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「では、出現する魔獣について説明する。第二十一階層から第三十階層までは、この迷宮では中層と呼ばれている。出現するのは斑蜘蛛の巨大種だ。大きさは私の腰ぐらいかな。ここに踏み込んでいくには、第二十階層までのことは忘れなくてはならない」
「忘れる? どういう意味だ」
「第十一階層から第二十階層までは、くぼみがあって、八目大蜘蛛の劣等種が出た。どうしてもその続きの階層だと考えてしまう。だが、それでは全滅するほかない」
「なぜだ」
「まず、地形がちがう。第二十一階層ではくぼみはなく、蜘蛛は下方にいない。上方にいる。天井から岩のひだが垂れ下がっていて、そのひだに隠れて蜘蛛は降下してくるのだ」
「ほう」
「降下途中でしとめられれば一番いいが、どこから降りてくるかわからないから、それはむずかしい。敵は接地すると突然動きだすが、その速度は異常に速い。ここまでの敵に比べ小さいうえ、移動も攻撃も比べものにならないほど速いから、ここで全滅してしまうパーティーは多いのだ」
「敵は一匹か?」
「そうとはかぎらない。真下の位置にこちらがある程度近づくと、敵は降下してくる。近くに二匹、三匹いると、それも降下してくる」
「なるほど」
「さらに、敵から逃げようとしたり、攻撃するために回り込もうとして、別の敵の真下近くを通ってしまえば、その敵も降下してくる」
「では、一度に多くの敵を倒すこともできるわけだな」
「貴殿の思考回路が少し心配になってきた。あ、言い忘れたが、地面のみはらしはよくない。いたるところに岩の壁が突き出している。思うように進むことはできないのだ」
「敵の攻撃手段は?」
「足の爪による攻撃。爪の鋭さと硬さは、ここまでの蜘蛛と比較にならない。〈睡眠〉も放ってくる。射程はおよそ二十歩ぐらいだと思う。第十階層までの〈睡眠〉と比べ、はるかに即効性が高く、強い。少々の〈睡眠〉耐性では防げない」
「一覧表には、〈火炎〉という特性が書いてあるが」
「これから言おうと思っていた。口から小さなどろどろの岩の塊のようなものをはき出すのだが、それが燃え上がって襲いかかってくる。射程は、そうだな」
ヘレスが記憶を確認するのを、みんな静かに待っている。
「十歩少々というところだろう。首の角度がかなり自由に変えられるし、首を動かす速度も速いので、注意しているつもりでも体にあたってしまうことがある」
「当たると即死か?」
「即死はしないが、どろどろした炎が服や鎧にまとわりついてくるので、すぐに大やけどをしてしまう。下は岩のように硬い地面なので、土や砂をこすりつけることもできない」
「厄介だな」
「だからここから第二十五階層までは、耐火装備をぜひ用意する必要があるのだが」
ヘレスは、困ったような目でレカンをみた。
「オレの外套は耐火性能が高い。エダのその服は、どうなんだ」
「ヘレスさんから聞いていましたので、耐火性にすぐれた網鎧をあつらえました。溶解液や毒液にも高い耐性があります」
エダの新しい装備は、肌をぴたりと包む茶色の網鎧だ。頭にはふわふわした帽子のようなものをかぶっているが、これは引き下ろすと目以外を防護するようにできている。新しい茶色のブーツも、いかにもしなやかでじょうぶそうだ。
「あとはもちろん、かみつきだ。顎は小さいが、とにかく素早いのでたちが悪い」
「糸は?」
「ここの蜘蛛は、高い天井から自分を降ろすのに糸を消費してしまうからか、尻からははかないようだ」
「探知方法は?」
「は?」
「ここの魔獣はどういう方法で侵入者を探知するのかと聞いている」
