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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第18話 ニーナエ迷宮下層
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「では、ヘレス。迷宮の主について説明してくれ」

「わかった」

 ヘレスは、迷宮の主である八目大蜘蛛の女王種について説明した。その説明は、おおむねジェイドから聞いた通りだったが、一つ足りない情報があった。

「おい。〈召喚〉のことも、一応話しておけ」

「召喚? レカン殿。それは何のことだ」

「女王種の特殊能力だ。一万もの斑蜘蛛を呼ぶという」

「はあ? そんなばかな。一万匹だと? もしもそんなことをされたら、戦いようなどない。いったいどこでそんなたわけた話を聞いたのだ」

「ジェイドから直接聞いた話だ」

「ジェイド殿は、若いころには何度も最下層を踏破した、伝説的な冒険者だ。あの人が嘘やまちがいを言うとは思えぬが」

「ただし、今生きてる冒険者のなかで、実際にみたやつはいない。つまり、女王がその能力を使うことは、めったにない」

「そうなのか? 何か特別な条件があるのだろうか」

「それはわからんな」

「わからんことを考えてもしかたあるまい」

「そうだな。だがみんな、そんな話があるということだけは覚えておいてくれ。さて、降りようか」

「うん!」

「はい」

「ふふ。ちょうど姫亀の二刻だな。いつも通りということか」

 レカンたちは、階段を降りた。

 異様に長い階段だった。

 そして最下層に足を踏み入れた。


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 そこは一面の砂漠だった。

 ただただ砂地が広がっていた。

 周辺では岩がせり上がり、その岩肌が壁となって、これまでの息苦しい階層が嘘のような、高い天井につながっている。

 その砂漠の中央に、ぽつんと何かがある。

 人間の肉眼ではみえないだろう。

 だが、レカンの〈生命感知〉は捉えていた。

 一匹の強大な魔物の存在を。

 レカンは砂を力強く踏みしめ、その魔物に近づいていった。

 近づくにつれ、その形がみえてくる。

 砂の大地に突き出た岩と、その岩から突き出した少女の姿が。

 ざっ、ざっ、ざっ、と音を立て、近づくごとに明らかになる。

 おぞましくも美しき、その姿が。

 腰から下は岩のなかに溶け込んでいる。

 腰から上は薄衣一つまとわぬ、いたいけな少女だ。

 年でいえば五歳か六歳というところだろうか。

 両手を差し伸べている。

 助けを求めるかのように。

 いざなうかのように。

 いとしい人を抱きしめようとするかのように。

 父親に甘えてすがりつこうとするかのように。

 そのこどもに似た何かは両手を差し伸べている。

 両の目は縫い合わされたように閉じられていて、瞳の色はわからない。

 こどもだ。

 殺していいこどもだ。

 あと百歩ほどに近づいたとき、レカンは走り始めた。

 〈アゴストの剣〉を高々と振り上げ。

 殺戮の喜びを顔に浮かべて。

 走りながら気がついた。

 砂しかないと思っていたが、少女の後ろには小さな茶色の石が無数に転がっている。

 しかしそれは、〈生命感知〉には映らぬ、ただの石である。魔獣ではない。

 そう思うまに、もはや標的までは指呼の間である。

 戦慄すべき破壊力を帯びた剣を、レカンは振りおろした。

 その大剣は魔獣の頭を斬り裂き。

 喉を斬り裂き。

 胸を斬り裂き。

 腹を斬り裂いて。

 その姿が生えている岩に深々と食い込んだ。

 これが、〈ザナの守護石〉が全力を出した威力なのだ。

 しかしレカンは気がついてしまった。

 〈生命感知〉に映る強大な気配が、いささかも減じていないことを。

 レカンの大剣に真っ二つに引き裂かれたそれは、目をみひらいた。

 青い、青い、奈落のような闇の目を。


22


 レカンは、こうした存在を知っている。

(ちっ。不死特性か)

