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1
ヴォーカの町に帰り着いたレカンは、その足でシーラのもとに帰還報告に行った。
エダとアリオスも一緒だ。
なぜアリオスも一緒なのか。
「レカン殿の魔法の師匠ですって? ぜひお会いしてみたいです」
アリオスは、いったんヴォーカに帰ったあと、迷宮探索で学んだことを試すため、しばらく町を留守にするという。
もともとアリオスは、この町の生まれではない。どことは言わなかったが、遠い町の生まれであり、見聞を広めるための旅の途中だという。
ゴンクール家には、べつに護衛として雇われていたわけではない。
別の町の貴族から紹介を受け、いわば食客として滞在していたのだ。
だから、もうこの町に帰ってくる必要はないのだが、もう少しレカンのそばでそのわざを盗みたいという。
「好きにしろ」
それがレカンの答えであった。
2
「シーラばあちゃん! ただいまー!」
「よくお帰りだね。レカンも」
「ああ」
「失礼いたします。アリオスと申します」
「いらっしゃい。あたしはシーラ。レカンが人を連れてくるなんて珍しいこともあるもんだ」
「これお土産のお茶」
「おやおや、ありがとうよ。ずいぶんいい茶葉だねえ、こりゃ。高かっただろう」
「えへへ。あたい、たんと稼いだんだよ。ジェリコには、ほら! 果物盛り合わせ。たっぷりあるよ」
「うほほほほほ!」
「今回はオレもシーラに土産がある」
「こりゃまた珍しい。いったい何を……へえ。こりゃあ立派な魔石だねえ」
「ニーナエ迷宮の主の魔石だ」
「やっぱり最下層までいったんだねえ。あんたたちの生命力の増加がただごとじゃなかったから、そうだろうとは思ってたけど。土産ありがとうよ。まあとにかく、みんなお座り。今、茶を淹れるからね」
「うほ?」
「お前にはない」
「…………」
「しょげるな。悪かった。次は何か買ってくる」
「うほう」
シーラが茶を淹れているあいだ、レカンたちは椅子にすわってくつろいだ。
体の奥に強い疲れがたまっているので、椅子に座れるだけでも、ずいぶんほっとする。
(シーラは人の生命力をみることができるのか)
レカンの〈生命感知〉は、人や魔獣の魔力の強さをある程度知ることができる。しかし、生命力なるものを知ることはできない。
やがて茶が入り、シーラも席についた。
「迷宮主を倒したにしても、その増加ぶりは、ちょっと変だね。何があったんだい?」
「そうなのか? ふむ。あれかもしれんな。迷宮の主と戦ったとき、眷属一万匹ほどが召喚され、それを殲滅した」
「おやおや、あれを出しちゃったのかい。そいつはまた大変だったね。よく無事で戻れたもんだ」
「〈驟火〉の魔法を教えてもらっていなかったら危なかった。あの杖をもらっていなかったら危なかった。そして、エダとアリオスとヘレスがいなかったら危なかった」
「ヘレス?」
「今回迷宮行きをともにした女騎士だ」
「へえ? まあ、そんなことより、エダちゃん、よくみせておくれな」
シーラはじっとエダをみつめた。
「うーん。こりゃ、すごいね。これならもう、そんじょそこらの冒険者や魔獣に後れをとることはないね。それにしてもむちゃしたねえ。まさか迷宮を踏破するなんて」
じろりとシーラがレカンをにらんだ。
「第二十階層どまりにしとけって、あたしは言ったはずだったけどね」
「それは、迷宮を体験させるならということだったろう。だがオレは、エダに、これからを生きてゆく力を与えたかった。それに、戦うことの厳しさは、やはり命がけの戦いからしか学べない」
シーラは大きくため息をついた。
「あんた。エダちゃんがまだ十四歳だってことを忘れてるんじゃないかい?」
「え?」
思わず声を発したのはアリオスである。
「十、四、歳?」
「うん! あたいは十四歳だよ。言ってなかったかな?」
「十四歳の女の子を、迷宮に、しかも迷宮の深層に連れていったんですか」
「ほら、レカン。このアリオスとかいう長命種のほうが、まだあんたより常識があるよ」
この言葉に、アリオスはぎょっとして目をむいた。
「長命種? なんだそれは」
「普通の人間より長生きする人種さ。といっても、二倍かせいぜい三倍ぐらいのもんだけどね」
「たいしたことはないな」
「そうだね」
レカンが言う、たいしたことはないというのは、もちろん目の前のシーラと比べてのことである。シーラは、昔滅びた国の魔女だった女であり、その国が滅びてから三百年以上が過ぎている。
「ど、どうして私が長命種だと」
「んなの、みりゃわかるよ」
「今まで人に気づかれたことはありません。そもそも長命種をそれと知っている人には会ったことがありません」
シーラは、目を細めてじっとアリオスをみつめた。
「三十八歳か。若いね」
「ええっ? 私の年齢がわかるのですか? そんなばかな」
「魔力のひだにあるしわを数えたのさ。なんてことないよ」