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〈ジェイドの店〉には、今夜も〈ベガー〉が来た。
レカンは一足先に飲み始めていたのだが、そこにコズウォルがやって来た。
「いよう、レカン!」
「やあ」
「はっはっはっはっはっ。迷宮帰りかあ?」
「ああ。昼過ぎに上がった。明日から三日は休養だ」
「俺たちは明日から潜る。少しゆっくりしたから、今度は五日間ほど潜るつもりだ」
「あんたたちは、迷宮宿は使わないのか?」
「ありゃあ、だめだ。あそこに泊まると、緊張感が切れちまう。時間もむだだしなあ」
「同感だ」
「そうか! やっぱりお前、話せるなあ」
「ちょいとおじゃまするよ。あんたがレカンかい?」
「ああ」
「あたしはヌル。〈アズカリス〉の回復師さ。あんた、〈大回復〉が使えるんだって?」
「ああ」
「なにいっ? レカン。お前、剣士じゃないのか」
「剣士だ」
「どうして剣士が〈大回復〉なんぞ使えるんだ」
「知らん」
「あたしもちょっと信じられない気分だけど、ヴェータがわざわざ嘘を言うわけないからねえ。それと、そっちのお嬢ちゃんがエダって人かい?」
「はい」
「かわいいねえ。冒険者どころか、十四歳ぐらいにみえるよ。その顔で、第三十一階層に潜るとはねえ」
「第三十一階層だとうっ? 馬鹿いえ。レカンはついこの前ここに来たばかりだ」
「あんたとはじめて会ったのは五の月の二十四日だったかな。あの日にこの町に来たんだ」
「あの日に〈ジャイラ〉が主を倒して五日間迷宮はお休みだ。てことは、たった十日間で第一階層から第三十一階層まで探索したってのか? んな馬鹿な」
「馬鹿だろうが何だろうが、今日第三十一階層で〈ジャイラ〉と若い子たちのパーティーが蜘蛛野郎になぶり殺されるところを助けたうえに、瀕死状態の八人に、レカンとエダが〈大回復〉をかけて命を救った、てのは事実さ」
「〈大回復〉。このごっつい大男と、このちみっこい小娘が?」
「あんたに大男とは言われたくないだろうさ」
「はっはっはっはっはっ。しかし、一パーティーに〈大回復〉持ちが二人か? なんてうらやましい話だ」
「それでね、レカン。聞いた話じゃ、あんたたち、二人で八人に〈大回復〉をかけたそうだね。しかも、何度かかけた相手もいるっていう。それなのに、青ポーションなんか飲んでなかったっていうじゃないか。どうやって魔力をもたせたんだい?」
「手の内は明かせない、と言いたいところだが、魔石の小さいやつ、持ってるか?」
「え? ああ、これでいいかい」
「結構。みてろ」
レカンの手のひらのうえで、魔石は魔力を吸われ、輝きを失った。
「〈吸収〉か。やっぱりね。そうじゃないかとは思ったんだ。だけど、あんた、身体系の〈回復〉が使えるうえに、特殊系の〈吸収〉が使えるのかい? 剣士のくせに。そりゃ、反則だよ。あれ? 今、準備詠唱と発動呪文がなかったような」
「それは秘密だ」
そう言いながら、レカンは空になった魔石をヌルに返した。
どうも魔石から魔力を吸うのに、準備詠唱と発動呪文がないのは普通でないらしい。ヌルは酔っ払っているからあまり気にしていないようだが、今後は人前で魔石から魔力を吸わないようにしよう、とレカンは思った。
「ごちそうさん」
「そんなつれないこと言うんじゃないよ。教えてくれたら、もっといいもんごちそうしてあげるからさあ」
そう言いながら、ヌルは豊満な胸をレカンの背にぐりぐりと押し付けた。
「おい、ヌル」
「ほっといとくれ」
「そうじゃない。あれ」
入り口の扉を開けて入ってきたのは、〈ジャイラ〉の剣士カガルだ。
カガルは、まっすぐにレカンのところに歩き寄ると、持って来た袋を差し出した。
「今日は世話んなった」
このタイミングでここに来られたということは、店に金でも渡して、レカンが来たら教えてほしいと頼んでいたのだろう。
「ああ」
「ここの神殿で〈大回復〉は金貨五枚だ。〈ジャイラ〉の四人と、〈ペザントオルザム〉の四人にかけてもらったのだから、大金貨四枚を持ってきた。受け取ってくれ」
「確かに」
レカンはそう言うと、中身をみもせずに金袋を外套のポケットに入れた。
「じゃあな」
「ああ」
短くあいさつをして、カガルは〈ジェイドの店〉を出た。
「〈ジャイラ〉は、回復師のドレンが死にかけたとき、神殿にかつぎこんだらしいな」
「ええ。噂じゃ、〈浄化〉をかけてもらったそうねえ」
「なにっ。ここの神殿には〈浄化〉持ちがいるのか?」
「そんなことわかるわけないじゃない。でも最高の治療を頼んだらしいわ」
「高くついたろうなあ」
「そりゃもう。でもドレンは助からなかった」
「カガルもつらいとこだ」
「そうねえ。ところで今気づいたけど、そこに座ってんの、ヘレスちゃんじゃない」
「その節は世話になった」
「ごめんねえ。あたしはあんたを入れてあげたかったんだけどさあ」
「いや。こちらの条件に無理があった。致し方ないことだ」
「そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるわ。で、レカンちゃんを雇ったのね。あなた、どうやってこんないい男みつけたの?」
「雇ってはいない。パーティーに一時加えてもらっているだけだ」
「へえ? でも、最下層目指してるのね?」
「今のところ、レカン殿は最下層を目指していない。だが私は、レカン殿が最下層を目指してくれるわずかな可能性に賭けた」
「そうなの。うまくいくことを祈ってるわ。うふん。レカぁン。ヘレスちゃんに飽きたら、あたしを入れてね。あたしに入れてもいいのよ」
「こら、お前、言ってることがむちゃくちゃだぞ。酔ってるのか?」
「酔ってるわよう。この店に来て酔わなくてどうするのよう」
しばらくして、〈アズカリス〉のリーダーである双剣士のファルカンがやってきて、酒癖の悪い女回復師を引きずっていった。
翌日、レカンはヘレスに連れられていくつかの店を回り、素材を売った。中身付きのまま足を売ったら驚かれたが、いい値段がついた。
全部で金貨百三十二枚の収入があった。一人金貨三十三枚である。
もう魔石分の金額など、あまり問題にならない金額になってきたので、レカンは売り上げを四等分して渡した。
さらにエダには、大金貨四枚の半分を渡した。
エダは有頂天になって、服を買いに行くと宣言した。