 迷宮で出会うボスクラスの魔獣のなかには、ある一定の条件を満たさないかぎり、決して殺すことのできないタイプのものがある。それは通常、〈不死特性〉と呼ばれる性質である。

 では、ここ、ニーナエ迷宮の最下層の主を、殺せるようになる条件とは何か。

(たぶん変身だな)

(変身を解いてもとの魔獣の姿になったとき)

(こいつは殺せるようになるんだろう)

 そう思いつつ、レカンは剣を引いた。

 もはや宝玉は、その最大の恩寵を発することはない。あと一日のあいだは。

「なにっ」

 レカンが驚いたのも無理はない。

 つい今しがたまで、レカンの〈生命感知〉に映る青い点は、たった一つだけだった。

 だが今や、無数の青い点が、女王の後ろに出現している。

 青い点は〈生命感知〉の視界のなかで、しみのように広がり、階層の奧側を埋め尽くしてゆく。

 海だ。

 青色の海。

 魔獣の海だ。

 石であった茶色の何かが、もぞもぞと動き始めるのがわかった。

 レカンは身をひるがえして全力で走り始めつつ、大声をあげた。

「逃げろ! 一万匹の魔獣が出るぞ!」

 レカンのすぐ後ろにはアリオスが走り込んで来ている。

 だいぶ遅れてヘレスが走ってきており。

 その後方にはエダが止まっている。

 アリオスは大量の砂を巻き上げつつ、方向の逆転を行った。

 ヘレスも思い切りよく体を反転させた。

 エダもくるりと振り返り、走り始めた。

 レカンはすぐにヘレスもエダも追い抜いて、なおも加速した。

 走って走って、ただ走った。

 入り口がない。

 これはもとの世界の迷宮では、よくお目にかかった構造だが、この世界でもあるらしい。

 すなわち、ひとたび迷宮の主の部屋に侵入した者は、死ぬか、主を殺すまで、部屋から出られないのだ。

 入り口があったはずの場所まで走り寄ったレカンは、〈収納〉から杖を取りだした。シーラから譲り受けた、大きな宝玉のついた杖である。

「オレが魔法を放つまで、蜘蛛どもを近づけるな!」

 それだけを大きな声で命じると、レカンは右目を閉じて、瞑想に入った。


 魔力よ。

 魔力よ。

 大いなる魔力よ。

 わが呼びかけに応え、ここに集え。

 わが腹に宿り、渦を巻き。

 右腕を通り抜けて、杖に宿れ。

 杖に宿りし魔力は旋回せよ。

 旋回して合流の時を待て。

 さあ、新たな魔力よ、湧き出でよ。

 湧き出でて、丹田に収まり。

 凝り固まりて威力を増し。

 渦を描いてつながり合い。

 杖に流れ込むがよい。

 杖よ。

 杖よ。

 加速せよ。

 わが魔力を加速せよ。

 すべての祈りは一つとなり。

 すべての破壊はわが手にある。

 そして時至らばわれに告げよ。

 解放の時をわれに告げよ。

 もはや、そは遠からじ。

 来たり。

 来たり。

 今こそ時は来たり。

 すべてを蹂躙する天空の矢よ。

 わが命に従い、大地を穿て。


「〈驟火(ガイルベイ)〉!」

 かっと右目を開き、レカンは杖に魔法の発動を命じた。

 杖はレカンの意志を受け、殲滅の恐怖を空に放った。

 迷宮の薄暗い空間に光の輝きが満ち、それは恐るべき殺戮の矢となって、砂の大地に降り注いだ。

 レカンの周りを取り巻いて、エダはショートソードを振り、アリオスは剣を振り、ヘレスは盾と剣を駆使して、押し寄せる小さな魔獣たちを防いでいる。

 広い空間に破壊の光が飽和して、おさまったとき、レカンの周囲を小さく残して、すべての斑蜘蛛は死滅していた。

 レカンの視界がくらりと揺れた。

 魔力枯渇だ。