「いや、それは。それは、目と耳と勘だろう」
「確認したのか?」
「特別に確認はしていないが、まちがいなく侵入者を察知しているし、こちらの動きを捉えている」
「わかった。では、行こう」
一行は、第二十一階層に足を踏み入れた。
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第二十一階層は、硬いごつごつした岩肌のような地面から、縦横無尽に岩の壁が突き出ている構造をしている。壁の高さは短いものでも一歩、長いものは三歩ほどもあり、レカンの視界もふさいでしまう。
圧巻なのは天井だ。どれほど高いか見当もつかない。しかも岩のカーテンがあちこちに降りており、上方はまったくみえない。岩のカーテンは、低い所では地上四、五歩のところまで降りてきているから、魔獣が降りてきたらすぐ目の前ということもあり得るだろう。
「今、この階層内に、冒険者のパーティーが二ついる」
「なにっ?」
「一つは左奥。出口付近だ。もう一つは右の壁際だ。魔獣三匹に取り囲まれて戦闘している」
「レカン殿。それは、本当か?」
「オレにはそういう能力がある。天井にはたくさんの魔獣がいるな。近くでは、そこと、そこと、そこの上にいる。どれ。どのくらい近づいたら降りてくるのか確かめてみよう。ああ、そうだ。ヘレス」
「何だ」
「急所は同じか?」
「そうだ。頭をつぶすか、心臓を狙うか、どちらかだ」
「わかった」
レカンは、〈収納〉から〈アゴストの剣〉を引き出し、鞘から抜くと、鞘は〈収納〉に戻した。
「本当に大きな剣だな。それを片手で軽々持てるのが信じられぬ」
ヘレスのつぶやきに返事もせず、レカンは一歩ずつ大股に、しかしゆっくり歩を進めた。
「降りて来たな。皆はその位置で待機」
そういうと、つかつかと前方に進んで、ある場所で止まった。
すぐに音もなく岩のカーテンのひだの陰から巨大な斑蜘蛛が突然姿を現したが、それはレカンにとっては予測ずみのことであり、あっさりと首を落とした。
「ふむ。みんな、ここまで来い。ヘレス」
「何だ」
「この魔獣のはぎ取り部位は?」
「ない」
「なに?」
「斑蜘蛛で高く売れるのは糸だ。だが空でも飛べないかぎり、この垂れ下がる糸は採取できない。あとは目、かな。腹の皮も売れるが、場所を取るわりには安いので、あまり取る者はいない」
「では、ここからしばらくの階層は、魔石と宝箱狙いだな」
「そういうことだ」
レカンは、そのあと、二匹ばかり殺した。
(ふむ)
(こいつが敵を感知するのは)
(真下から五歩以内に入ったときぐらいだな)
(ほぼ真下に近い位置にくるまでは反応しないようだ)
「レカン殿。ここの天井はひどく高くて薄暗いので、真下を通っても上に蜘蛛がいたことはみすごしてしまうことがある。気づかないうちに何匹もの蜘蛛を引き寄せてしまえば全滅だ。だからこの階層は、みな慎重にゆっくり進むのだ」
「ふむ。確かに地上に下りるまでは攻撃はしてこないようだな。よし。次は地上に降ろしてみよう。皆、その位置から動くな」
レカンが二十歩ほど進んで立ち止まると、そのすぐ前に魔獣が降りてきた。そして地上に着くと急に襲いかかってきた。レカンは真正面から魔獣の頭をたたき斬った。
「エダ」
「はいっ」
「今度オレが立ち止まった場所の五歩前に魔獣が降りてくる。弓で心臓を狙ってみろ」
「わかった」
レカンが前に進み出て止まると、しばらくして魔獣が降りて来た。エダは新調の弓で奇麗にその心臓を撃ち抜いた。
「うまいな。魔弓と比べると引き心地もちがうだろうし、矢が沈むだろうに」
「そうかな? よくわかんない。とても使いやすいよ、レカンが選んでくれたこの弓」
