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町に着くころには麻痺も解けたようで、ヘレスは自分の足で歩くと言った。
宿に向かって歩きながら、レカンは失敗に気づいた。
(しまったな)
(スノーにとどめを刺すのを忘れた)
あれは生かしておいては面倒な手合いだ、とレカンは思った。
槍使いも生きているし、六人パーティーだったはずだから、殺した一人を除いて五人の敵を作ったわけだ。
今から引き返してもあの場にはいないだろうし、どこの屋敷なのかレカンは知らない。いずれにしても、誘拐犯から誘拐された女を救うという出来事は、もう終わってしまったのだから、これから戦いに行けば、こちらが襲撃者になってしまう。
この町では、高位冒険者は尊重される。
領主館の晩餐会にも呼ばれたと自慢していた。
つまり、権力者側とつながりがある。
パイザルン家というのがどういう家か知らないが、貴族ではあるようだ。
今回の出来事は、レカンのほうが一方的に悪い、というような話に作り変えられるかもしれない。
ちゃんと事実を話せば通じるかもしれないし、通じないかもしれない。
いずれにしても、面倒なことになる。
そしてレカンは面倒なことがきらいだ。
それに、スノーとその仲間が、いつ襲ってくるかもしれない。
街中で襲われたりすれば、居合わせた人にも被害が及ぶだろう。
(待てよ)
(どうせ襲われるのなら)
どうせ襲われるのなら、迷宮のなかで襲われるのがよい。
迷宮のなかなら、殺しても罪には問われない。
そして考えてみれば、もう、残り日数も少ない。
ここで一気に最下層を攻略してしまい、この町を離れてしまえば、スノーが何を言おうが何をしようが痛くもかゆくもない。
(よし)
(迷宮に行こう)
(そうすればすべてが解決する)
宿に着くころには、レカンはすっかり心を決めていた。
15
レカンとヘレスが宿に着くころには、エダもアリオスも帰っていた。
「これから迷宮に行く」
「突然だね」
「さすが師匠」
「レカン殿の判断に従う」
一行は迷宮に向かった。
ヘレスは、冒険者協会の倉庫に預けてある荷物があるからと、協会に寄った。
そして六の月十八日夕刻、レカンのパーティーは、ニーナエ迷宮最後の探索を開始したのである。
16
一行は第四十階層の入り口付近に〈転移〉した。
レカンは、ヘレスに〈浄化〉をかけるようエダに言った。
エダは、言われた通りに〈浄化〉をかけた。
ヘレスもアリオスも、あぜんとした。
「ま、まさか、〈浄化〉だと?」
「もう驚くまいと決めてたんですが、驚きました」
「この能力のことは内密に頼む」
それから第四十階層を通り抜けた。
戦闘回数は三回である。
レカンは、〈図化〉の能力で、最短のコースを進んだのだ。
この〈図化〉という能力は、地形の細かいところは無視して、進めるか進めないかを示してくれる。それだけではなく、魔獣の位置まで示してくれるのである。
まさに、迷宮探索者のための魔法だ。
夕食をとり、翌朝朝食を済ませた。
「第四十一階層から第四十四階層までの敵は、八目大蜘蛛の上位種だ。ますます硬い。そして魔法攻撃が効かない。いや、効きにくい。毒はあまりはかないが、〈睡眠〉〈即死〉〈破壊〉という、非常に厄介な三つの能力を持っている」
「〈睡眠〉は、今までの魔獣も持ってたよ?」
「まるで効き方がちがうのだ。別物といっていい。ここからの階層に入るには、複数の耐性装備がいるといわれている」
「〈即死〉って、毒なの?」
「いや、毒ではない。呪いだ。距離さえ近ければ、どの方向にもこの呪いは飛んでくる。かわしようもない。だから、呪いをはじく装備がいる」
「〈破壊〉って、何が破壊されるの?」
「金属だ。鎧でも、剣でも、蜘蛛にかまれた物は一定確率で壊れる。砕け散ってしまうんだ。この確率はかなり高いので、かまれたら発動すると思っておかないといけない」
「それだけかな。では、行こう」
一行は第四十階層を出て階段を降りた。
レカンは、〈収納〉から〈ザナの守護石〉を出して装着した。
第四十一階層に入った。
奥のほうに一つパーティーがある。人数は六人だ。
まもなく、最初の敵のいる場所に着いた。
レカンは突撃した。アリオスとヘレスが続いた。
毒も溶解液も石化の白息も飛ばしてこないとなれば、まずは正面から打ち込んでみるに限る。
レカンは振り上げた〈アゴストの剣〉を、魔獣の頭にたたき付けた。
今までの蜘蛛とは一線を画す硬度と強靱さを持った頭だった。
だが、〈ザナの守護石〉による破壊力増大は、その硬度と強靱さを、はるかに上回った。
頭はへしゃげて割れ、蜘蛛は死んだ。
「何が、何が起こったのだ?」
「もう驚くのはやめると、さっきあらためて決めたんですけどね」
「赤紫ポーションか? いや、飲んだようにはみえなかったし、そうだとしてもこれはあり得ない」
「あたいも驚いたけど、レカンだもんね。驚くのに慣れちゃったよ」
「ここからの四階層は、最下層に向けて自分を研ぎ澄ませる階層と思え」
「はい」
「うん!」
「心得た」
第四十一階層では、五度戦闘をした。
昼食をとって、第四十二階層に降りた。
第四十二階層では、かならずしも一撃で沈めることはできなかった。
その場合は、アリオスとヘレスが参戦して魔獣の注意を引きつけ、レカンが二撃目で魔獣を仕留めた。
連携は、うまく働いている。
六度戦闘をして、出口付近で野営した。
「恐ろしい魔獣がごろごろしてる迷宮のなかで、こうやってのんびりたき火をたいて、スープを飲んでるんだもんね。なんか不思議な気分」
「本当にそうですね。迷宮のなかというのは、現実世界ではないかのようです」
「ふふふ。エダ殿もアリオス殿も、ロマンティックだな」
「ヘレス殿には、言い交わしたお相手はおられるのですか?」
「いや、いない」
ひどく立ち入った質問だとレカンは思った。
もっとも高位の貴族にとって、婚姻は私的な出来事ではないのかもしれない。
「私の年で結婚どころか婚約もしていないなどというのは、ふつうあり得ないのだがな。まあそれ以上は訊かないでくれ」
「今まで好きになった人はいないの?」
「はは。そんなことを考える時間もないほど、武芸に打ち込んできたからな。それに、どいつもこいつも女の私に後れをとるような者ばかりだ」
「どいつもこいつもっていうことは、申し込みを受けることはあったんだね」
「はは。まあ、なくはなかったな」
「ヘレスさんだもん。求婚者の百人や二百人はいたよね?」
「さあ、どうだろう。数えていないが、そんな数になるだろうか」
「でも、みんな弱かったんだ」
「話にならんな」
「好きな人はいなかったとしてもさあ、好きになってもいいかな、って思った人、いなかったの?」
「いや……べつに」
「今、ちらっとレカンのほうをみなかった?」
「みていない」
「みたでしょ?」
「みておらんと言っておる」
「レカンはやっぱり悪いやつだね」
「それは同意する」
「何というか、会話に参戦できません」
「肉を食え」