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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第18話 ニーナエ迷宮下層
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 みなれないパーティーがいるのが目に止まった。

 〈ジェイドの店〉はニーナエ迷宮下層を探索するパーティーのたまり場であり、上層や中層の冒険者たちも、よい収入があったときは、ここで食事をするのが楽しみであるようだ。

 だから、トップグループやそれに次ぐパーティーとは面識があった。

 ヘレスはそうしたパーティーとは顔がつながっているようで、紹介されたこともある。

 だが、このパーティーははじめてみた。

 かなり強力な冒険者たちであることは、みればわかる。

(よそから来たパーティーだろうか)

(それにしては場慣れしているようにみえるが)

 六人いるのだが、そのうち一人がやけに目立つ。

 長い金髪を垂らした、のっぺりした顔の男で、やたらと胸が大きくあいたシャツを着ている。

 しぐさがいちいち大げさで、なにやら道化師の動作をみているようだ。

 よそのテーブルに座った冒険者とも話をするのだが、その男が話しかけるのは、女性冒険者ばかりだ。

 なかにはわざわざその男のそばに行って話し込む女もいる。

 男は、ずいぶんなれなれしい調子で話しに応じ、ときおり相手の腰や尻をさわっている。きゃあきゃあと言う女もいるが、いやがっているようにはみえない。

 そののっぺりした男が立ち上がって、入り口のほうに向かった。

 ちょうど、エダとヘレスが入ってきたところで、のっぺり男は何かしら盛んにヘレスに話しかけている。

 ヘレスは振り切ってレカンのテーブルに向かおうとするのだが、のっぺり男はヘレスの腕をつかんで放さない。

 ヘレスは、レカンのほうを指さして、男に何か言い放っている。ついには強引に男を振り払った。

 立ち去ろうとするヘレスの尻に男の手が伸びたが、エダがうまく防御した。

(いいタイミングだ)

(意外に防御の才能があるかもしれん)

「レカーン。遅くなってごめん。あれ? アリオス君、まだ?」

「ああ」

「今入り口で、変な男にからまれちゃって」

「そうか」

 レカンは〈立体知覚〉で一部始終を観察していたのだが、それは言わなかった。

「ヘレスさん、あいつ、どういうやつ?」

「いや、私がこの町で合計三つのパーティーに参加させてもらったという話はしたことがあったと思うが、その一つである〈けがれなき勇者(サリーミサルド)〉のリーダーのスノーという男だ」

「ああ、それで、君よわが胸に帰れ、なんて言ってたんだね」

「遅くなりました」

「あ、アリオス君。いらっしゃい。あたいたちも今来たところなんだ」

「そうですか。それで、誰が誰の胸に帰るんですか?」

「あそこに座ってる金髪長髪の男。あいつは、〈サリーミサルド〉ってパーティーのリーダーで、ヘレスさんに未練があるみたいなんだ」

「未練? 恋人だったんですか」

「まさか! 私を第四十一階層に連れてゆき、〈印〉を作ってくれたのは、あの男のパーティーなのだ」

「ああ、なるほど」

「だが、あの男は、口では最下層を目指すと言いつつ、その気持ちがないことを私はみぬいた。だから別のパーティーを探したのだ。それに、あの男は、その」

 いつも歯切れのいいヘレスが、レカンのほうをちらちらみながら、急に恥じらうようなようすをみせた。

「何かあったの? ヘレスさん」

「うむ。その。それ以上の下層に同行させる条件として、その。つまりだな。とても私が応えられないような要求をしてきたのだ」

「なんて男」

「そういうやつですか」

 エダとアリオスはヘレスの言うことが理解できたようだが、レカンにはわからない。だから、訊いた。

「払えないような金額を要求してきたのか?」

 エダとアリオスが、びっくりした顔をしてレカンをみた。

「レカン。それ本気で言ってる?」

「鈍いということも、ある種、暴力ですね」

「うん? 何のことだ? ああ、そうか。家から持ってきたというあの剣を要求されたのか?」

 ヘレスは顔を赤くしてうつむいている。

 エダはレカンをにらみつけ、アリオスは困った顔をしている。

「やあやあ、君たち。楽しそうにしてるね」

 のっぺり男がレカンたちに話しかけてきた。

「君がレカンかい?」

「ああ」

「ははは。ぼくはスノー。〈サリーミサルド〉のリーダーさ。もちろん、〈サリーミサルド〉は知ってるね?」

「今、名前を聞いたところだ」

「おやおや。このニーナエ迷宮を攻略中の新進パーティー〈ウィラード〉とは思えない調査不足だね、それは」

「そうか」

「わが〈サリーミサルド〉は、第四十四階層に到達したパーティーなんだよ。最下層攻略も間近だ。つまりね。今この町で一番勢いがあるパーティーなんだよ。十日後の、領主館での晩餐会にも呼ばれている」

