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「〈大回復〉持ちが二人もいるとは。〈ウィラード〉というのは恵まれたパーティーだの」
〈ジャイラ〉のリーダーである剣士カガルがレカンにそう言った。
〈大回復〉というのは上級の〈回復〉のことである。
初級の〈回復〉を〈治癒〉、中級を〈回復〉、上級を〈大回復〉と呼んで、それぞれ別の魔法だとする解釈があると、以前シーラに聞いたことがある。
「カガル。オレたちは、ヴェータの救援依頼を受けて彼女を治療し、さらに彼女の要請とあんたの依頼を受けて、魔獣を倒し、あんたがたを治療した」
「ああ。感謝しとる。本当に世話になった。あれだけひどかった傷を、こんなに奇麗に治してくれたんだからの。神殿でもこうはいかねえ」
「このことに対し、後日正当な報酬が支払われると考えていいな?」
「もちろんだ。あんたたちの宿はどこだ」
「宿には寝に帰るだけなので、〈ジェイドの店〉に来てくれ。町にいるときには、たいていあの店で夕食をとっている」
「わかった。金回りがいいんだのう。無理もねえか」
この階層に冒険者が多いというのは本当で、〈ジャイラ〉と〈ペザントオルザム〉以外に、八組ものパーティーが探索していた。そのうち二パーティーは近くで戦っていたので、入り口に帰る途中、ここを通りかかり、何があったか訊いてきた。
嘘を言うわけにもいかず、カガルは何が起きたかあらましを伝えた。
〈ジャイラ〉が依頼達成に失敗したことは、すぐに噂となるだろう。
「なあ、レカン。頼みがあるのだが」
「一応聞こう」
「こいつら〈ペザントオルザム〉の四人に、この階の〈印〉をつけてやってくれねえだろうか。依頼料は大金貨三枚。わしがあんたに払う」
「断る」
「そう言わず、まず事情を聞いてくれ」
「聞く必要があるのか」
「〈ペザントオルザム〉は、第十九階層に〈印〉を持っとった。わしらは、そこから一気にこの階まで来て、〈印〉を作ろうとしたのだ。事故さえなければ問題なくできたはずなのだ」
「他人の事情に興味はない」
「ポーションも毒も食料も使い果たしてしまってのう、このまま探索を続けるのは無理なのだ」
「あんたたちは、この階に印があるんだろう。〈ペザントオルザム〉を階層の外で待機させ、あんたたちが、あるいはあんたたちの何人かが買い物をして戻ってくればいい」
「レカン。あんたならわかるだろう。わしたちは手痛え敗北をした。今わしらは戦える状態ではねえのだ」
「オレの知ったことではない」
「大金貨を五枚出そう」
「断る」
「だが、あんたたちは、今この階層に来たばかりだ。この階層を踏破するのだろう? そのついでに〈ペザントオルザム〉を連れていってくれればいいのだ。それで大金貨五枚が稼げる。うまい話だと思わねえか」
「オレはうまい話だとは思わん」
「ヘレス。あんたからも口添えしてくれねえか。待てよ。そうか。ヘレスが金を払ってレカンを雇ったのだな。そうだったのか。ならヘレス。あんたに頼む。大金貨五枚だ。四人の冒険者を連れていってくれ。あんたには何の損もねえ」
「カガル。私はレカンに角貨一枚払っていない。私はレカンの依頼人ではない。レカンが自分の意志で迷宮を探索するについて、迷宮の情報を教える代わりに、一時的にパーティーに加えてもらっているんだ。探索においては、レカンがすべてを決める。そういう約束なんだ」
「レカン。頼む」
「断る」
「カガルさん。ぼくたちのために、すいません。ぼくがよけいなことをしなければ、誰も死ななかったし、今回の依頼も問題なく達成していたにちがいないんです」
「トリス」
「こんな問題行動を起こしたぼくたちを、レカンさんが連れていきたくないのは当然です。それに、四人に減ってしまった今のメンバーでは、〈印〉ができても、それを活用することはできないでしょう。これは依頼者側が指示を守らなかったために起きた事故ですから、協会に預けてある依頼料は、あなたがたのものです」
「受け取るわけにはいかねえ」
「しばらく休んで、それからもう一度やり直します。カガルさん。今回はお世話になりました。〈ジャイラ〉に犠牲者が出なかったのが、せめてもの救いです」
「待つのだ、トリス」
「ぼくたちは地上に帰ります。入り口はすぐそこですから、みおくりは結構です。それじゃ」
〈ペザントオルザム〉の生き残り四人は、逃げ出すように第三十一階層から去った。
剣士カガルは、恨みがましい視線をレカンに浴びせたが、レカンは気づかないふりをして、その場を立ち去った。エダとアリオスとヘレスがあとに続く。
カガルは、別れの言葉も口にしなかった。
グレイブ使いのタクトと、盾持ちのマズーも同様だ。
魔法使いヴェータは、手を上げてあいさつをした。
この場を立ち去るのは、せめてもの思いやりだ。レカンたちが立ち去れば、〈ジャイラ〉は八目大蜘蛛の死骸から素材を採取できる。
レカンにはカガルの気持ちがわかった。
〈ジャイラ〉には、ニーナエ迷宮を三度も踏破したという実績があり、名声がある。
ところが今回、いきさつはどうあれ、依頼者のうち二人を死なせ、しかも依頼は失敗した。このままでは名声は地に落ちる。実力の落ちた今だからこそ、その名声は死守しなければならない。
だから大枚をはたいてレカンに依頼をしようとしたのだ。これでレカンが依頼を受け、〈ペザントオルザム〉がこの階層に〈印〉をつけることができれば、結局、依頼は成功だったことになる。〈ペザントオルザム〉からの謝礼金も受け取ることができる。といっても、差額の大金貨二枚は持ち出しになるが、名声を完全に失うよりはましだ。
その気持ちはよくわかった。わかったうえで断った。
カガルはずいぶん食い下がったが、それは〈ペザントオルザム〉のためというより、〈ジャイラ〉のためであり、自分のためだ。
レカンが依頼を断った理由は、手の内をみられたくないからだ。やむを得ずエダの〈回復〉は許可したが、このうえレカンの能力をみせるつもりなど毛頭ない。
(オレはカガルの事情を理解していた)
(理解したうえで依頼を断った)
(オレが自分たちの事情を理解したことをカガルはわかっている)
(理解しながら断ったことを知っている)
(遺恨を残したな)
では遺恨を残さないやり方があったのかと自分に問うてみても、答えはすぐには出なかった。
だからレカンはそのことを考えるのをやめた。
今考えなければならないことは、ほかにある。