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第三十二階層からは、一階層に一日をかけた。
昼食は階層のなかほどでとった。下が砂場になっているので座り心地はいい。
たき火をたくのにも困らない。
一階層降りるごとに、敵は手ごわくなる。
だが、こちらの連携も段々と形になりつつある。
そのときの状況や敵の動きにあわせ、誰かが行動を起こす。
その呼吸を読んで、他のメンバーが最適な行動を瞬時に判断する。
それが本当の連携だ。
まだまだその状態には届いていない。
だが少しずつ、そこに近づいている。
レカンは、エダを気遣うのをやめた。
魔獣が溶解液をはくたびに、これはエダに向かうだろうか、エダはこれをかわせるだろうかと心配するのをやめた。
エダに溶解液がかからないよう、魔獣の動きを制限するのもやめた。
今の階層ではエダを気遣った動きをすることができるが、下の階層に行けば、たぶんそんな余裕はない。
エダのことはエダ自身に任せて、レカンはレカンの役割を果たすべきだ。
そう思いを定めた。
素材もしっかり採取した。ただし、腹の皮は処理がめんどうなので捨てて、毒袋だけを取っている。足も、関節を切り離すだけで、なかの肉はそのままにしてある。魔獣の肉は腐りにくいが、それでもあまり時間をおくと腐ってくるので、いつまでも〈収納〉に入れたままにしてはおけない。
第三十五階層に〈印〉を作り、探索五日目の夕方、地上に戻った。
連携の感覚を忘れないよう、休養は三日とした。
〈ジェイドの店〉に行くと、扉が新しくなっていた。
なかに入ると、〈地獄の番犬〉がいた。
「やあ、レカン! 今迷宮からあがりか?」
「ああ。さっき出て、水を浴びてきたところだ」
「ははは。俺たちは昨日昼出てきたところだ。今何階層だ?」
「第三十五階層に〈印〉を作ったところだ」
「三十五! すごい勢いだなあ。すぐに俺たちに追いつきそうだ」
「あんたたちは迷宮踏破者だろう。今何階層に潜ってるんだ?」
「今回は第四十階層だ」
「そうか」
レカンは席に座ってエールを注文した。
コズウォルがジョッキを持ってやって来て、隣に座った。
エダもアリオスもヘレスもまだ来ていないので、このテーブルには二人だけだ。
「最下層を目指すのか?」
「まだ決めていない」
「ヘレスは行きたがっているだろう」
「うん? ああ、あんたたちにも頼んだんだったな。いや。オレのパーティーに一時参加する条件として、最下層のことは口にしないことと、探索する階はオレが決めるということを飲ませた」
「そうか。今は順調のようだから何も言わんだろうが、そのうち言い出すかもしれんな」
「かもしれん。だが関係ない。オレが危険だと思ったら、探索はそこで終わりだ」
「そうか。それならいい。いらんことを訊いたな」
「いや」
エールが運ばれてきた。
レカンは給仕に料理を注文した。今日は野菜多めの料理が食いたい気分だった。
「レカン。お前、迷宮踏破の経験があるな?」
「この国に来てからということなら、ゴルブルの迷宮を二度踏破したな」
「ゴルブルだって? あそこはたしか、最下層には少人数しか入れない制限がかかってなかったか? だから未踏破だったはずだが」
「そんな制限があったとは知らなかった」
「何人で行った?」
レカンは返事を返さなかった。
「もしかして、ソロだったのか?」
「ああ」
「お前、とんでもないやつだな。とんでもないやつに乾杯だ」
乾杯と声を上げ、ジョッキを打ち合わせて、一気に中身を飲み干す。
「ぷふぁあ、うめえ!」
二人はエールのお代わりを注文した。
「なあ、レカン」
「うん?」
「もといたとこじゃ、いくつぐらい迷宮を踏破したんだ?」
「さあな。覚えてない」
「十以上か?」
「ああ」
「すげえなあ。それほどの年にはみえんが」
エールが二杯運ばれてきた。
「俺もなあ、若いころは、いくつか迷宮を回った。でも、〈ベガー〉を結成してからは、ここ一本だ」
「そうか」
「二度最下層を攻略した。だがもうやる気はねえ」
「一度でも迷宮制覇に変わりはない」
「一度目に攻略したときは、一人仲間が死んだ。二度目には二人死んだ。もう仲間は失いたくねえ」
「そうか」
「迷宮最下層で仲間が死んだことあるか?」
「ああ」
「そうか」
料理が三皿運ばれてきた。
コズウォルは、野菜炒めを指でつまんで食った。
「それでも潜り続けられるのか。しかもいろんな迷宮を次々と」
レカンは、魚の揚げ物をフォークで口に運んだ。
「お前みたいなのが、ほんとの冒険者なのかもしれんなあ」
「冒険者に本物も偽物もない」
「ははははは。そりゃそうか」
「自分が冒険者だといえば、冒険者だ」
「この迷宮も、あっというまに踏破して、次の迷宮に行くんだろうな」
「〈剣の迷宮〉には行ってみたいと思っている」
「おお! あそこはいいぜ。競争厳しいけどな」
コズウォルは、魚の揚げ物を指でつまんでむしって食べた。
「乾杯だ! 冒険者の栄光に!」
「乾杯」
「乾杯!」
コズウォルは自分のテーブルに戻った。
レカンは静かに食べ、かつ飲んだ。
エダとアリオスとヘレスがやって来た。
この日は皆疲れていたのか、早々に宿に引き上げた。
2
翌日の朝、珍しい人物がレカンを訪ねてきた。
「ジェイド。何か用か」
「ああ。レカン。〈ジャイラ〉はこの町に屋敷を持ってるんだが、あんた、いるか?」
「いらん」
「みもせずに即答か。この町にいるあいだだけ使ってもいいんだぞ」
「移るのが面倒だ。夕食はあんたの店で食う」
「こりゃ、光栄だな。わかった。屋敷は売りに出す」
「そうしてくれ」
「しかし、ということはあんた、この町に長くいる気はないな?」
「六の月の二十五日にはこの町を離れる」
「なんだ。あと一旬と少ししかないじゃないか。それじゃあ、とても踏破は無理だな」
「そうだな」
この日、武器屋に行くと、〈ラスクの剣〉の研ぎが仕上がっていたので受け取った。
ヘレスと、迷宮品を売却した。
今回はどういうわけか宝箱がまったく出なかったが、それでも大金貨十四枚近い収入になった。やはり深層の稼ぎは大きい。
翌日、翌々日と休養し、六の月十二日、再び迷宮に入った。