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全員、精魂尽き果てて、砂の大地にへたり込んだ。
先ほどまで魔獣に覆い尽くされていた一面の砂は清浄さを取り戻し、何事もなかったように静かである。
ふと、魔石がないのに気づいた。
(あれほどの数の魔獣を倒したのに魔石が残らないとは)
少しがっかりしたレカンである。
「レカンさん」
「話の前にこれを飲め」
レカンは全員に中赤ポーションを渡した。
皆、斑蜘蛛との戦いで体中傷だらけだ。
赤ポーションは傷を癒すだけでなく、体内の不調を調え、体力を戻してくれる。
レカンも中赤ポーションを飲んだ。
しかし肉体の癒しはじゅうぶんではなく、大ポーションにしておけばよかったと後悔した。
「〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉〈浄化〉」
エダが〈浄化〉を三人にかけ、自分にもかけた。
とたんに、疲れは消え去り、得も言われぬ幸福感が体をひたした。
この心地よさは、味わった者にしかわからない。
みな、うっとりとした顔をして、しばらくは誰も声を発さなかった。
「レカンさん。あの広域魔法は何ですか?」
「〈驟火〉という魔法だ」
「たった一人であんな魔法を行使するなんて。レカンさんのすることに、もう決して驚かないと決め」
「それはもういいって」
「まさか本当に一万匹の斑蜘蛛が出るとは。いったい、あれの出現条件は何なのであろう」
「さあな」
「もしかしたら」
「アリオス殿。何か思いついたか」
「一定以上のダメージを一気に与えることじゃないですかね」
なるほど。
それはあり得そうなことである。
「それにしても、家に帰って〈楽園の聖灯〉を使うのが楽しみだ」
「それは何だ?」
「〈楽園の聖灯〉は、生命力を量る魔道具なのだ。迷宮では地上よりはるかに生命力の増加が大きい。ただし、同じ魔獣を倒し続けると増幅効果は著しく衰える。今回は、ここに来るまでに次々と階層を進み、多くの強大な魔獣を倒してきたし、女王も倒した。相当に増加しているにちがいない」
「生命力を量る魔道具があるのか」
「レカンさん。それ、王国騎士団しか使っちゃいけないことになってます」
「ほう」
「そして何といっても、先ほどの斑蜘蛛一万匹だ。最下層に出る魔獣を一万匹も倒したのだからな。うふふ」
「うん? 直接倒さなくても生命力は増加するのか?」
「あたりまえではないか。そうでなければ、直接戦闘に参加しない回復師はパーティーについていけなくなる。盾戦士なども、自分では魔獣にダメージを与えないが、当然生命力は増加する」
そういえば、もとの世界の迷宮でもそうだった。
直接戦闘に参加しない回復役や補助魔法の使い手も、戦闘を重ねれば成長し、魔力量も増え、体力も増えた。そういうものなのだ。
とすると、ここまでの戦闘で、エダの生命力も相当に増加しているはずだ。つまり死ににくくなっているはずだ。それだけでもこの迷宮に連れてきたかいがある。
レカンは起き上がって、素材剥ぎにかかった。
首に一撃を入れたが、落ちない。
〈収納〉に〈アゴストの剣〉をしまい、新たな聖硬銀の剣を出した。
それを使うと首が落ちた。
ヘレスもやって来て、聖硬銀の剣で足を落とし始めた。
アリオスは入り口のほうに歩いてゆき、何かを探して拾い上げ、首にかけた。
首にかけた何かが、対呪い装備だったのだろう。
斑蜘蛛たちとの戦いではずれて落ちた。
そのため女王の〈魅了〉にかかってしまったのだ。
頭部。
八本の足。
いずれも状態はよい。
そして毒袋。奇跡的に無傷で採取できた。
そして何より、巨大な魔石が採れた。
正直、レカンには使い道に困るほどの魔石だ。
「アリオス」
「はい」
「毒袋をやる」
「え? はい。ありがとうございます」
「ヘレス」
「何であろう」
「頭と八本の足をやる」
「えっ!」
「これを並べたら壮観だぞ。お前のあるじとやらも、その客も、きっと満足するはずだ」
