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翌日は、レカンもエダも昼前まで寝た。
起きたときは、体がひどくだるかった。
赤ポーションを飲もうかと思ったが、シーラの言葉を思い出してやめた。
シーラは、人の体は傷や疲れと戦いながら成長していくものだが、赤ポーションを飲むと、その戦い自体がなくなってしまうと、たしかそんな意味のことを言っていた。
エダの作った昼食を食べ、レカンは素材を取り出した。
狭い庭いっぱいに積み上げたが、それでは足りず、二部屋の空き部屋にも並べ立て、さらにヘレスからもらった六つの〈箱〉にも詰め込んで、やっと全部の素材を出すことができた。
八目大蜘蛛の素材は二十四体分だが、よくみるとかなり傷んだ足もあり、完全な状態のものは半分ぐらいだった。腹の皮は取ったり取らなかったりだったが、もともとが大きいものなので、それなりの分量があった。頭はほぼ全部片目がつぶれたうえ、中央部が大きくへしゃげていたので、あまり高くは売れないかもしれない。毒袋はつぶしてしまった場合もあるので、十八しかなかった。二十階層台後半の巣の糸も、それなりの量が残っていた。これはニーナエの町で素材を売り歩いたとき、売り忘れていたものである。
ちょうど素材を出し終えたころ、馬に引かせた荷車二台が着いた。
「レカン様。このたびはまことにありがとうございます」
ダンスである。
チェイニー商店の番頭で、店の使用人ではかなり上位の人物だ。
護衛が二人と御者が二人、それに荷物の積み降ろしをするため、四人の店員がついてきている。御者二人と四人の店員はみおぼえがないが、護衛二人は知った顔だ。
剣士のヴァンダムと魔法使いのゼキである。
「やあ、レカン。久しぶりだ」
「ああ」
「ニーナエ迷宮下層を探索したらしいな」
「ああ」
「たまげたなあ。やあ、エダ」
「こんにちは、ヴァンダムさん。あたいも一緒だったんだよ」
「話し方変わったか? え? なに? 一緒? まさか、エダもニーナエ迷宮下層を探索したのか!」
「うん。あ、こんにちはゼキさん」
ゼキは相変わらず無口で、レカンとエダに目を合わせ、軽く会釈をした。
「あ、それと、下層を探索しただけじゃなくて、最下層まで踏破したんだよ」
「なにっ」
「えっ」
ヴァンダムとゼキが驚いている。
「いや、しかし。こう言っちゃなんだが、レカンはともかく、エダは……待てよ。そういや、〈千本撃ちのエダ〉は、中級〈回復〉持ちだっていう噂を聞いたが」
「エダは上級の〈回復〉持ちだ」
「なんだって?」
「そして、凄腕の弓使いでもある。四十五階層もある迷宮を踏破したエダの戦闘力は、今やかなりのものだ」
「なんとまあ。たまげたぜ」
「その事実が広まれば、エダに下手な手を出す者も減るだろう」
「そういうことか。わかった。噂を流しておく」
「すまんな」
扉をくぐってなかに入ったダンスは、素材の多さに目を剥いている。
「これは、また。これは、なんという。なんという量でしょう」
レカンはちゃんと八目大蜘蛛二十四体分の素材と伝えてあったのだが、これほど丸々素材を採取しているとは思わなかったようだ。
考えてみれば、レカンたちがニーナエから持って帰れた量だと見当をつけたはずだから、荷馬車二台と護衛二人というのは、レカンに最大限に敬意を払った結果なのだろう。
ダンスは部下たちを指示し、持参した大型の〈箱〉に素材を詰めると、荷馬車に乗せていった。
〈箱〉は、からっぽのときはぺしゃんこで、折りたたむこともできるが、物を入れてゆけばふくらみ、いっぱいにふくらむと、それ以上はふくらまない。
みるみる、いくつもの〈箱〉がいっぱいになり、荷馬車に積み込まれてゆく。
