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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第16話 ニーナエ迷宮上層
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 一日休みをとって、再び迷宮に向かった。

 前回の稼ぎは一人あたり、金貨四枚に届かなかった。

 レカンはあまりいい稼ぎだと思わなかったが、ヘレスにいわせれば、第十一階層から第十五階層あたりの一日の稼ぎとしては、破格の金額だという。

「レカン。ほんとに五日も潜るの?」

「五日ぐらいになるかもしれん。そのつもりはしておけということだ」

「でも、ここの迷宮は、毎日地上に出る人も多いんでしょう? たくさん潜ると食事なんかもたくさんいるし、素材を入れる袋も大きいのがいるし」

「エダ」

「なに?」

「ほかの冒険者が何をやっているかは、よくみておいたほうがいい。そこから学べることがある」

「うん」

「だが、まねはするな」

「え?」

 エダは歩きながら考えていたが、ふに落ちていないようすだったので、アリオスが補足した。

「エダさん。ほかのパーティーとこのパーティーは、同じじゃないでしょ」

「うん。いろいろちがうと思う」

「だから、ほかのパーティーにはうまくいくやり方が、このパーティーではうまくいかないかもしれない」

「うん。そういうことはあるだろうね」

「もっと私たちに合うやり方があるかもしれない」

「あるかもしれないね」

「そして、ここで通用しても、よそでは通用しないかもしれない」

「よそに行ったらよそのパーティーのまねをすればいいんじゃないかなあ」

「毎日地上に帰るやり方をしてた人が、急に一週間も続けて潜れると思いますか?」

「あ。そりゃ、できないよね」

「そうでしょ。そうすると結局、まねできるところはまねするけど、まねできないところはまねしないことになる」

「そうだね」

「人と同じことをしても、同じ深さまでしか潜れない。まして、完全にまねできないとなったら、人より浅い階層までしか潜れません。人より深い階層に潜ったり、人より強くなることなんか、絶対にできません」

「うーん。そうなるね」

「それに、まねしてるつもりでも、まねできてないかもしれませんよ」

「どういうこと?」

「スープを作るのに、水と肉を入れるのはみててわかったからまねしたけど、塩を入れてるのはわからなかったからまねしないとしたら、どんな味になります?」

「うええ。ひどい味だろうね」

「形のまねだけをしても何にもならないんですよ。自分が何をやってるのかわかってやらないと。レカンさんのいう、まねをするなというのは、そういうことなんじゃないでしょうか」

「うん! わかった。ありがとう」

「どういたしまして」

 話しているうちに十五階層を通り抜け、階段をおりて、十六階層の入り口に着いた。

「さて、第十六階層の魔獣は、どういう魔獣なんだ?」

「ここから五つの階層では、八目大蜘蛛の劣等種の変異種が出る。第十六階層の変異種は〈巨大〉という特質を持っている」

「ほう?」

「体高は、第十五階層の蜘蛛の倍ほどある」

「えええっ? そんなに大きいの?」

「動きは少しにぶいかもしれない。だが、大きいというのは、それだけで脅威だ」

 実際にみてみると、なるほど大きい。だがレカンは、その魔獣からさほどの威圧を感じなかった。

「エダ、矢を射てみろ」

「うん」

 エダが放った矢は、魔獣の心臓あたりに突き刺さった。だが魔獣は死ななかった。怒って激しく体を揺さぶっている。

「ふむ。〈火矢〉!」

 レカンの放った魔法が心臓あたりに突き刺さると、魔獣は動きをとめた。

「死んだ、のか? まさか」

「いや、死んだようですよ」

「さすがレカン」

「〈移動〉!」

 魔石が飛んできた。

「戦ってみてもいいが、あまり楽しそうな相手でもないな。エダ」

「うん」

「もしこいつと戦うとしたら、お前は前線には出てはいかん」

「前線って?」

「前、ということだ。前線に出ないということは、後ろに下がっていろということだ。お前ができるのは、後ろから〈イシアの弓〉を使って魔獣の気を引くぐらいだな。ショートソードでは、あれの攻撃は防げないだろう」

「うん」

「この魔獣は、剣と弓で戦う相手じゃない。盾と槍、あるいは引きつけ役と魔法使いで倒す魔獣だ。そういう仲間がいないのなら、戦ってはいけない。ただし、矢に呪いか毒をつけて倒すという選択肢はあるが、〈イシアの弓〉では無理だな」

