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みなれないパーティーがいるのが目に止まった。
〈ジェイドの店〉はニーナエ迷宮下層を探索するパーティーのたまり場であり、上層や中層の冒険者たちも、よい収入があったときは、ここで食事をするのが楽しみであるようだ。
だから、トップグループやそれに次ぐパーティーとは面識があった。
ヘレスはそうしたパーティーとは顔がつながっているようで、紹介されたこともある。
だが、このパーティーははじめてみた。
かなり強力な冒険者たちであることは、みればわかる。
(よそから来たパーティーだろうか)
(それにしては場慣れしているようにみえるが)
六人いるのだが、そのうち一人がやけに目立つ。
長い金髪を垂らした、のっぺりした顔の男で、やたらと胸が大きくあいたシャツを着ている。
しぐさがいちいち大げさで、なにやら道化師の動作をみているようだ。
よそのテーブルに座った冒険者とも話をするのだが、その男が話しかけるのは、女性冒険者ばかりだ。
なかにはわざわざその男のそばに行って話し込む女もいる。
男は、ずいぶんなれなれしい調子で話しに応じ、ときおり相手の腰や尻をさわっている。きゃあきゃあと言う女もいるが、いやがっているようにはみえない。
そののっぺりした男が立ち上がって、入り口のほうに向かった。
ちょうど、エダとヘレスが入ってきたところで、のっぺり男は何かしら盛んにヘレスに話しかけている。
ヘレスは振り切ってレカンのテーブルに向かおうとするのだが、のっぺり男はヘレスの腕をつかんで放さない。
ヘレスは、レカンのほうを指さして、男に何か言い放っている。ついには強引に男を振り払った。
立ち去ろうとするヘレスの尻に男の手が伸びたが、エダがうまく防御した。
(いいタイミングだ)
(意外に防御の才能があるかもしれん)
「レカーン。遅くなってごめん。あれ? アリオス君、まだ?」
「ああ」
「今入り口で、変な男にからまれちゃって」
「そうか」
レカンは〈立体知覚〉で一部始終を観察していたのだが、それは言わなかった。
「ヘレスさん、あいつ、どういうやつ?」
「いや、私がこの町で合計三つのパーティーに参加させてもらったという話はしたことがあったと思うが、その一つである〈けがれなき勇者〉のリーダーのスノーという男だ」
「ああ、それで、君よわが胸に帰れ、なんて言ってたんだね」
「遅くなりました」
「あ、アリオス君。いらっしゃい。あたいたちも今来たところなんだ」
「そうですか。それで、誰が誰の胸に帰るんですか?」
「あそこに座ってる金髪長髪の男。あいつは、〈サリーミサルド〉ってパーティーのリーダーで、ヘレスさんに未練があるみたいなんだ」
「未練? 恋人だったんですか」
「まさか! 私を第四十一階層に連れてゆき、〈印〉を作ってくれたのは、あの男のパーティーなのだ」
「ああ、なるほど」
「だが、あの男は、口では最下層を目指すと言いつつ、その気持ちがないことを私はみぬいた。だから別のパーティーを探したのだ。それに、あの男は、その」
いつも歯切れのいいヘレスが、レカンのほうをちらちらみながら、急に恥じらうようなようすをみせた。
「何かあったの? ヘレスさん」
「うむ。その。それ以上の下層に同行させる条件として、その。つまりだな。とても私が応えられないような要求をしてきたのだ」
「なんて男」
「そういうやつですか」
エダとアリオスはヘレスの言うことが理解できたようだが、レカンにはわからない。だから、訊いた。
「払えないような金額を要求してきたのか?」
エダとアリオスが、びっくりした顔をしてレカンをみた。
「レカン。それ本気で言ってる?」
「鈍いということも、ある種、暴力ですね」
「うん? 何のことだ? ああ、そうか。家から持ってきたというあの剣を要求されたのか?」
ヘレスは顔を赤くしてうつむいている。
エダはレカンをにらみつけ、アリオスは困った顔をしている。
「やあやあ、君たち。楽しそうにしてるね」
のっぺり男がレカンたちに話しかけてきた。
「君がレカンかい?」
「ああ」
