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「あ、レカン、お帰り」
「レカン殿。お帰りなさいませ」
「ああ。エダ。これをやる」
「えっ。あ、これ、ショートソードだね。抜いてみていい?」
「もちろんだ」
「奇麗な色の鞘だなあ。先が丸くなってるんだね。しっかりした木材で造られてるなあ。よいしょっ、と。うわあ、立派な剣」
「これ、いったいどこで手に入れられたんですか?」
「武器屋で買った」
「これは、昔、わが流派で使っていた剣だと思います」
「ほう」
「えっ、そうなの。じゃ、アリオス君、この剣いる?」
「いえ、それはエダさんのものです。でも、少しだけみせていただけますか」
アリオスは、しばらくしげしげと剣を持って、あちこちからながめ、鞘もじっとみていた。
「よいものをみせていただき、ありがとうございました」
「どうしてこれが武器屋にあったんだろうね」
「金に困って売ったんでしょうね。これ、おいくらでしたか?」
「金貨二枚大銀貨一枚だ」
「そんなに安かったんですか。幸運でしたね。これで、エダさんにお教えした防御の型が一段と活かせますね」
「エダ、貸したショートソードを返せ」
「ええっと。返さなきゃ、だめ?」
「二本はいらんだろう」
「うーんとね。これが折れたときの予備に」
「それならやる」
「ありがとう、レカン」
「だが、予備のショートソードも片刃のほうがいい、そのうち注文してもう一本作っておけ」
「わかった」
今の両刃の剣では、左腕に覆いを着けているといっても、やはり自分自身を傷つけてしまわないか心配だ。だが予備の剣にするというのなら、かまわないだろう。
「オレはこれからシーラの家に行く。お前たちはどうする」
「あたいは、家の掃除をしたいかな」
「私も掃除ですね。ほかにやりたいこともありますし」
掃除などしなくても住むのに問題はないのに、おかしなことを言うやつらだと、レカンは思った。
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「三十一日から薬草の採取に行くよ。エダちゃんも連れていったらどうだい」
「そうだな。そうしようか。今度は何日ぐらいになる?」
「二十日ぐらいかねえ。もともと薬草採取は、二か月に一度ぐらい行ってたんだけどね」
前回、レカンが薬草採取に同行したのは、二の月のはじめだった。あれ以来シーラは薬草採取に行っていないはずで、今が六の月の下旬だから、五か月近く間隔が空いている。
「いや、あんたが予想外に速く確実に薬草を集めてくれるしさ。とんでもない量を持てるもんだからさ。つい取りすぎちゃったんだ。おかげで調薬の忙しかったこと。で、そのあと間があいちゃって、勘が狂っちまってね。やっぱりこういうことは、こつこつやるのがいいんだねえ」
そんなことを言われても、レカンはシーラの指示に従っただけなのだから、返事のしようもない。
「今度は、あたしが使う分はあたしが採取する。あんたは自分用に使う分を採取しな」
「自分用?」
「そうだよ。今の季節は体力回復薬の主原料になるキュミス草が採れる。あんたは〈回復〉を覚えちまったから、前ほど切実には体力回復薬が欲しくないだろうけどね。でも〈回復〉はその瞬間にしか効かないけど、体力回復薬はずっと薬効が続くからね。やっぱりいいもんだよ」
「オレも体力回復薬は、ぜひ欲しいと思っている」
「そうかい。なら、今回しっかり作り方を覚えるんだね」
「キュミス草が採れるのは六の月だけなのか?」
「この地方だと、五の月から七の月に生えるね」
「そうか」
「今回作る薬は、万能薬と、かぜ薬と、体力回復薬と、魔獣除けポプリ、それに毒消しだね」
「うん? 今回は傷薬はないのか?」
「それがねえ。傷薬の主原料は、シュラ草か、チュルシム草か、ポウリカ草だ。このうち、シュラ草は一の月から二の月に生える。前回あんたにも採取してもらった」
「うむ」
「チュルシム草は、ほぼ年中生えてるけど、花が咲く直前にしか薬効がない。つまり四の月から五の月さ。うっかりして、今年は採取に行くのを忘れてたよ。まあ、シュラ草を主原料にしようが、チュルシム草を主原料にしようが、ポウリカ草を主原料にしようが、ほかの材料は同じだし、薬効も同じだから、どうってことはないんだけどね」
「なるほど」
「もうあたしが作った薬は、あんたにはあげない。必要な薬は、作り方を覚えて、自分で作るんだ。その材料を採っておけと言ってるのさ」
「なるほど、よくわかった。万能薬と、かぜ薬と、魔獣除けポプリは、ある程度持っておきたい。毒消しは使わんと思うが、最低限は持っておきたい。体力回復薬は、あればあるほどいい」
万能薬は丸薬で、臓腑の病全般に効く。十年近く薬効がもつらしい。
風邪薬も粉を固めて乾燥させてあり、長期間もつ。
魔獣除けポプリは効き目が強いのは一年ぐらいだが、効果そのものは五、六年もつようだ。
毒消しは、ずっと効き目が消えない。
魔力回復薬も、上手に使えば十年近くもつらしいが、これはあればあるだけ使ってしまうだろうと思う。魔石から魔力を吸ってばかりでは魔石がもたないし、魔力回復薬は魔力を使いながら持続的に魔力が回復するので、やはり便利である。ニーナエ迷宮の探索のときも、魔力回復薬があればと何度も思った。
多くの敵と連続的に戦わねばならないとき、魔力運用が大きな鍵になる。魔力回復薬さえ大量に作っておけば、戦いの幅がうんと広がる。
(シアリギの若芽の採取を忘れていたのは失敗だった)
(シーラが採取してくれているというが)
(どの程度の量をもらえるかわからんな)
魔力回復薬は、ザハード苔が主原料で、ニチア草とシアリギの若芽とターゴ草が副原料だ。
二の月にニチア草を採取したとき、四の月にはシアリギの若芽を採取しなければならないということは言われていたのだ。言われていたのに、レカンは忘れていた。そして、四の月も終わるころ、〈あんたも忙しそうだったから、シアリギの若芽はあたしが採取しといた〉と言われた。
魔力回復薬の作り方を教わりたいから弟子にしてくれと頼んでおきながら、教えられていた原料の採取を忘れていたのだ。これはまったくレカンの落ち度である。ちゃんと覚えていて、シアリギの採取はどうする、と訊くべきだったのだ。
(シーラはわざと自分のほうからは言わなかったのかもしれんな)
そうだとすれば、厳しい師匠だ。