「よかったな」

「ははは。ありがとう。ところでレカン。君に忠告だ」

 スノーは、ぽんとレカンの肩をたたき、手をそこに置いて話を続けた。

「幸運にも第四十階層に〈印〉をつけられたようだが、第四十一階層からは上位種が相手だ。まるで別世界なんだよ。悪いことはいわない。第四十階層で三か月ばかりじっくり経験を積んで、それから下層を目指したほうがいい。もちろん」

 スノーは、にっこり笑ってヘレスをみた。

「それではヘレスさんの目的にはまにあわない。ヘレスさん、わがパーティーには君の席がある。ともに最下層をめざそうじゃないか。そのためにも仲良くしないとね。実は、わがパーティーは、素晴らしい邸宅を手に入れたんだ。よかったら今夜そこで」

 レカンが突然殺気を放った。

 スノーは、レカンの肩に置いた手を、びくんとしながら放した。まるで何か熱いものにでもさわったように。

 レカンの右眼が爛々と光っている。それは獣の眼だ。

 あたりに座った冒険者たちが、がたん、がたんと椅子を揺らしてこちらをみる。

 まるで突然迷宮の主がそこに現れたかのように。

 スノーは、ごくりと唾を飲み込んで、次の言葉をしゃべったが、その声は少しかすれていた。

「ま、また相談しようじゃないか。じゃあ、仲間が待ってるんでね」

 のっぺり男と入れちがいに、ヌルがやってきた。〈アズカリス〉の女回復師だ。

「レカンちゃあん」

 後ろからしなだれかかって、そのなまめかしい両腕をレカンの首に巻き付け、豊満な胸のふくらみを背中に押し当てつつ、頭を突き出して、レカンの左耳をかじった。

「うふん。お久しぶり」

「ああ」

「スノーのぼうやはね、よその町の貴族の息子なの。だから、怖い者知らずなのね」

「そうか」

「この町の冒険者は、ヘレスちゃんをみれば高位貴族の娘だとわかるから、手を出そうとはしないわあ」

「なるほどな」

「パーティーにも入れない。もしも最下層に連れてってそこで死んだりしたら、パーティーも、領主も、ただではすまない。そう思うから、〈アズカリス〉も、〈ベガー〉も、〈ジャイラ〉も、ヘレスちゃんの依頼を受けなかったのよう」

「そうだったのか」

「以前スノーのぼうやは、ヴェータちゃんにちょっかい出して、カガルの筋肉馬鹿に、こっぴどくとっちめられたのね。だから、この店にはずっと顔を出さなかったの。〈ジャイラ〉がいるかもしれないものねえ」

 今まで〈サリーミサルド〉をこの店でみかけなかったのは、そういうわけだったのだ。

「でも、〈ジャイラ〉はいなくなったし、自分たちはやっとこさ第四十四階層に達したわで、舞い上がっちゃってるのね」

「酔いもあったかもしれんな」

「自分に酔っちゃってるのよ、スノーのぼうやは。実際実績はあるし、大金を稼いでいるし、女にももてるしね。そのうえ高嶺の花のヘレスちゃんを、一時でいいから自分の女にできたら、一段と大きな顔ができるでしょう」

「周りがどう思うか、オレは知らん」

「クールねえ。ぞくぞくするわ。ああン。うずいちゃう」

「参考になった。礼を言う」

「じゃあ教えて。あの〈ジャイラ〉が急に田舎に帰るだなんて、おかしいわ。探索で怪我をしたって話も眉唾ね。あんたがからんでるんでしょ。何があったか教えてくれたら、お肉と野菜のあとにあたしを食べて……あ、いたた」

 〈アズカリス〉のリーダー双剣士ファルカンが、女回復師ヌルの髪を引っ張っている。

「すまんな、レカン。こいつは回収する」

「ああ」

 痛い痛いと声をあげながら、ヌルは連行された。

「ふむ、そういうことだったのか。あのスノーという男は、ヘレスを最下層に連れてゆく条件として、自分との情交を迫ったのだな」

 ヘレスが、飲んでいたワインをこぼした。

 エダは、飲んでいた茶をレカンの顔にぶちまけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々ととんでもないボケをかますところ本当に好きです 多用しないところもいいですね
[良い点] 上層から中層にかけてレカン以外のキャラの台詞がモブキャラっぽく感じていたのですが、下層でヘレスが連携をつかみ始めた頃から面白さが戻りました。第167部分はパーティーの良さが出ていて好きです…
[一言] もうこのパーティが好きすぎて死にそうです。 毎日4:00朝方まで読み漁ってしまう。 本当に素敵な物語を見つけてしまった。 まだ沢山ページがあるから嬉しい。 読み進めるのがもったいないくらい面…
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