 そのとたん、レカンの体内に魔力が補填され、枯渇はうるおされた。魔力が完全に満たされたとはいえないが、じゅうぶんに戦える状態になった。

 〈ザナの守護石〉による魔力補填だ。こういう働き方をするのだ。

 残る斑蜘蛛たちの後始末など、今のこの四人にとってはささいなことでしかない。

 最後の斑蜘蛛をアリオスが斬り捨てたとき、女王種がその正体を現した。

 青い蜘蛛だ。

 この迷宮に出現するすべての蜘蛛は、黒か、茶色か、赤茶色か、赤と黒という色彩を帯びていた。

 青い蜘蛛などほかにいなかった。

 杖をしまい、レカンは走った。

 今度こそ女王蜘蛛を殺すために。

 怒りと喜びの雄叫びをあげ、生命力のすべてを込めて突進した。

 その剣にはもはや、〈ザナの守護石〉の最大限の恩寵はない。

 その代わり、レカンのあくなき闘争心が、〈アゴストの剣〉にそそがれていた。

 レカンが到達する寸前に、女王蜘蛛はふわりと起き上がり、おぞましき八本の足を素早く律動させながら、獲物の到着を待ち構えた。

 レカンは高々と跳躍し、必殺の一撃を魔獣の頭部にたたきつけた。

 がくんと頭部が沈み込む。砂の大地に降り立ったレカンは、魔獣の胸に突きを入れる。だが頑強な甲殻が刃をはばむ。

 アリオスが到着して魔獣の左の足を薙ぐ。

 確かにダメージは与えたが、斬り落とすまでには至らない。

 魔獣の口から白い霧が吹き付けられる。

 レカンは盾を構えつつ、呪文を唱えた。

「〈風よ〉!」

 突風が白い霧を吹き飛ばす。

 レカンが盾の陰から突きを放つ。

 それは先ほどとまったく同じ箇所に命中し、甲殻をつらぬいて、魔獣の体内に侵入した。だが、浅い。

 魔獣の青い眼が光る。何かの魔法が発動した。

 それまで魔獣をみていたアリオスが、レカンのほうを向いた。

 アリオスがレカンに向けて剣を振る。

 レカンはかろうじて、その神速の一撃を盾で受けた。

 次の瞬間には、レカンの左足がアリオスの腹部を蹴り飛ばす。

「〈浄化〉!」

 魔獣の八本の足がレカンを襲う。

 レカンは身を沈めつつ、左側下部の足の攻撃を盾で防ぐ。

 右側の足の攻撃は、ヘレスが防ぐ。

 エダが飛ばした〈浄化〉によって〈魅了〉から覚めたアリオスが、起き上がりざまに下から剣で魔獣の腹を薙ぐ。

 その瞬間魔獣の姿は消えた。

 レカンは、感じ取っていた。

 空間系魔法の適性を持ち、いくつかの空間系魔法が使えるレカンには、空間のひずみが感知できる。

 自分の真後ろに魔獣が出現する。

 レカンは振り向きざまに、何もない空間を盾でなぎ払った。

 そのときその空間に出現した魔獣は、レカンの盾で打ち払われ、くるりと向きを変える。

 いくら宙に浮いているとはいえ、レカンの予想よりはるかに、レカンの打撃は効果をあげた。

 ヘレスが剣を突き出したとき、そこには魔獣の腹の中央のふくらみがあった。すなわちその奥には心臓がある。

 ヘレスの突きは、魔獣の心臓をつらぬいた。

 女王種は、その動きをぴたりととめ、砂の大地に落下して倒れた。

 戦いは終わったのである。

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― 新着の感想 ―
驟火のワクワク感は異常! まさに必殺技、というか奥の手って感じがします。 実際には強敵相手には通用しない雑魚散らし用なんでしょうけども。
[良い点] 密度の高い戦闘だなあ
[良い点] いつもながら簡潔ながらも素晴らしい戦闘描写。
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