「ははは。ぼくはスノー。〈サリーミサルド〉のリーダーさ。もちろん、〈サリーミサルド〉は知ってるね?」
「今、名前を聞いたところだ」
「おやおや。このニーナエ迷宮を攻略中の新進パーティー〈ウィラード〉とは思えない調査不足だね、それは」
「そうか」
「わが〈サリーミサルド〉は、第四十四階層に到達したパーティーなんだよ。最下層攻略も間近だ。つまりね。今この町で一番勢いがあるパーティーなんだよ。十日後の、領主館での晩餐会にも呼ばれている」
「よかったな」
「ははは。ありがとう。ところでレカン。君に忠告だ」
スノーは、ぽんとレカンの肩をたたき、手をそこに置いて話を続けた。
「幸運にも第四十階層に〈印〉をつけられたようだが、第四十一階層からは上位種が相手だ。まるで別世界なんだよ。悪いことはいわない。第四十階層で三か月ばかりじっくり経験を積んで、それから下層を目指したほうがいい。もちろん」
スノーは、にっこり笑ってヘレスをみた。
「それではヘレスさんの目的にはまにあわない。ヘレスさん、わがパーティーには君の席がある。ともに最下層をめざそうじゃないか。そのためにも仲良くしないとね。実は、わがパーティーは、素晴らしい邸宅を手に入れたんだ。よかったら今夜そこで」
レカンが突然殺気を放った。
スノーは、レカンの肩に置いた手を、びくんとしながら放した。まるで何か熱いものにでもさわったように。
レカンの右眼が爛々と光っている。それは獣の眼だ。
あたりに座った冒険者たちが、がたん、がたんと椅子を揺らしてこちらをみる。
まるで突然迷宮の主がそこに現れたかのように。
スノーは、ごくりと唾を飲み込んで、次の言葉をしゃべったが、その声は少しかすれていた。
「ま、また相談しようじゃないか。じゃあ、仲間が待ってるんでね」
のっぺり男と入れちがいに、ヌルがやってきた。〈アズカリス〉の女回復師だ。
「レカンちゃあん」
後ろからしなだれかかって、そのなまめかしい両腕をレカンの首に巻き付け、豊満な胸のふくらみを背中に押し当てつつ、頭を突き出して、レカンの左耳をかじった。
「うふん。お久しぶり」
「ああ」
「スノーのぼうやはね、よその町の貴族の息子なの。だから、怖い者知らずなのね」
「そうか」
「この町の冒険者は、ヘレスちゃんをみれば高位貴族の娘だとわかるから、手を出そうとはしないわあ」
「なるほどな」
「パーティーにも入れない。もしも最下層に連れてってそこで死んだりしたら、パーティーも、領主も、ただではすまない。そう思うから、〈アズカリス〉も、〈ベガー〉も、〈ジャイラ〉も、ヘレスちゃんの依頼を受けなかったのよう」
「そうだったのか」
「以前スノーのぼうやは、ヴェータちゃんにちょっかい出して、カガルの筋肉馬鹿に、こっぴどくとっちめられたのね。だから、この店にはずっと顔を出さなかったの。〈ジャイラ〉がいるかもしれないものねえ」
今まで〈サリーミサルド〉をこの店でみかけなかったのは、そういうわけだったのだ。
「でも、〈ジャイラ〉はいなくなったし、自分たちはやっとこさ第四十四階層に達したわで、舞い上がっちゃってるのね」
「酔いもあったかもしれんな」
「自分に酔っちゃってるのよ、スノーのぼうやは。実際実績はあるし、大金を稼いでいるし、女にももてるしね。そのうえ高嶺の花のヘレスちゃんを、一時でいいから自分の女にできたら、一段と大きな顔ができるでしょう」
「周りがどう思うか、オレは知らん」
「クールねえ。ぞくぞくするわ。ああン。うずいちゃう」
「参考になった。礼を言う」
「じゃあ教えて。あの〈ジャイラ〉が急に田舎に帰るだなんて、おかしいわ。探索で怪我をしたって話も眉唾ね。あんたがからんでるんでしょ。何があったか教えてくれたら、お肉と野菜のあとにあたしを食べて……あ、いたた」
〈アズカリス〉のリーダー双剣士ファルカンが、女回復師ヌルの髪を引っ張っている。
「すまんな、レカン。こいつは回収する」
「ああ」
痛い痛いと声をあげながら、ヌルは連行された。
「ふむ、そういうことだったのか。あのスノーという男は、ヘレスを最下層に連れてゆく条件として、自分との情交を迫ったのだな」
ヘレスが、飲んでいたワインをこぼした。
エダは、飲んでいた茶をレカンの顔にぶちまけた。