しばらく作業すると、一台の荷馬車がいっぱいになってしまった。
「チーコ。この荷車を店まで頼む。店についたら、大きめの〈箱〉をありったけ積んで、この荷車を戻してくれ」
「はい」
「ヴァンダムさん、馬車について行ってくれますか」
「わかった」
「ダンス。ここにある六袋の〈箱〉にも素材が詰まっているぞ。十倍二つと五十倍四つだ」
「えっ。はい。ありがとうございます。おい、チーコ。荷車は二台だ。二台出してもらえ」
「はい」
「レカン様。軽鎧の新調をとのことですが、今回の素材を用いてという理解でよろしいですか」
「そうだ」
「それでしたら、主人のチェイニーが素材を拝見しましてからのご相談ということで、明日の午後でよろしゅうございますか」
「ああ」
「採寸がございますので、店のほうにお越しいただけたらと思うのですが」
「それでいい」
「ありがとうございます。それで三着のご注文ということでしたが」
「ああ。オレとエダと、それから、そこにいる」
積み込み作業を眺めているアリオスを指した。
「アリオスの軽鎧だ。ブーツもな」
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レカンは積み込み作業の確認をエダとアリオスに任せ、〈ラスクの剣〉を買った武器屋に来た。
「お、旦那か。〈ラスクの剣〉は、どうだいと言いたいが、なんだ、その馬鹿でかい剣は」
「〈ラスクの剣〉は使い心地がいい。よくなじむ」
「そりゃよかった。そろそろ傷んでくるころじゃないかい」
「最近、ある武器屋で研いでもらった。その武器屋でこの剣を買った」
差し出された〈アゴストの剣〉を受け取った主人は、カウンターの上で、剣を少しだけ鞘から抜いた。
「こりゃあ、もしかして、〈アゴストの剣〉か?」
「そうだ」
「へえっ! こいつがそうかい。そうなのかい」
「迷宮深層で戦ったので、少し傷んでいるかもしれん」
「そうだ、な。うん。細かい傷がいっぱいついてる。こいつを放っておくと、いずれ大きな傷になり、剣の力を弱めるし、断裂なんてことにもなりかねねえ」
「研いでもらえるか」
「わかった。やらせてもらおう」
「何日かかる?」
「七日はみてもらいてえ。こんだけ重いと、普通の研ぎ方はできねえ」
「わかった。それと」
「うん?」
「この店では、ショートソードの注文生産はしているか?」
「うーん。この町にも鍛冶屋はいるから、注文生産は受けられなくはねえんだが。けど、旦那のお眼鏡にかなうようなショートソードを打てる鍛冶屋は、この町にはいねえ」
「片刃のショートソードなど、置いてないだろうな」
「片刃のショートソードなら、あるぜ。ちょっと待ってな」
一度奥に引っ込んだ主人が持ってきたショートソードは、硬い朱塗りの木の鞘に収められていた。
抜いてみると、本当に完全に片方にしか刃がついておらず、しかもわずかに反りが入っている。
刃に指を押し当てて感触を確かめてみる。
斬れすぎる刃物は刃こぼれしやすいが、そういう繊細な弱々しさはない。
それでいて、使い方次第では非常な切れ味を発揮してくれそうな剣だ。
今エダに貸しているショートソードより少し短いが、重さはこちらのほうが重い。ずっしりとした質感だ。
レカンの目には、この赤鞘のショートソードは、非常に頑丈そうにみえた。取り回しに優れているのはまちがいない。
店主の許しを得て〈鑑定〉をかけてみようかと思ったが、やめた。
頑丈さの意味は多様で、今のレカンに〈鑑定〉できるのは、その一面にすぎない。それはかえって邪魔な情報だ。
まして、取り回しやすさというものは〈鑑定〉できない。
「もらおう。いくらだ」
「金貨二枚と大銀貨一枚だ」