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3
「剣をみせてくれ」
「そこに何本か出てるだろうが」
「もっといい剣だ」
「うちには恩寵品の剣はねえよ」
「恩寵品の剣はいらん。ちゃんとした鍛冶師が鍛えた、ちゃんとした剣が欲しい」
痩せて目ばかりをぎょろぎょろさせている店主は、うさんくさそうにレカンをみあげ、口をねじまげた。白い口ひげが鼻の近くまで持ち上げられる。怒ったのか笑ったのか、判別しがたい。
「ちょっと待ってろ」
しばらくして持ってきた剣は、無地ながらしっかりした造りの鞘に入っていて、静かな存在感を放っていた。
剣を抜いた。
いい剣だ。
〈鑑定〉はしなかった。
玄人の前で素人が〈鑑定〉をかけるのは、失礼でもありむだでもある。
この剣について知りたければ、目の前の店主に尋ねればいいのだ。
「ふむ。いい剣だ」
だが、物足りない。
切れ味でも頑丈さでも、そしてたぶん使いやすさでも、この剣は〈ラスクの剣〉に一歩も二歩も及ばない。
レカンはみせられた剣を鞘にしまってカウンターに返すと、鞘ごと〈ラスクの剣〉を抜いてカウンターに置いた。
「この剣と同じ程度の剣が欲しい」
店主は〈ラスクの剣〉を抜いた。そして目を大きくみひらいた。
「こ、こりゃあ。こりゃあ、〈ラスクの剣〉じゃねえか」
「ほう。〈鑑定〉もせずにわかるのか」
「この筋の通りぐあいと、身の色、それに鞘の造りをみりゃあ、一目瞭然よ。いやあ、この年になって、また〈ラスクの剣〉を拝めるたあなあ……」
ずいぶん長いあいだ店主は〈ラスクの剣〉を抜いてながめていたが、やがて鞘にしまった。
「ずいぶん乱暴に使ってるようだな」
「む」
レカンとしては丁寧に使っているつもりだ。しかし考えてみると、レカンの戦い自体が無理な戦いばかりなのだから、丁寧に使っているといっても、やはり無理をさせているかもしれない。
「この剣はわしに預からせてくれ。研ぎ直して、柄の所も締め直しておく」
「うむ」
店主は目を細め、ひどく厳しい目でレカンをにらみつけていたが、やがてこう言った。
「旦那。奥に来てくれ」
店主について店の奥に入ると、裏口から出て倉庫のような建物に連れていかれた。
「こいつだ。この剣をみてみちゃあくれねえか」
そこにその剣はあった。
4
大きな剣だ。
重そうな剣だ。
飾り気のない剣だ。
だが、美しい。
騎士の剣は柄の部分も高価な金属で作られており、複雑な文様が刻み込まれている。それは滑り止めのためもあるが、剣の持ち手にふさわしい高貴さを演出するものでもある。
この剣には、そんなこれみよがしの装飾はない。
柄本来の材質がわからないほどに、ぐるぐると繊維質の何かで柄がおおわれている。
迷宮の蜘蛛の糸をより合わせ、それをさらにより合わせた紐を、ぐるぐると巻き付けてあるのだろうか。染めているのか、深い藍色の紐だ。
その無骨で力強い巻き付けが、レカンの心をときめかせた。
これだけ巨大な剣だと、へなへなとした革の鞘が申しわけのように剣の身をおおっているものだが、この鞘はしっかりした質感がある。おそらく、革だけでなく、何かなかに芯が入っている。
そっとレカンは剣の鞘にさわった。
その手つきは、小さなこどもにさわるときより繊細だ。
剣の柄は、こころよくレカンの手を受け入れてくれた。
レカンは次第に力を込め、最後にぐっと力を入れて剣を持ち上げた。
ああ。
なんという握り具合のよさか。
藍色の紐は、確かな硬さと不思議な柔軟さをもって、レカンの手になじんだ。
これなら、血まみれの手でつかんでも、滑ったりずり落ちたりすることはないだろう。地獄の底までレカンについてきてくれるだろう。
左手で鞘を押さえ、その長大な剣を引き抜いた。
