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翌日、レカンは一日寝た。
夕方起きて、宿で軽い食事を取り、また寝た。
その次の日、ヘレスを連れて、迷宮品を売却して歩いた。
いつものことだが、量が多いので、一つの店で売ろうとしても断られたり、値を下げられたりする。毒袋はそもそも売り先がちがう。
通常個体四十四体は、締めて大金貨十六枚になった。大金だが、ヘレスは最初の店で店主に文句を言った。安すぎると。
だが、みかけ以上に傷んでいる足が多いので、しかたないのだという。
なぜ傷んでいるかというと、ヘレスがしゃにむに攻撃したからであり、ヘレスのふるう魔法剣の威力が高かったからである。いわば自業自得なので、説明を聞いているうちにうなだれていた。
大型個体二体は、迷宮から出たときすぐに、四軒の店に足を置いてきたのだが、なんとこれが大金貨九枚になった。
この階層の大型個体の足が、これほど奇麗な状態で出ることはめったにないのだという。
一人、金貨六十二枚以上である。
分配金を渡したとき、エダが目をまん丸にみひらいていた。
さらに次の日も、レカンはほとんどの時間を寝て過ごし、食事は宿でとった。
エダは買い物に行かせた。
百本買った矢も、もう半分以上を失った。
毒は使い切ってしまったので、倍の量を買わせた。
麻痺の呪いを付加した矢は、まだ一本も使っていないが、さらに五本に付加するよう言っておいた。この町ほど呪術師が多い町は珍しいらしいので、たぶん質もよいし、値段もよそと比べれば割安であるはずだ。
次の日、レカンは食料や薪を買いに出た。状態異常解消の効果がある黄色ポーションは多めに買っておいた。休みは四日と言ってある。つまり今日までだ。
買い物をしながら、町をぶらつきながらも、レカンは〈生命感知〉に注意をしていた。
〈生命感知〉は、半径千歩の範囲にいる生命体を感知する能力だ。
赤い点は人間であり、緑の点は鳥獣魚虫、青の点は魔獣だ。
もといた世界では人間は多い少ないはあれ、誰でも魔力を持っていたが、この世界では、魔力を持つ人間のほうが少ない。
だから赤い点が、ごく薄くしか表示されない人間が多い。
この能力では、人がいるということはわかっても、それが誰であるかはわからない。
けれども、点の表示のされかたには、微妙なちがいもあって、どれが誰なのか、判別できる場合もある。
幸い、エダ、アリオス、ヘレスには魔力があるので、レカンは人物判定の練習にと、この三人の赤い点を、朝から追跡していたのだ。
この遊びのような練習は、今までにも何度かやったのだが、よくこの日やっていたものだと、レカンは感謝することになる。
アリオスの赤い点は、もうだいぶ前にみうしなってしまった。アリオスぐらいの魔力の持ち主は、この町には山ほどいるので、人が密集している場所に移動してからは、すぐにみうしなった。もう、どれがそうなのかわからない。
ヘレスは、アリオスよりずっと強い魔力を持っている。さすがに迷宮都市だけあって、匹敵する、あるいは凌駕する魔力の持ち主も多いが、なんとか追跡を続けられている。
エダの赤い点は、魔力量が多いため、目立つ。こちらは最近段々特徴がわかってきたような気がする。目を離しても、これがそうかとみつけることができるようになってきた。
そのヘレスの赤い点の動きがおかしいことに、レカンは気づいた。
先ほどから、三つの赤い点と一緒に動いている。
街中で一緒になったのだが、そのうち離れるかと思っていたのに離れない。
そのまま四つの点は、一緒に町外れのほうに進んでいく。
(あまりに一緒に動きすぎる)
(馬車か?)
(一緒に馬車に乗って移動しているのか?)
ヘレスの点は、どんどん遠くに去っていく。
突然。
レカンの体を悪寒が走った。
(いかん!)
