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「ねえねえ、ばあちゃん」
どうも、エダのシーラに対する呼びかけは、ばあちゃん、に変わってしまったようだ。
「何だい、エダちゃん」
「レカンの年もわかる?」
「いや、レカンの年はわからないね。魔力のひだはみえるけど、しわのつきかたが、この世界の人間とちょっとちがう。そもそも、レカンのいた世界とこの世界じゃ、一日の長さも一年の長さもちがうだろうから、年がどうこうといったってあんまり意味がないよ」
「もとの世界? この世界?」
「レカンは、〈落ち人〉だよ。この世界の人間じゃない」
「あ、そうだったんだ。なるほどね」
「レカン殿」
「何だ」
「こんな驚くべき内容を、普通に茶飲み話にしているシーラさんとエダさんが、遠い世界の人に思えてきました」
「オレも突然秘密をばらされて、かなり驚いている」
「全然驚いているようにみえませんよ」
「ただエダちゃん。レカンが〈落ち人〉だってことは、人にはしゃべっちゃいけないよ」
「どうして?」
「変に人目を引いてしまうからさ。閉じ込めようとするやつもいるかもしれない。危険なやつだと思うやつもいるかもしれない。悪いこともしてないのに、レカンが人に嫌われるのはいやだろう?」
「わかった。秘密にするね」
「いい子だね。ところで、アリオス。もしかしてあんた、ムドゥクとショーンの孫かい?」
「祖父と祖母をご存じなんですか?」
「まあね。二人は元気かい?」
「はい。実はこれから会いに行くつもりです。シーラさんにお会いしたことを伝えておきます」
「その名前じゃ、わからないだろうねえ。ショーンがあたしのところにいたころには、あたしは、マザーラ・ウェデパシャと名乗ってた」
アリオスは椅子から立ち上がり、床に片膝をついてこうべを垂れた。
「マザーラ導師にお会いでき、光栄に存じます。知らぬこととはいえ、非礼をいたしましたこと、深くおわびいたします」
「あたしは堅苦しいのはきらいだよ。起き上がって椅子に座って、普通にしゃべりな」
「はい。では失礼いたします」
「それとね。マザーラは死んだ。そこのところを了見しておくれ」
「心得ました。ほかでマザーラ導師のことを口にすることは、決していたしません」
「アリオス君のおじいちゃんとおばあちゃん、ばあちゃんと知り合いだったんだ」
「むかしのことさね」
「レカン殿。驚きました。もうレカン殿には驚かされないと決めていたのに驚かされました」
「それはもういいって」
「オレが驚かせたわけじゃない」
「レカン殿がお土産だといってあの巨大な魔石をすっと差し出したのにも驚きましたが、それを平然と受け取ったシーラ様にも驚かされました。そしてシーラ様の以前の名を知って、心の底から驚愕しています」
「お前も驚いているようにはみえんぞ」
「いや、もう、どんな顔をしていいかわからないんです」
「ばあちゃん」
「何だい」
「生命力、て、何?」
「肉体が持つ力さ。この力が全部なくなると、人間は死ぬ。十しか生命力がないやつは、ダメージ十の攻撃を一回受けたら死ぬ。百の生命力があるやつは、九回受けても死なない。まあ、そんなもんさね」
「それは測れるものなの?」
「そういう能力というか、感覚を持ったやつなら感覚的に大小がわかる。ただ実際の人間は、魔法に抵抗が強いやつもいれば弱いやつもいる。簡単に剣で斬れるやつもいれば、なかなか刃が通らないやつもいる。だから、実戦では生命力が大きいとか小さいとかいうのは、ちょっとした目安にすぎないんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、あたいの生命力がいくらで、レカンの生命力がいくらでとか、わからないのかなあ」
「むかし、ヤックルベンドって長命種のばばあに、生命力の原理を説明してやったら、その後、生命力を数値化できる魔道具を発明しやがったよ。まああれも、一つの目安にすぎないけどね」
「お待ちください。ヤックルベンド師は、長命種なのですか?」
「そうだよ。大長老だよ。あんたたちとは種族の系統がちがうみたいだけどね」
「大長老? まさか。まさかと思いますが、ヤックルベンド・トマト卿は、お一人、なのですか」
「そうだよ。この国の建国前から生きてるみたいだね」
「それをご存じのあなたさまは、いったいおいくつなのですか?」
「ぼうや。女に年を訊くもんじゃないよ」
「失礼いたしました」
「まあ、このことは内緒だ。いくらヤックルベンドでも、長命種だとばれたら、ちょっとまずい」
「ばあちゃん。長命種だと、なにがまずいの?」
「王都は、長命種は敵対勢力の間者ぐらいに思ってる。みつけて、つかまえて、閉じ込めて、秘密を聞き出そうとしてるのさ」
「そうなんだ」
「あなたさまは長命種ではないと、祖母から聞いていたのですが」
「あたしは長命種じゃないよ」
「え?」
「少なくとも、あんたたちと同族じゃない」
「ばあちゃん。ということは、王都に行かなけりゃ、長命種だとわかってもだいじょうぶなの?」
「そういうもんじゃないよ。王都の命令は、各地に届いてる。それとね、もう一つやっかいなのは神殿でね。神殿は長命種をみつけると、神の使いか悪魔の使いかを判定しようとする」
「神様の使いにされたらいいけど、悪魔の使いにされたら大変だね」
「いや、どっちみち大変さ。神の使いなら神殿に閉じ込めるし、悪魔の使いなら滅ぼしちまう」
「うわあ」
「判定の基準は神殿ごとにちがうし、ごちゃごちゃしてて、あたしにゃあ、よくわからないんだけどね」
とするとシーラは、長命であることを周囲に気づかれたら、神殿で悪魔の使いと判定され、滅ぼされてしまう危険がある。シーラにとって神殿は鬼門だ。




