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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第17話 ニーナエ迷宮中層
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「〈大回復〉持ちが二人もいるとは。〈ウィラード〉というのは恵まれたパーティーだの」

 〈ジャイラ〉のリーダーである剣士カガルがレカンにそう言った。

 〈大回復〉というのは上級の〈回復〉のことである。

 初級の〈回復〉を〈治癒〉、中級を〈回復〉、上級を〈大回復〉と呼んで、それぞれ別の魔法だとする解釈があると、以前シーラに聞いたことがある。

「カガル。オレたちは、ヴェータの救援依頼を受けて彼女を治療し、さらに彼女の要請とあんたの依頼を受けて、魔獣を倒し、あんたがたを治療した」

「ああ。感謝しとる。本当に世話になった。あれだけひどかった傷を、こんなに奇麗に治してくれたんだからの。神殿でもこうはいかねえ」

「このことに対し、後日正当な報酬が支払われると考えていいな?」

「もちろんだ。あんたたちの宿はどこだ」

「宿には寝に帰るだけなので、〈ジェイドの店〉に来てくれ。町にいるときには、たいていあの店で夕食をとっている」

「わかった。金回りがいいんだのう。無理もねえか」

 この階層に冒険者が多いというのは本当で、〈ジャイラ〉と〈ペザントオルザム〉以外に、八組ものパーティーが探索していた。そのうち二パーティーは近くで戦っていたので、入り口に帰る途中、ここを通りかかり、何があったか訊いてきた。

 嘘を言うわけにもいかず、カガルは何が起きたかあらましを伝えた。

 〈ジャイラ〉が依頼達成に失敗したことは、すぐに噂となるだろう。

「なあ、レカン。頼みがあるのだが」

「一応聞こう」

「こいつら〈ペザントオルザム〉の四人に、この階の〈印〉をつけてやってくれねえだろうか。依頼料は大金貨三枚。わしがあんたに払う」

「断る」

「そう言わず、まず事情を聞いてくれ」

「聞く必要があるのか」

「〈ペザントオルザム〉は、第十九階層に〈印〉を持っとった。わしらは、そこから一気にこの階まで来て、〈印〉を作ろうとしたのだ。事故さえなければ問題なくできたはずなのだ」

「他人の事情に興味はない」

「ポーションも毒も食料も使い果たしてしまってのう、このまま探索を続けるのは無理なのだ」

「あんたたちは、この階に印があるんだろう。〈ペザントオルザム〉を階層の外で待機させ、あんたたちが、あるいはあんたたちの何人かが買い物をして戻ってくればいい」

「レカン。あんたならわかるだろう。わしたちは手痛え敗北をした。今わしらは戦える状態ではねえのだ」

「オレの知ったことではない」

「大金貨を五枚出そう」

「断る」

「だが、あんたたちは、今この階層に来たばかりだ。この階層を踏破するのだろう? そのついでに〈ペザントオルザム〉を連れていってくれればいいのだ。それで大金貨五枚が稼げる。うまい話だと思わねえか」

「オレはうまい話だとは思わん」

「ヘレス。あんたからも口添えしてくれねえか。待てよ。そうか。ヘレスが金を払ってレカンを雇ったのだな。そうだったのか。ならヘレス。あんたに頼む。大金貨五枚だ。四人の冒険者を連れていってくれ。あんたには何の損もねえ」

「カガル。私はレカンに角貨一枚払っていない。私はレカンの依頼人ではない。レカンが自分の意志で迷宮を探索するについて、迷宮の情報を教える代わりに、一時的にパーティーに加えてもらっているんだ。探索においては、レカンがすべてを決める。そういう約束なんだ」

「レカン。頼む」

「断る」

「カガルさん。ぼくたちのために、すいません。ぼくがよけいなことをしなければ、誰も死ななかったし、今回の依頼も問題なく達成していたにちがいないんです」

「トリス」

「こんな問題行動を起こしたぼくたちを、レカンさんが連れていきたくないのは当然です。それに、四人に減ってしまった今のメンバーでは、〈印〉ができても、それを活用することはできないでしょう。これは依頼者側が指示を守らなかったために起きた事故ですから、協会に預けてある依頼料は、あなたがたのものです」

「受け取るわけにはいかねえ」

「しばらく休んで、それからもう一度やり直します。カガルさん。今回はお世話になりました。〈ジャイラ〉に犠牲者が出なかったのが、せめてもの救いです」

「待つのだ、トリス」

「ぼくたちは地上に帰ります。入り口はすぐそこですから、みおくりは結構です。それじゃ」

 〈ペザントオルザム〉の生き残り四人は、逃げ出すように第三十一階層から去った。

 剣士カガルは、恨みがましい視線をレカンに浴びせたが、レカンは気づかないふりをして、その場を立ち去った。エダとアリオスとヘレスがあとに続く。

 カガルは、別れの言葉も口にしなかった。

 グレイブ使いのタクトと、盾持ちのマズーも同様だ。

 魔法使いヴェータは、手を上げてあいさつをした。

 この場を立ち去るのは、せめてもの思いやりだ。レカンたちが立ち去れば、〈ジャイラ〉は八目大蜘蛛の死骸から素材を採取できる。

 レカンにはカガルの気持ちがわかった。

 〈ジャイラ〉には、ニーナエ迷宮を三度も踏破したという実績があり、名声がある。

 ところが今回、いきさつはどうあれ、依頼者のうち二人を死なせ、しかも依頼は失敗した。このままでは名声は地に落ちる。実力の落ちた今だからこそ、その名声は死守しなければならない。

 だから大枚をはたいてレカンに依頼をしようとしたのだ。これでレカンが依頼を受け、〈ペザントオルザム〉がこの階層に〈印〉をつけることができれば、結局、依頼は成功だったことになる。〈ペザントオルザム〉からの謝礼金も受け取ることができる。といっても、差額の大金貨二枚は持ち出しになるが、名声を完全に失うよりはましだ。

 その気持ちはよくわかった。わかったうえで断った。

 カガルはずいぶん食い下がったが、それは〈ペザントオルザム〉のためというより、〈ジャイラ〉のためであり、自分のためだ。

 レカンが依頼を断った理由は、手の内をみられたくないからだ。やむを得ずエダの〈回復〉は許可したが、このうえレカンの能力をみせるつもりなど毛頭ない。

(オレはカガルの事情を理解していた)

(理解したうえで依頼を断った)

(オレが自分たちの事情を理解したことをカガルはわかっている)

(理解しながら断ったことを知っている)

(遺恨を残したな)

 では遺恨を残さないやり方があったのかと自分に問うてみても、答えはすぐには出なかった。

 だからレカンはそのことを考えるのをやめた。

 今考えなければならないことは、ほかにある。

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― 新着の感想 ―
本来は隠すべき回復をくれてやっただけありがたいと思うべきことなんだけどね
あの場において遺恨の残らない展開にもって行くのは無理って感じでしたからね レカンと<ジャイラ>の絶対譲れないとこが相反してましたし
[良い点] ここで断固断れるのがいいですね、決断力を見習いたいです
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