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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第18話 ニーナエ迷宮下層
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 スノーが妙な武器を構えている。

 このときになってレカンは気づいた。

(ヴォーカ領主がシーラに頼んで取り寄せたとかいう火魔法を放つ武器だ)

 この男がどうしてこんな物を持っているのかは知らない。

 とにかく今スノーは、御者席にいるはずのレカンめがけ、馬車のなかからもう一度火魔法を放とうとしている。

 一瞬、レカンは〈炎槍〉を放とうとしたが、ヘレスに血が降りかかるかもしれないのでやめた。

「〈風よ(ウィゼル)〉!」

 突風が生じ、スノーの手から武器が吹き飛ばされる。

「あっ」

 窓から飛び出した武器を追うように、スノーの手が突き出される。

 その手をレカンは、身を乗り出すようにしてつかみ、そのまま谷のほうに引いた。

「うわっ」

 ドアが破れてスノーが馬車から飛び出す。

 そのときすでに、武器は谷川に落ちていっている。

 あやういところでスノーは地面を踏みしめて踏みとどまった。あと半歩で崖である。

 レカンも御者席から飛び降りた。

「きっ、きさま。このぼくが誰だか、わかっているのか? このぼく、スノー・パイザルンにこんなことをして、ただですむと思っているのか」

「お前こそ、こんなことをして、ただですむと思っているのか?」

 言葉をかわしながらも、レカンは油断なく馬車のなかを〈立体知覚〉で探っている。

 だいじょうぶだ。ヘレスは無事だ。

 槍使いの男も、気を失ったようで、器用に体を折り曲げたまま動かない。

「今ならまだ許してやる」

 スノーはそう言いながら剣を抜き、そのままレカンに斬り付けてきた。

 素晴らしい速度の抜き打ちである。

 それだけは認めなくてはならない。

 レカンは、すっと後ろに身を引いてスノーの剣をかわしつつ、呪文を発した。

「〈風よ〉!」

 スノーが抜き打ちのために右前方に踏み出した右足が、足元の土とともに左から突風を受けた。バランスを崩したスノーは、谷の斜面に倒れかかる。

「〈炎槍〉!」

 レカンが放った攻撃魔法は、スノーの胸を貫くはずだった。

 だが、はじかれた。

 というより、散って消えた。

(対魔法防御の装備を身に着けていたか)

 体勢を立て直そうとしたところに衝撃を受けたため、スノーは体の制御を失ってしまい、足元の土が崩れるままに、谷川に向かって転がり落ちていった。

 レカンは、馬車のなかをのぞき込んだ。

 こんな騒ぎが起こっているというのに、ヘレスは起きる気配もない。

 槍使いの体を引っ張り出すと、そのまま谷に放り捨てた。


 乗車席の後ろ側に、ヘレスは寝かされていた。

 足を折り曲げた姿勢では、寝苦しいと思うのだが、つややかな髪をばさりと広げて、静かに眠っている。

 今日のヘレスは、鎧姿とはちがう、こざっぱりしたシャツと、ふわりとしたスカートに身を包んでいる。

「ヘレス」

 呼びかけても少しの反応もない。

 レカンは〈収納〉から黄色のポーションを取り出し、ヘレスの顔の上でつぶした。

 ややあって、ヘレスは意識を取り戻した。

「ううーん」

 起きて不用意に動いては危ないと気づき、レカンはヘレスを抱き上げて、馬車の後方に移動した。ヘレスの〈箱〉が馬車のなかにあったので、〈移動〉の魔法で、それも運んだ。

 運ばれながら、ヘレスは薄く目を開けた。

 そして、目の前にあるのがレカンの顔だと気づいて、口元をほころばせた。

「助けて、くれたのだな」

「ああ。歩けるか」

「……いや。無理のようだ。すまないが、このまま運んでもらえないだろうか」

「そうか」

 状態異常は解除したのに体に麻痺が残っているようだ。

 呪いつきの武器だったのだろうか。

 だとすると〈ハルトの短剣〉でヘレスに傷をつけてやればいい。

 そうではあるのだが。

(こんなに女らしい体つきをしていたのだな)

 鍛えられた体は、少年のようなみずみずしさをたたえ、それでいて胸や尻のふくらみは、成熟した女の色香をただよわせている。

 すらりとした足は、無垢であるのに扇情的で、目の前にある喉と鎖骨とレカンのあいだを隔てるものは、何もない。

 化粧のない顔はどこまでもきめ細やかで、少し開いたくちびるがなまめかしい。

 こんな美しい体に刃物で傷をつける気にはなれなかった。

 それに、本当に呪いかどうかもわからない。

 とにかく早く連れ帰って、〈浄化〉をかけてもらうのが一番だ。

 レカンは、一度、斜面の草むらにヘレスを寝かせると、剣と守護石と盾を〈収納〉にしまった。ヘレスの〈箱〉もしまった。

 そして再びヘレスを抱き上げた。

「しっかりつかまっていろ」

 ヘレスはしなやかな腕をレカンの首に回してしがみついた。

 ふわり、と甘い香りがレカンの鼻腔をやわらかに満たした。

 そしてレカンは、空を飛ぶようにして、やさしくヘレスを運んだ。

 移動を始めてから、馬車を使えばよかったかとも思ったが、街中を走ればあの馬車を知っている者もいて、面倒なことにならないともかぎらない。

 それに馬車に乗せるより、このほうが速い。

「私を、こんなふうに軽々と、少女のように運べる男がいるのだな」

 腕のなかの女が、そうつぶやいたが、風の音に消されて、レカンの耳には届かなかった。

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― 新着の感想 ―
初めてこんな女性らしい肉体の描写がされた気がする
ロマンス
[良い点] やっぱりレカンは悪い男だなあ
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