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聴覚がない以上、視覚を頼りに行動している可能性が高い。
そう思いながら検証をしてみたところ、やはり侵入者の体の一部、足先などが視界に入った瞬間、降下を開始していることが確認できた。
このあたりの階層の魔獣の特質をみさだめるのは、もうじゅうぶんだとレカンは判断した。
そこからは早かった。
レカンはどんどん先に進みながら、真上に魔獣がいると〈炎槍〉を放つ。
そして〈移動〉で魔石を死骸から引き抜く。
落ちてきた魔石を、エダ、アリオス、ヘレスが順番に受け止める。
そんなやり方でずんずん進んでいった。
第二十二階層。
第二十三階層。
第二十四階層。
そして第二十五階層も、もはや出口に近い。
「とまれ。ここで休憩する。腰をおろしていいぞ」
「いや。なんでこんな危険な地点で休憩するのだ」
「今倒したのは大型個体だ。もう一度湧くのを待って倒し、〈印〉を作る」
「そういうわけか。よっこいしょと。やれやれ。〈悪夢の中層〉といわれているんだがな。レカン殿にかかっては無人の荒野のごとしだな」
「ここらは全然冒険者がいないな」
「中層はうまみがないからな。皆ここはできるだけ早く抜けて、第三十一階層以下で狩りをするのだ。だから、第三十一階層で大型個体を狩る依頼は人気がある」
「依頼だと?」
「魔獣は一階層降りるたびに強くなってゆく。第三十階層をやっとの思いで踏破できたパーティーに、第三十一階層の敵は手ごわすぎる。まして大型個体を二体続けて倒すとなると、至難のわざだ」
「ああ、なるほどな」
「だから冒険者協会に、第三十一階層での〈印〉作りという依頼が上がるのだ。料金は大金貨三枚」
「大金貨三枚! あ〜あ。ちょっと前までは、あたいも大金貨五枚を持ってる大金持ちだったのに」
弓と矢を買い、防具を調えたために、前回の探索で得た金貨五十枚、つまり大金貨五枚分の金のうち、エダの懐に残っているのは金貨十枚をだいぶ下回っているはずだ。
「エダ殿。このパーティーなら、またすぐ大金貨が何枚も得られるはずだ。元気を出せ」
「うん。ありがと、ヘレスさん」
「エダ殿は心が元気だな。それは得難い資質だ。何の話だったかな。ああ、〈印〉作りの依頼の話だったな。依頼者側は第三十階層に〈印〉を持っていることが条件となる」
上層から階層転移してきた場合、階層の入り口側に出現する。逆に下層から転移してきた場合、階層の出口側に出現する。つまり、第三十階層に〈印〉を持ったパーティーが転移してきて第三十一階層を目指すときには、まず第三十階層を通り抜ける必要がある。
大型個体は、あまり入り口側にはいないものだし、この迷宮の第三十一階層の地図をみても、大型個体の湧き場所は出口付近だ。
つまりこの依頼を受けた場合、第三十階層と第三十一階層を踏破して、大型個体二匹を連続して倒す必要があるのだが、それだけの仕事で大金貨三枚はうまい。六人パーティーだとしても、半日仕事で一人金貨五枚が得られるのなら、引き受け手には困らないだろう。
「もちろん、依頼の途中で得た魔石や素材や宝箱は、すべて依頼を受けたパーティーのものだ。依頼した側は、素材剥ぎや荷物運びを手伝うのも条件のうちだ。第三十一階層の素材は高く売れるから、じっくり狩りながら進めば、依頼報酬と同額程度の収入がある」
それでは一日仕事で大金貨一枚だ。文句なくうまい仕事である。
「まあ二日はかかってしまうし、呪いや毒は依頼を受けた側の負担だ。装備も多少は損耗する。それでも利益の高い依頼であることはまちがいない」
「二日?」
「そこが疑問か? レカン殿を基準に考えてもらっては困る」
「〈炎槍〉!」
突然レカンは右手を上げて攻撃魔法を上方に放った。
大型個体が再出現したのだ。
「〈移動〉!」
落ちてきた魔石を右手で受け止め、〈収納〉にしまう。
レカンは無言で歩き始め、三人がそのあとを歩く。
少し歩いた場所でレカンは立ち止まり、腰をおろした。
「ここで食事をとろう」
「こんな場所でだいじょうぶなのか?」
「この上とその周りには蜘蛛がいない。もし湧いたら教える」
「そうか」
レカンは薪と鍋と水と食材を出した。
エダが魔法で着火し、手際よくスープを作る。
一同はくつろいで温かいスープに舌鼓を打った。
「迷宮で、こんな温かい物を食べられるというのは、本当にぜいたくなことだなあ」
「温かい食べ物は体調を調え、元気にしてくれる。戦う力が倍にもなる。オレは迷宮のなかでも、できるだけ温かい食べ物を食うようにしている」
「いや。ほかの迷宮ではそういうこともできるかもしれないが、この迷宮では薪がとれないのだ。レカン殿の〈箱〉は、どうなっているのか本当に不思議だ。もしや、ヤックルベンド・トマト卿の特製か?」
「ヤックルベンド? その名に聞き覚えがあるが、誰だ?」
「もうレカン殿の言葉には驚かないと決めていたのだが、また驚かされたな。ヤックルベンド殿とトマト商会を知らないで、どうやってこの国で生活しているのだ?」
「オレは遠くから来たのでな。この国に入ってからは田舎にいた。町で暮らすようになったのは最近のことだ」
「夜光灯や退魔灯や魔力筆をみたことがあるだろう。気絶棒や長飛弓や破裂矢や貫通槍のことを聞いたことはないか? あれはみんなヤックルベンド殿が開発し、トマト商会が売っているものだ」
「気絶棒はみたことがあるな。そういえば、夜光灯や退魔灯もみたことがあるようだ」
「そうだろう。みたことがないわけがない。さらにいえば、〈真実の鐘〉〈双子の鏡〉〈天界の翼〉〈清浄の網〉〈楽園の聖灯〉〈審判の天秤〉など、国にとってなくてはならない重要な魔道具のかずかずも、ヤックルベンド殿の手によるものなのだ」
「ヘレスさん」
「何であろう」
「〈真実の鐘〉は神殿の聖具で、あまり軽々しく口にするものではありません。また、〈双子の鏡〉〈天界の翼〉〈清浄の網〉は王宮が秘匿している軍事機密で、高位貴族しかそれが何であるかを知りません。〈楽園の聖灯〉は王国騎士団が、〈審判の天秤〉は王国魔法士団が独占していて、その情報は公開されていません。〈ヤックルベンドの気絶棒〉は王都警備隊と王国騎士団しか持てない決まりです」
「あ」
「それに、トマト商会の製品になじみがあるのは貴族か大商人です。庶民には縁がありません。レカンさん、エダさん。今の話は忘れてください」
「わかった」
「うん! 忘れるのは得意だよ」
「それから誤解がないように言っておきますが、ヤックルベンドという名前は代々引き継がれているもので、今のヤックルベンド殿が魔道具を一人で開発したわけではありません」
「そうなのか?」
「ヘレスさん。〈双子の鏡〉がいつからあると思っているんですか? あれはこの国の建国直後からあるんですよ。あれがなければ、この国の南半分はドレスタ王国のものになっていたかもしれません」
「知らなかった。アリオス殿は、そうした知識をどこで得たのだ?」
「流派の秘密です」
「いや、それは嘘だろう」




