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「うわあ。大きいなあ」
「ふむ。エダ、〈イシアの弓〉で狙ってみろ」
「はいっ」
「怒って上がってくるようならオレが迎え撃つ」
「りょーかい。撃つよーっ」
慣れた動作で弓を出し、弦を引いて矢を出し、放った。
矢はまっすぐに蜘蛛の腹に刺さり、蜘蛛はぺたんとその場にへたり込んだ。
「死んだな」
「死にましたね」
「なんということだ。あれを一撃で倒すとは」
「えへへ」
「エダ殿。どうしてそんなに正確に心臓の位置がわかるのだ?」
「うーん。施療師さんのところで研修したからかな。魔力を飛ばして蜘蛛の体を探ると、ここだ、って感じるんだ」
「なんだと? そんな話は聞いたこともない」
「ああ、そうか。あれと同じなのか」
「アリオス殿。何と同じなのだ」
「私の流派の奥義の一つにあるんですよ。それ以上はご勘弁を」
「奥義だと? その若さでか?」
「たぶん、ヘレスさんが考えている私の年齢は、まちがっています」
「では、アリオス殿は何歳なのだ」
「それは内緒です」
「〈移動〉」
「えっ?」
「えっ?」
「あれ?」
魔石がふわふわと飛んできて、レカンの右手に収まった。
中型魔石だ。いい値段で売れる。もっともレカンは魔石は自分で使うつもりだ。
「れ、レカン殿。今のはいったい」
「〈移動〉の魔法だ」
「いや、おかしいだろう。〈移動〉の魔法がこんな遠距離で使えるわけがない」
「そうか? 文句はオレの師匠に言ってくれ」
「貴殿の魔法の師とは、どなたなのだ?」
「それは秘密だ」
「文句が言えないではないか」
「ところで八目大蜘蛛の部位で売れるのはどこだ」
「まず、あの目の模様だ。それを含めて腹全体の皮膜が売れる。頭と足は防具の素材になる。もちろん糸も売れる。劣等種でも、糸の質は同じだ。素晴らしい値段で売れる。ただし手に入れるむずかしさは段違いだ。毒袋も高い」
「ふむ。次はオレがようすをみてみる。エダ、手は出すな。よくみておけ」
「りょうかいでーす」
レカンは隣のくぼみをすたすたと降りた。
近づくと、八目大蜘蛛が襲いかかってきた。
口で、足で、目まぐるしく体を動かしながら攻撃してくる。
レカンはといえば、剣を抜くこともなく、ひょいひょいと蜘蛛の攻撃をかわす。
蜘蛛が大きく足を振り上げたとき、その先端の高さは、レカンの身長の三倍を優に超える。その高さから振りおろされる攻撃は、岩をも砕く破壊力がある。
とはいえ、百戦錬磨の冒険者であるレカンにとって、この程度の攻撃は脅威というほどのものではない。
蜘蛛がレカンを攻め立てるさまは、まるでダンスのようだ。
左側の前脚二本を激しく交互にたたき付けたかと思うと、素早く体をひねって首を伸ばし、その顎を震わせて、レカンの体躯をかみ砕こうとしゃにむに迫る。かと思うと、ぐるりと回転し、今度は右側の前脚二本で挟み込もうと狙ってくる。
その攻撃さえするりとかわすと、両側の後ろ脚四本を支えに上半身を持ち上げ、前方に飛び出してレカンを押しつぶそうとする。
これも通じないと知ると、今度は体を百八十度回転させ、尻から糸を吹きつける。
斑蜘蛛のように待機時間はない。尻が向いた瞬間に糸が飛んでくる。しかもその糸は直線状に飛んでくるのではなく、四方に開いて閉じるような軌道をとる。わずかでも糸にふれれば、粘着力の強い糸は全身をからめとるだろうが、レカンは、まるですり抜けるように糸をかわす。
大蜘蛛とレカンはそんなダンスをしばらく続けた。
やがてレカンは〈ラスクの剣〉を抜き、蜘蛛の左右の後ろ足四本を斬り落とした。
すると蜘蛛は、たどたどしく回転して尻をレカンに向け、前足四本で尻を持ち上げて、ぴゅるぴゅると糸をはいた。
レカンは剣を鞘に収め、それをかわし続ける。
と、蜘蛛のはく糸が急に少なくなった。
「〈火矢〉!」
レカンの左手の人差し指から飛び出した光熱魔法が、蜘蛛の上でぐぐぐと軌道を変え、腹の上部にある心臓を直撃した。
(ほんとだ)
(魔力を放ってさぐると)
(心臓の位置が丸わかりだ)
(しかしエダに教えられるとはな)
「〈移動〉」
魔石を取ったレカンは、粘着力が消えるのを待って糸を拾い集め、坂の上に登った。
「貴殿はまさか、魔法剣士なのか?」
「オレは冒険者だ」
「レカン師匠。今、〈火矢〉が曲がってませんでした?」