「そ、そんな。そのような貴重なものを頂くわけには」
「お前はそれだけの働きをした」
「レカン殿」
「誇れ」
ヘレスは静かにうなずいた。
「あ〜あ。また泣かしちゃった。レカンはほんとに悪いやつだね」
「泣いてはいない。しかし、レカン殿は悪いやつだ。いや」
ずるい人だ、と、くちびるだけでヘレスは言った。
「魔石はオレがもらう。さて、地上に戻るぞ」
24
地上階層に転移し、入り口に向かって進むと、そこにいた冒険者たちが畏敬の目でレカンたちをみた。
女王蜘蛛の足は切断したくなかったので、そのまま八本まとめてレカンがかついでいる。レカンでなければできない芸当だろう。
迷宮の外にでると光がまぶしい。
大勢の冒険者が、迷宮を踏破した新たな英雄をみとどけようと、詰めかけている。
ざわめきのなかに、声があがった。
「みろ! あの美しい青い足を! 女王種の足だ!」
「女王の足を持ってる男。あれは、〈壁男〉じゃないか」
「そうだ! 〈壁男〉だ! 〈ウォルカンの盾〉をかっさらっていったやつだ」
「〈壁男〉」
「〈壁男〉」
「いいぞ、〈壁男〉!」
「新しい英雄の誕生だ。栄光の〈壁男〉だ!」
「〈壁男〉!」
「〈壁男〉!」
レカンたちは、人混みをかき分けて、冒険者協会に向かった。
八本の足を持ったままでは入り口が通れない。
入り口のわきに置いた。
「アリオス。この足の番をしてくれ」
「はい」
レカンは、エダとヘレスを連れて、最初にこの町に来たときと同じカウンターに進んだ。
あの時と同じ老人が座っている。
百戦錬磨の冒険者であったことを感じさせる老人だ。
レカンはカウンターに、女王種の首を置いた。
「主を討伐した」
「やりおったな。おめでとう」
「うむ。討伐証明を出してもらえるか」
「いいだろう。パーティー名で出すか、それとも個人名か」
「個人名だ」
「この紙に、誰に発行するのかを書いてくれ」
「わかった。ヘレス」
「うむ」
「ここに名を書け」
「えっ? 討伐証明は、リーダーの名でしか出ないはずでは」
「そうか。ならばお前がリーダーだ。さっさと名を書け」
「レカン殿」
ヘレスは懐から奇妙な形のペンを出し、さらさらと紙に名を書いて、レカンに差し出した。
そこには、こう書いてあった。
〈ヘレス・ラインザッツ〉
レカンはその紙をカウンターの老人に差し出した。
「よし。ちょっと待ってろ」
老人は奥に消え、しばらくして戻ってきた。
「ほらよ」
差し出されたのは、くるくると巻かれた、なかなか上質そうな紙で、飾り紐で結んである。
「これは、領主様の名のもとに、協会が発行したものだ。どこの町の貴族にみせても、正式で正当な書類として通る」
「手数をかけた」
「ところで、迷宮踏破者は領主館に招待される。あんたの宿はどこだ」
レカンはこの町で宿泊していた宿の名を告げた。
「よし。ここに領主様の使いが行く」
「わかった」
レカンは、女王種の頭部を抱え上げて、きびすを返した。
「あっ、ちょっと待ってくれ。素材は」
「今は休みたいんだ。またにしてくれ」
「そ、そうか。楽しみにしている」
レカンは協会の建物を出た。
少なくない人が、入り口の周りを取り巻いている。
レカンの姿をみて歓声をあげはじめた。
「〈壁男〉!」
「いいぞ!〈壁男〉」
どうもこの町でのレカンの通り名は、すっかり〈壁男〉で定着してしまったようだ。
「レカン!」
声のしたほうをみると、ジェイドがいた。
そのかたわらに、荷車を引いた馬を連れている。
「こいつがいると思って用意しておいた。迷宮踏破者が出たという話を聞いて駆けつけたんだ」
「この荷車と馬をもらえるのか。それは助かる」
「俺からの感謝の気持ちだ。あ、それから」
ジェイドは二つの袋を差し出した。
「これは、〈ジャイラ〉からだ。あんたによろしく言ってくれと言ってたよ」
レカンは荷車に女王種の足を積み、馬を引いて、そのまま町の西門に向かった。
歓呼の声に送られながら。