8_9_10
8
思わず〈炎槍〉を撃とうとして、あやうくレカンは踏みとどまった。
エダが、すっと右に身をかわし、魔獣の牙からのがれたからだ。
跳躍している魔獣は途中で軌道を変えられない。
その代わり、左前脚がエダを襲った。
エダは、ショートソードを順手に構えつつ、その左前脚を受け流した。左腕の腕覆いの部分で、ショートソードを支えている。
うまく勢いを殺したとしても、魔獣の体重の乗った攻撃を受けたのに、エダは体勢を崩していない。その身体能力は、以前とは比較にならないぐらい向上している。
地上に降り立った銀狼は、素早くくるりと向きを変えた。
そのときエダはすでに右から回り込んでいる。
(うまい!)
魔獣が体を回転させたと同じ方向に、エダは回り込んだ。
だから魔獣は一瞬だけエダを見失った。
エダは回り込みつつ踏み込んでいる。
(危ないことをするな!)
魔獣もエダが突っ込んでくるのを察知し、さらに体を回転させつつ、エダを食い殺そうと牙を剥く。
その鼻面に、エダは斬り付けた。左から右にショートソードを振って。
エダに貸してあるショートソードは、頑丈さが売り物であり、切れ味はそれほどよくない。
だが、今の一撃は、さほど体重を乗せてもいなかったのに、相当深く食い込んだ。
ぎゃん、と悲鳴をあげて銀狼が立ちすくむ。
その首筋に、真上からエダはショートソードを突き込んだ。
素早く跳びすさるエダ。
激しく身をよじる銀狼。
両者はともに動きをとめ。
そして銀狼は崩れ落ちた。
エダは勝利を得たのである。
9
レカンはずいぶん気をもんだが、終わってみればあっけない戦いだった。
もはや戦士としてのエダの格は、通常種の銀狼を大きく上回っているのだ。
考えてみれば、迷宮深層の魔獣たちとの戦いを生き抜いたエダである。
地上の魔獣と一対一で戦うなら、よほど上位の魔獣で、しかも強い個体でなければ勝負になるわけがなかった。
エダは倒した敵をみおろしながら、ふうっ、ふうっ、と荒い息をついている。
肉体的に疲れたというよりは、大物との戦闘という、今までなかった体験の余韻がそうさせるのだ。
やがてエダは、レカンのほうを振り向いた。
「レカン」
そのままレカンに駆け寄り、抱きついてきた。
レカンはやさしく受け止めた。
しばらくして言った。
「ショートソードをしまえ」
「うん」
それからレカンは銀狼の血を抜き、〈箱〉に収めた。
ヘレスが迷宮探索用にいくつか買って使っていた〈箱〉を、もう不要だからというのでもらったのだ。
レカンとエダは、戦いの場に黙礼を送り、町に帰った。
夕方になっていたが、冒険者協会は、まだ開いていた。
10
「あら、レカンさん。エダさんもこんにちは。何かありましたか?」
レカンは手に持った〈箱〉を示した。
「討伐した」
「は?」
「依頼を完了した」
「………はああ?」
「調査したところ、銀狼だった。だから、討伐した」
「うそ、ですよね?」
「死骸を持って帰った。ここに出せばいいか?」
「いえ、ここでは困ります。こちらへ」
レカンはアイラに案内され、協会の奥にある素材買取解体所に行き、〈箱〉からずるずると銀狼の死骸を引き出した。
よごれた作業服を着た年配の男が、あきれたように言った。
「ありゃあ、ほんとに銀狼じゃねえか。しかも大きさも、けっこう大きい。年老いているわけでもねえ。強かっただろうなあ。こんなもんが町のすぐそばにいたとは。アイラ。お前の勘が正しかったのう」
「こんなにすぐ倒してもらえるなんて。どうやってみつけたんですか?」
「それは秘密だ。ところでアイラ」
「はい?」
「この魔獣を倒したのはエダだ。オレが手伝ったのは血抜きだけだ」
「はいいいい? いや、まさか、そんな。うそ、ですよね?」
「オレに何か嘘を言う理由があるのか」
「……いえ。レカンさんは嘘をいいませんよね。では、本当に、こんな強力な魔獣を、エダさんが?」
「傷跡はショートソードだけだろう。オレは大きな剣しか使わん」
「信じられないことですが、本当なんでしょうね。いつのまにそんなに強くなったんですか」
「エダはオレと一緒に、ニーナエの迷宮を踏破した」
「……は?」
「銀狼を討伐した場合は報酬が上がるんだったな。それはまた近いうちにもらいにくる。ではな」
呆然と立ち尽くしているアイラを取り残して、レカンとエダは家に帰った。
家に帰るとアリオスが食事の準備をしてくれていた。しかも三人分である。
「わあ、アリオス君! 晩ご飯作ってくれたんだ。うれしい!」
「お帰りなさい。エダさんほど上手に作れませんけど、がまんしてください。レカン殿、チェイニー商店の使いが来ました」
「そうか」
「明日の午後一番に、荷馬車を二台よこすそうです。大型の〈箱〉をたくさん積んで。ただし、朝の間に使いをよこすので、午後一番では都合が悪いようなら、別の日時をご指定いただいて」
「わかった。明日の午後一番でいい。さあ、食事にしよう。いや。その前に水を浴びるか」
大量の素材をレカンの家まで取りにくるのは大変だ。
レカンが持っていけば、その手間は省いてやれる。
しかしそれをすると、レカンの〈収納〉の容量の大きさを知られてしまう。
迷宮のなかで同じパーティーの仲間の前で〈収納〉を使うのはやむを得ないが、それ以外の人間にこの能力を教える気はなかった。