚えて、〈探知〉を伸ばして〈隠蔽〉をとったらどうだい」
「そうすると、どうなるの?」
「みはらしのいい場所でも、敵からみつからなくなる。ソロだとしたら、魔獣に気づかれずに接近したり、逃げたりできる。パーティーだとしたら、魔獣から攻撃されることなく味方に〈回復〉ができる」
「そういえば、報告するのを忘れていたが、エダは、遠距離で〈回復〉をかけられるようになった」
「おやまあ、早かったねえ。いずれできるようになるとは思ってたけど」
「これは、昔からある技術なのか」
「昔はあったけど、今は聞かないねえ。今じゃあ、〈回復〉を発現したやつが、才能がありそうだってんで練習をするときには、必ず杖を使うからねえ。杖の力を借りて上達すると、杖の先っぽにしか〈回復〉を起こせなくなるんだよ」
エダは〈探知〉を覚えた。
旅が終わるころには、範囲は半径五十歩から六十歩程度にまで広がり、獣と人間の区別がつくようになった。ただし、魔獣と獣の区別はつかないし、レカンのようにその人間が魔力を持っているかどうかを知ることはできない。
エダは、〈探知〉を使うと、どうも周りがざわざわして感じると言う。
レカンも〈生命感知〉を身につけた当初はそうだった。森では、小さな動物や、鳥や虫まで感知してしまうので、こつを覚えるまで探知結果が騒がしいのだ。
そしてまたエダは、〈睡眠〉についてニケに相談した。
ニーナエ迷宮で、最下層に近い階層では、うまくかけられなかったからだ。
「それはねえ、たぶん、〈睡眠〉の習熟度の問題じゃなくて、生命力の差がありすぎたんだろうねえ」
「生命力の差?」
「生き物としてあまりに格上の相手には、精神系魔法は効かないんだよ」
「えっ。そうなんだ」
「でも、今のエダちゃんは、とんでもなく大きな生命力を持ってる。迷宮の主を倒したことと、それからなんといっても、一万匹もの魔獣を倒したことが大きいんだろうね。だから、今やればかかると思うよ」
「一万匹って、やっぱすごいんだ」
「いいかい。簡単に倒せる相手を倒しても、生命力はほとんど上がらない。だけど、簡単に倒せない相手を十匹倒すとなると、こりゃ大変だろ?」
「そりゃそうだよね」
「簡単には倒せない敵が一万いるとしても、普通は順番に倒していくから、百匹も倒したら、もう簡単に倒せない相手じゃなくなってる。簡単に倒せない相手を一万匹同時に倒すなんてことは、あり得ないことなのさ」
「ふうーん。得しちゃったんだね、あたいたち」
「ま、そういうこったね」
「じゃあ、もう〈睡眠〉は練習しなくていいんだね?」
「いいや。ますます練習するといい。前にも言ったけど、精神系魔法というのは、あれこれ覚えるよりも、一つのものを徹底的に習熟するのがいいんだよ。そうするといずれ、〈透明〉も覚えられるようになるだろうし、〈支配〉も覚えられるかもね」
「〈透明〉って、なんかかっこいいね。〈支配〉って、なんか名前が怖い」
「おっとろしい魔法さ。あたしは、これを人に教えたことはない。だけどエダちゃんなら、変なふうには使わないだろうさ」
「ありがとう。だけどニケさんて、あたいよりちょっと年上なだけなのに、ほんとに魔法にくわしいね」
「だてにシーラばあちゃんの孫はやってないさ」
「なるほど!」
二人の会話を聞きながら、レカンは、年が明けたら、エダをシーラのもとに残してヴォーカを去るかな、などと考えていた。
(そして何年かに一度はヴォーカに帰ってくるのもいい)
(ヴォーカは居心地のいい町だからな)