「わかったよ、レカン」

「次の階層に進もう」

 レカンが〈収納〉のなかに持っている、ある弓と矢なら、エダはこの魔獣を倒すことができる。しかしそれを与えるつもりは、レカンにはなかった。

 そうして進み始めたレカンだが、次のくぼみの横で止まった。

「待て」

「えっ?」

「エダ。お前、〈睡眠〉を飛ばせるようになったんだな」

「うん」

「この距離で届くか」

「もうちょっとだけ近づいたら届くような気がする」

「やってみろ」

「うん」

 エダはそっと斜面を降りて、なかほどで立ち止まり、右手の平を魔獣に向けた。

「〈睡眠〉!」

 ややあって、蜘蛛はかくんと崩れ落ちた。

「よし。アリオス、ヘレス。蜘蛛は〈睡眠〉にかかった。倒してこい」

「はい」

「レカン殿もエダ殿も、杖も使わないし準備詠唱もないのだな」

「早く行け。素材はいらん。魔石だけでいい」


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 第十七階層の八目大蜘蛛劣等種は、〈早足〉という特色を持っていた。

 ただし、敵が近づくまでは、あまり動かない。つまり、遠距離攻撃ができるなら、上から狙い撃ちにできる。

 急所はごく小さいので、一撃で倒すのはむずかしいが、毒矢をあてれば動きをとめることができる。それから剣や槍でとどめをさせばいい。

 そういう戦い方をしている冒険者がたくさんいた。ここは稼ぎ場であるようだ。

 冒険者たちの邪魔をしないよう、レカンたちは下に降りた。

 第十八階層から第二十階層までは、不人気階層だという。特に第二十階層の魔獣は、〈転移〉という能力を持っており、予備動作なしに突然瞬間的に居場所を変えるという厄介な能力を持っているため、戦おうとする冒険者は皆無だという。

 レカンたちは、第十八階層に降りて、食事をとった。

「エダ殿はすごいな。おみそれした。あの魔弓の驚異的な精度に加え、〈睡眠〉の使い手だったとは。しかもあれほどの距離で〈睡眠〉を飛ばせるとなると、相当の熟練だ。その年で、たいしたものだ」

「えへへへへ」

 レカンは、皆から少し離れた場所で、不機嫌な顔をして水筒の茶を飲んでいる。

 アリオスがそばに寄って、小声で話しかけた。

「レカンさん。どうもお気に召す階層がないようですね」

「ああ。八目大蜘蛛劣等種は、攻撃の威力がありすぎ、体が大きすぎ、エダの実戦相手に不向きだ。そしてあの、すり鉢状の巣もよくない。狙い撃ちできてしまう」

「ふうん。レカンさんがエダさんにとって適当と思うのは、索敵の練習ができたり、致命的ではないけれどそこそこ危険な攻撃の回避が練習できるような環境ですか?」

「そうだな」

「過保護ですよ」

「なにっ」

「レカンさんがエダさんを鍛えようとしているのはわかります。エダさんには後方支援の切り札となる能力がありますが、それだけではなく、身に降りかかる火の粉を最低限はらえるだけの力をつけさせたい、そう思っているんでしょう?」

「そうだ」

「なら、回避や防御を身につけさせたいのはわかります。そのうえ索敵もできれば、パーティーでの役割も広がりますし、ソロでもある程度やっていけるんでしょうね」

「そうだ」

「でも、命の危険がない戦闘で、ほんとに回避や防御が身につくと思っているんですか?」

「む」

「全力を出し切らない戦闘で、ほんとに力が得られると思ってるんですか?」

「全力を出し切らない戦闘だと?」

「ええ。ここまでエダさんは、矢を射てみろとか、〈睡眠〉を飛ばしてみろとか指示を受けて、魔獣を倒してきました。だけど自分の全力を出してはいません。この場合の全力とは、どの能力を使うかの判断も含め持てる力のすべてという意味です」

「それはそうだ」

「レカンさんも、私も、ヘレスさんも、戦闘力をほとんど発揮していません」

「ああ」

「それではだめです。せめて全員が能力の八割を出すことが必要な場面に置かれないと、エダさんの本能は目覚めません」

「本能、か」

「出過ぎたことを言いました」

「いや。礼を言う」


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― 新着の感想 ―
このアリオスの助言のシーンは、金言ですね。 サッカーの監督のオシム氏もコーチの指導の際に同じような事を言っていたそうです。 コーチがプレー内容の指示出しをする事で、選手から創造性が失われる。 選手の…
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