レカンは走った。
12
迷宮は町の中央にある。
というより、迷宮の周りに町がある。
領主の館は迷宮の南にあり、その付近に貴族たちの屋敷がある。
町の北側には山々が連なっているのだが、その麓には、それぞれじゅうぶんな距離を置いて、立派な屋敷が、ぽつりぽつりと立っている。
これらは、迷宮で稼いだ高位冒険者たちの屋敷だ。
その屋敷のどれかに、馬車は向かっているようだ。
レカンは〈貴王熊〉の外套をはげしくはためかせながら、走りに走った。
人通りの少ない場所では〈突風〉の魔法を行使して加速をつけた。
山道に入ってからは、〈突風〉を強く背中にあて、木々の上を飛ぶようにして馬車を追った。
(あれだ)
谷川を飛び越えながら、レカンは馬車を発見し、その前方に着地した。
馬車が近づいて来る。
レカンは〈収納〉から、〈ザナの守護石〉を取りだしてシャツのポケットに収め、手甲状態の〈ウォルカンの盾〉を取り出して左手に装着し、〈ラスクの剣〉を腰に着けた。
馬車はレカンの前で歩みをゆるめた。
「てめえっ! 死にてえのか! そこをどけ!」
御者をしているのは冒険者の男だ。
スノーと一緒にいた男だ。何とかという名のパーティーの仲間なのだろう。
「ヘレスを返してもらおう」
「なにい!」
「その馬車のなかにヘレスがいることはわかっている」
「そんな女はいねえ! どけと言ってるだろう」
レカンはヘレスを〈立体知覚〉で捉えた。
生きてはいるようだ。だが、寝たままで動こうとしない。
「なぜヘレスは寝たままなんだ? お前たち、ヘレスに何をした?」
「ひき殺せ!」
馬車のなかから声がした。
聞いたことのある声だ。
のっぺり男のスノーの声だ。
馬車の窓からスノーが頭と右手を突き出し、その右手に持った何かを構えた。
「〈展開〉!」
レカンの呪文に反応し、手甲は〈ウォルカンの盾〉となり、左手に収まった。
スノーの右手からまばゆい光がほとばしった。
飛んで来た炎の弾を、〈ウォルカンの盾〉ではじく。
御者をしている男が馬を走らせようと手綱をたたく。
レカンは素早く右側、すなわち山の斜面を駆け上り、呪文を唱えた。
「〈炎槍〉!」
強力無比な攻撃魔法は、御者をしていた男の頭を吹き飛ばした。
馬車に飛び移り、その勢いのまま御者の男を蹴り出して、手綱を引き絞った。
頭を失った御者の男の体が谷川のほうに落ちてゆく。
軽く蹴ったつもりだったが、考えてみれば、今、〈ザナの守護石〉を身につけている。ブーツを履いての蹴りは、攻撃とみなされたのだ。
御者席の背中を貫いて槍先が飛び出してきた。
乗車席のなかには槍をしまっておくほどの空間はない。
この槍も何かの恩寵を持った品なのだろう。
そんなことを考えながらひらりと身をかわし、槍が伸びきったところで右手でつかんだ。
槍の使い手は槍を引き戻そうとした。
さすがに迷宮深層を探索する槍使いである。まさに剛力といってよい。
だが、レカンが右手でにぎる槍は、びくともしない。
(うん?)
(〈ザナの守護石〉が働いているわけでもないようだが)
(握力が上がっている?)
ならばとレカンは、湧きいずる力のまま、太い槍をずるずると引き出した。
馬車のなかからはうめき声のようなものが聞こえる。
レカンの〈立体知覚〉には、筋骨たくましい槍使いが、必死で槍を押さえ込んでいる姿が映っている。
「〈縮小〉」
盾を手甲に変えると、左手を槍に添え、ぐい、ぐいと両手を交互に回して引っ張った。
いとも簡単に槍は抜けた。抜けた瞬間に突き返した。
石突きは槍使いの男のみぞおちを打ち抜いた。
男が崩れ落ちる。
レカンは一気に槍を引き抜いて、馬車の前方に捨てた。