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レカンには、ずっと気にかかっていることがあった。
シーラの言葉である。
エダを連れてニーナエ迷宮に潜るなら、せいぜい第二十階層までだとシーラは言った。それがずっと心に引っかかっていたのだ。
シーラがそういう以上、第二十一階層からは危険なのだと思っていた。その階層に行くまでにじゅうぶん危険に対処できる訓練を積めるのでなければ、潜ってはいけないのだと思っていた。場合によってはレカンが先にようすをみてから、エダが降りていいかどうか判断するつもりだった。
だがあのシーラの言葉は、エダに装備を買えるだけ稼がせてやるという話と、エダに迷宮を教えるという話の流れで出たものであって、エダに本格的に迷宮攻略をさせるという文脈から出た言葉ではなかった。
それからまたシーラは、レカンであっても、一人ではニーナエ迷宮は踏破できないと言った。
それは裏返せば、一人でなければ攻略できるという意味ではないのか。
つまりレカンとエダが二人で取り組むならできるという意味ではなかったか。
もちろんその場合、エダは回復役として力を発揮する。それがエダを最大限に活かす役割なのだから。ただしその場合、その探索はエダに迷宮を教えるというようなものではなく、レカンもエダも命懸けで戦うことになる。
今回レカンは、エダには〈回復〉を使わせないつもりだった。普通の冒険者としての力をつけさせてやるつもりだった。半年後、レカンと別れたあとも一人で生きてゆけるように。
だが今はレカンといるのだ。レカンと一緒に迷宮に潜るとき、エダが果たすべき役割は何かといえば、やはりまず回復役だ。そして案外エダは、冒険者としての基礎能力を身につけている。これ以上の何かを教えようとするなら、エダに正真正銘の全力を出させなければならない。それで死ぬようなら、この先も生きてはゆけないのだ。
レカンは、心を決めた。
「みんな、聞いてくれ」
全員がしんと静まり、レカンに注目した。
「まずエダに言っておく」
「はい」
「今から〈回復〉を解禁する」
「えっ」
「〈回復〉だと? エダ殿は〈回復〉が使えるのか?」
「〈回復〉だけではない。お前のあらゆる能力を自由に使え。その場に必要だと思うことを何でもしろ。このパーティーの迷宮攻略に、お前の最大限の貢献をしろ」
「は、はいっ」
「それからアリオスとヘレスに言っておく」
「はい」
「うむ」
「ここまで手持ち無沙汰だったろうが、もう少しだけ付き合ってもらう」
「何でも付き合いますよ」
「何をすればよいのだ」
「まず第二十一階層以下に潜る準備として、第二十階層までを攻略する。大型種を倒して〈印〉を作ろう」
「いや、レカン殿。お言葉だが、第二十階層で〈印〉を作るのは無理だ。このメンバーならできるかもしれないが、手間がかかりすぎるし、たぶん犠牲も出る」
「無理そうならやめるが、とにかくやってみる。そして〈印〉を作ったあと、第十五階層に戻る。そこで金を稼ぐ」
「乱獲ですね」
「またあれか」
「そうだ。ただし今度は腰を据えて徹底的に宝箱を狙う」
「ほう。面白そうですね」
「そんなに狙って出るものではないが」
「これも、無理そうならそのとき考える。とりあえずはオレの方針に従ってくれ」
「わかりました」
「心得た」
「うん! あたい、頑張る」
「よし。では、行くぞ」
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レカンは自身の能力を惜しみなくふるった。
すなわち、驚異の猛進撃が始まった。
第十八階層の八目大蜘蛛の特性は、〈隠形〉である。これは人間の魔法にある精神系の〈透明〉のように対象の精神に働きかけて姿を消すのではなく、いわば保護色である。周囲に溶け込んでしまうのだ。
完全に姿が消えるわけではなく、よくみればうっすらと存在が確認できるのだが、常時発動であるので、いつもほとんどみえない状態である。その状態で素早く動くのだから、始末が悪い。普通の冒険者では、攻撃を当てることもできぬまま、かわしようのない攻撃にさらされるほかない。
だがレカンには、〈立体知覚〉がある。敵がどこにいるか、手に取るようにわかるのだ。
「〈炎槍〉!」
「なにっ」
ヘレスは仰天した。
アリオスは、ゴンクール家で、レカンが行った破壊行為の跡をみていたのか、この強力な攻撃魔法を使っても、まったく驚かなかった。
「〈移動〉」
たちまちレカンのもとに魔石が飛んできた。
レカンは大股で歩きながら、三か所のくぼみで魔獣を倒し、魔石を得、下層に降りた。