美しく凶悪な剣身が現れてゆくのを、レカンは陶酔に似た気持ちでみまもっている。
切っ先が鞘から離れ、剣の全身があらわになったとき、レカンは思わずうめき声をあげた。
「ううむ」
剣には相矛盾する命題がある。
切れ味と頑丈さである。
鋭い剣は折れやすく、折れない剣は斬りにくい。
また、レカンにとって剣は単なる刃物ではなく、盾であり、ハンマーであり、槍でもある。刃筋にそってふるうだけでなく、ありとあらゆる角度でレカンは剣を敵にたたきつける。それに耐えられるのが、レカンにとっての名剣なのだ。
この剣はどうか。
この剣は、あらゆる方向に頑丈であるようにみえる。
それでいて、おそるべき切れ味を持っているようにみえる。
いや、その切れ味は、それとわかるように浮かび上がってはいない。
しかしこの剣を、しかるべき力と速度でふるうならば、たとえるものもない切れ味をみせるだろう。その場面が、レカンの目にははっきりみえた。
鞘に目を転じた。
はじめは漆黒の鞘だと思ったそれは、わずかに青みがかっている。そして単色だと思った鞘の表面には、同じ色の強靱な糸が浮かんでは沈み、沈んでは浮かんで、ひそかに、しかし確かな機能美をかもしだしている。それは貞淑な妻が褥でみせる姿態のように、レカンの心を捉えて放さない。
レカンは鞘を左手に、剣を右手に持ったまま、倉庫の外に出た。
倉庫と店とのあいだには、わずかばかりの空間がある。だが、そのわずかばかりの空間こそ、今まさにレカンが欲しているものである。
高々と、剣は持ち上げられた。
いつ剣を振り上げたか、レカンの記憶にはない。
剣が自分で、天を目指して伸び上がったかのようだった。
レカンは剣をにぎる右手に意志を込めた。
(剣よ)
(わが命ずるところに従い)
(すべてを斬り裂け!)
ぶん!と大気を斬り裂いて、その大剣は振りおろされ、何を斬ることもなく中空で停止した。
いや、そうではない。
今この瞬間に、剣の軌道の上に何かがあれば、それが何であっても真っ二つに斬り裂かれていた。
レカンは世界のあらゆるものを斬り裂く気迫で剣を振り降ろしたのであり、剣がレカンの命令に忠実に従ったのである以上、世界はすでに斬り裂かれたのだ。
「驚えたなあ。まさか、その剣を片手で使いこなすお人がいるたあなあ」
店主の言葉で、レカンは現実世界に引き戻された。
「この剣は?」
「〈アゴストの剣〉」
「〈アゴストの剣〉、か」
「アゴストは、ラスクのせがれよ」
「なにっ」
「才能のある鍛冶師だったんだろうけどなあ。おやじのラスクより先におっ死んじまった」
「そう、なのか」
「だからアゴストの作った剣は、ほとんど残っちゃいねえ」
「この剣は、何かの注文を受けて作ったのだろうか」
「それがわからねえ。そんな特殊な剣を打つにゃあ、注文でもあったと思うのが自然だが、アゴストが死んだあと、誰も受け取りにゃ来なかった。それでラスクも死んだあと、残されたアゴストのかみさんがよう、食ってくためにそれを売りに出した」
「それを店主が買ったわけか」
「そうよ。売れるとは思ってなかったけどなあ。まあ、若気の至りってやつよ。この町に持って帰るだけで大変だったぜ」
「いくらだ」
「えっ?」
「この剣の値段は、いくらだ」
「金貨十五枚、と言いてえところだが、原価ぎりぎりで金貨十二枚。悪りいが、売るとしたらそれ以下にはできねえ。そんなことをしたら、アゴストに申しわけねえや」
「そうか」
レカンは、〈アゴストの剣〉を鞘に収めて地に寝かせ、整理したばかりの金貨をつかみだして、一枚ずつ左手に乗せた。ちょうど十五枚を数えると、それを店主に差し出した。
「い、いいのかい、旦那」
「この剣には、金貨十五枚の価値がある」
レカンは迷宮に潜ることを店主に伝え、〈ラスクの剣〉を託して店を去った。