魔弓と普通の弓は狙いの付け方がまったくちがうのだが、エダは無意識のうちに、その差を調整しているようだ。
「その矢はまだ使えるかもしれん。抜いて拭いておけ」
「うんっ」
「ヘレス。アリオス。ついて来い。エダもあとから来い」
ヘレスとアリオスはレカンについて歩く。
「よし。ここに蜘蛛が降りる。ヘレス、倒せ」
「あ? ああ」
「アリオスは次だ」
「はい」
「よし。ここに蜘蛛が降りる」
「わかりました」
そうしているうちにエダが追いついてきた。
後ろではヘレスが蜘蛛の首を刎ねている。
「ここだ、エダ」
「はいっ」
ヘレスはまだ魔石を取り出せていない。
アリオスが蜘蛛の心臓を突いて殺した。この蜘蛛は敵に背中をみせて降りてくるので、急所である心臓を、一瞬ではあるがこちらにさらけ出す格好になる。降りてくる地点さえわかっていれば、そして一匹ずつであれば、ヘレスやアリオスのクラスの剣士にはたやすい相手だ。
レカンが次の地点に立って蜘蛛が下りてくるのを待っていると、エダが放った矢が刺さったのに、蜘蛛が地上に降りて動こうとしているのを、〈立体知覚〉で捉えた。エダは急所をはずしたようだ。
「〈炎槍〉!」
レカンは降りてくる蜘蛛の頭を魔法で吹き飛ばすと、くるりと振り返ってエダに命じた。
「横にかわせ!」
エダが横に飛んだ瞬間、エダが殺し損ねた蜘蛛は今までエダがいた場所に飛びついた。向きを変えようとする蜘蛛の心臓ごと、レカンは腹をたたき斬った。
(今オレの大声に蜘蛛はまったく反応しなかった)
(もしかすると)
ヘレスとアリオスがやって来た。
「だいじょうぶですか」
「傷はないか」
「えへへ。失敗しちゃった」
「構わん。時にははずれるものだ。それより実験したいことができた。アリオス」
「はい」
「次に降りてきた蜘蛛の正面にオレが立って、注意を引きつける。お前は蜘蛛の後ろ側で物音を立てて蜘蛛の注意をひいてみろ。攻撃はするな」
「はい? わかりました」
次に降りてきた蜘蛛をレカンは殺さずにあしらった。炎の塊を吹き付けてきたが、剣の横腹ではじいた。
アリオスは盛んに後ろで騒ぎ立てたが、蜘蛛はまったく後ろに注意をはらわなかった。
実験はじゅうぶんだとみて、レカンは蜘蛛の心臓をたたき斬った。この剣の長さがあれば、正面から心臓を直接攻撃できるのだ。
「みんな聞け。今の実験ではっきりした。この蜘蛛には聴覚がない」
「ちょーかく?」
「耳が聞こえないということだ」
「えっ? でもさっきヘレスさんが」
「エダ」
「はい」
「迷宮探索をするとき、情報収集は大事だ。金を払っても得る価値がある」
「うん」
「だが、信じるな」
「えっ?」
「悪気はなくても間違いは起こる。伝えたつもりが言葉足らずになることもある。勘違いや思い込みを正しいと信じているやつもいる。他人にとっては安全でもオレにとっては危険かもしれん。情報の意味を判断するのは自分自身だ」
「でも、人の言葉を疑ってかかるなんて」
「まちがった情報のためにこちらが死んでも、相手はつぐなってはくれないし、つぐなってもらっても何にもならない。自分の身は自分で守るしかないんだ。だから、人の言葉は参考にしろ。それは大事だ。ただし、うのみにするな」
「うのみにしない」
「そうだ。情報はしょせん情報にすぎん。本当かどうか検証しながら探索するんだ」
「はい。わかりました」
「レカン殿。すまん。そういえば、あるパーティーは、盾使いが注意を引きつけて、後ろから槍でとどめをさしたりしていた。あれはそういうことだったんだな」
「いや。あんたの情報は参考になってる。気にするな。さて、さっさと次の階層に行くぞ」