第十九階層の蜘蛛の特性は、〈硬質〉である。刃物が通らないほど外皮が硬い。普通は柔らかい腹の部分は異様に弾力性があり、これまた刃物を受け付けない。
「〈炎槍〉!」
だが、レカンには関係なかった。文字通り行きがけの駄賃のように魔石を得ながら、ずんずん進んでいった。
第二十階層の蜘蛛の特性は、〈転移〉である。人間が接近しているのに気づくと、次々と〈転移〉を繰り返して攻撃してくる。これに対抗できる冒険者は、ほとんどいない。
レカンは、ぶわりと飛んで、くぼみの中央近くに飛び降りた。あえて〈転移〉を使わせるためだ。
蜘蛛が〈転移〉した。
レカンはくるりと振り返り、そこに蜘蛛が出現した瞬間、その頭をたたき斬った。
空間魔法がいくつか使えるレカンは、出現する直前、空間の揺らぎを感じたのだ。
そうでなくても、〈立体知覚〉と獣のような反射神経を持つレカンにとって、造作もないことだった。
大型個体は剣で闘うのは面倒だったので、くぼみの上から〈炎槍〉で頭を吹き飛ばした。
「よし。〈印〉はできたな。では、第十五階層に戻るぞ」
「あ、ああ。しかし、しかし、なんという」
「やれって言ったの私ですが、これ、私たちがいる必要ないのでは」
「やっぱりレカンはすごい」
「下の階層に行けば、全員の力が必要になる。今はその準備の時だ」
それから全員で第十五階層に移動し、まず食事をした。
ヘレスとアリオスは驚愕した。
レカンがたき火を始めたからである。
なんとレカンは、町で大量の薪を買い込み、〈収納〉に入れてきたのだ。
「レカン殿の〈箱〉は、いったいどうなっているんだ」
「それは訊くなと言った」
レカンは肉を焼いて食った。
ぱちばちと薪がはじける音が心地よい。
やはり野営はこうでなくてはならない。
「レカンて、ほんと自由に生きてるよね」
「冒険者というのは自由なものだ」
「レカンは特殊だと思う」
皆はぐっすり寝て、起きた。
そして狩りが始まった。
いや、それは狩りとは呼べない。
収穫作業とでも呼ぶべきだろう。
それぞれのくぼみには、五体ずつ八目大蜘蛛の劣等種がいる。そのくぼみの上を歩きながらレカンは五本ずつ〈火矢〉を放つ。〈火矢〉は蜘蛛の心臓を貫いて殺す。すぐに〈移動〉を五回唱えて魔石を回収する。魔石を抜かれた死体は灰となり、その時点から一定時間ののち次の魔獣が出現する。
レカンは回収した魔石から魔力を吸いつつ、この作業を繰り返していった。
エダは〈イシアの弓〉で同じことをする。魔力が尽きると最初の二回は中青ポーションを飲み、それ以降はごろんと横になって魔力を回復する。
アリオスとヘレスはエダが倒した魔獣から魔石を回収する役だ。早く魔石を回収するほど、次の個体の出現が早くなる。
もはやヘレスは鎧を着けていない。そんなものは着ける必要がないのだ。
エダが横になって休憩しているときには、二人で魔獣を倒している。アリオスは一人で五体の魔獣を相手にできる剣技の持ち主で、敵を屠るその鮮やかな手並みは、ヘレスも感嘆するしかない。
レカンが号令をかけると、休憩、食事、睡眠の時間となる。
こうして五日間、四人は第十五階層にこもって、ひたすら宝箱の獲得を目指した。
その結果、次のようなものが得られた。
弓、十五張り。
矢、十二本。
盾、八枚。
短剣、六本。
腕輪、三個。
長剣、二本。
そのほかポーション計二十二個。
いずれも恩寵のついた品だ。
弓のなかには、エダに装備させたいものはなかった。今欲しいのは特殊な効果がついた弓ではない、使い手の成長に伴い確実に威力をましてゆく普通の弓なのだ。
矢のなかには、〈必中〉や〈爆発〉など、有用な恩寵がついたものがあり、五本をエダに与えた。
短剣のうち、はぎ取りにぴったりのものがあったので、エダに与えた。
腕輪のなかに〈呪い抵抗〉の恩寵がついたものがあったので、エダに与えた。
ポーションは四人で分配した。青のポーションはエダに、赤や黄色や緑ポーションはアリオスとヘレスというように、内容によって配分した。
魔石はレカンがもらった。青紫と赤紫のポーションも一個ずつ出たが、これはレカンがもらった。
町に帰って恩寵品を売り払ったところ、金貨百八十枚を少し超えた。つまり白金貨一枚と大金貨八枚分の収入だ。
これをたった五日間で、高価な消耗品や呪い付与も消費せず、武器や防具の損耗もなく稼いでのけたのだから、まさに荒稼ぎといってよい。エダもアリオスもヘレスも倒れる寸前だったが。エダも最後のほうでは、かなり的を外していた。
エダ、アリオス、ヘレスには、金貨を五十枚ずつ渡し、三十枚と端数を自分に残した。レカンは魔石を独り占めにしたから、その案配をしたのである。
二日間は休養日とした。
休みが終われば、迷宮中層への挑戦が始まる。
「第16話 ニーナエ迷宮上層」完/次回「第17話 ニーナエ迷宮中層」