「その師匠というのはやめろ」
「わかりました。レカンさん」
「アリオス君。レカン殿、って呼んでなかった?」
「それ、ヘレスさんとかぶるので、当分やめます」
「なにそれ」
「エダ」
「はいっ」
「あの蜘蛛の動きを、どうみた?」
「攻撃にいくつかのパターンがあるね。右の前脚二本で攻撃するか、左の前脚二本で攻撃するか、口で攻撃するか。そしてお尻から糸をはくか」
「うん。では、攻略法は?」
「レカンがやったみたいに、後ろ側の脚四本を斬っちゃえば、糸をはくしかないから、糸をはかせてから殺せばいいかな」
「お前とアリオスで倒すとしたら、どうする?」
「あたいが前で蜘蛛の注意を引いて、その隙にアリオス君が後ろ脚四本を斬ってくれたらいいかな」
「とどめはどうする」
「あたい一人で戦って、しかも弓を使っちゃいけないとしたら、あたいにはあの魔獣は殺せないよ。アリオス君が一緒なら、えいやって跳び上がって心臓を攻撃してもらえばいいと思う。それとも、あたいが後ろで注意を引いて、アリオス君が頭を攻撃してもいい」
「よし。それでいい。アリオス」
「はい」
「エダと二人で一体倒してみてくれ。できるだけたくさんの素材を取るようにしてな」
「わかりました」
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「倒すのは簡単だったけど、そのあとの素材剥ぎが大変だったね」
「そういうものだ」
「ヘレスさんの用意してくれた素材用〈箱〉が、もうあんまり余裕ないよ」
「すまぬ。一体分丸々採取するとは思わなかったのだ」
「私の〈箱〉は余裕がありますよ」
「アリオス殿」
「はい」
「貴殿の剣、おそるべき業物だな」
「そうですね」
「拝見できるだろうか」
「すいません。お断りします」
「そうか。いや、無理もない。剣士はおのれの剣を人にゆだねたりせぬものだ」
「おっしゃる通りです」
「貴殿はそういう教えを受けたのだな」
「まあ、そういうことです」
「さて、少し稼ごうか」
「レカン。稼ぐって?」
「ヘレス」
「何だろうか」
「便覧によれば、第十一階層は八目大蜘蛛が一体、第十二階層は二体、第十三階層は三体と増えてゆくが、数が増えるだけなのか?」
「そうだ。ここから第十五階層までは、魔獣はまったく同じで、一つのくぼみにいる数が増えるだけだ」
「この階層は、やけに冒険者が多いが、ここから下に行くと、どうなる?」
「減る。同時に戦えば危険が増えるだけだ。一体ずつ倒せるこの階層が、最も人気がある」
「ほう。なら、第十五階層は人が少ないのか?」
「ほとんど無人に近い」
「よし。第十五階層に行くぞ。もう素材はいい。魔石だけを採る」
第十五階層で、八目大蜘蛛の乱獲が始まった。
エダは〈イシアの弓〉で、レカンは〈火矢〉で、次々に魔獣を倒す。
エダが倒した魔獣の魔石を、アリオスとヘレスが交代で採取する。
レカンは〈移動〉で、通路の上に立ったまま採取する。
すぐに音を上げたのがヘレスだ。
鎧をまとっての坂の登り降りはきつい。しかも、エダが魔獣を仕留める速度は異常に速い。
「役に立たんやつだな」
「はあっ、はあっ。そ、そんなことを、い、言われても、はあっ、はあっ」
「レカン。そんなふうに言うもんじゃないよ。ヘレスさんにはヘレスさんのいいところがあるんだから」
「どこだ」
「んーと。魔獣に詳しいところ!」
ヘレスはこの階層が無人に近いと言ったが、一組だけほかにパーティーが狩りをしていた。そのパーティーは、呪いつきの矢で上から魔獣を射て、槍持ち二人がくぼみに降りてとどめを刺し、二人の剣士が素材剥ぎと魔石採取をしていた。
離れた場所のくぼみのなかは、普通はわからない。レカンには特殊な能力があるからわかったのだ。
相手のパーティーは、レカンたちの動きを不思議そうにみていたが、呪いつきの矢が品切れになったようで、引き上げていった。
「あっ」
「どうした、エダ」
「何か出た」
宝箱が出ていた。開けると短剣が出た。
「〈鑑定〉」
「なにっ? レカン殿は、〈鑑定〉も使えるのか?」
「さすが師匠」
〈名前:ソーベルスの短剣〉
〈品名:短剣〉
〈恩寵:麻痺付与〉
※この短剣で傷つけられた相手は一定確率で麻痺する
「使えんな。売り物だ」
「なになに? どういう短剣なの」
「傷つけた相手が一定確率で麻痺する」
「お。〈ソーベルスの短剣〉か。それは第三十一階層以下の八目大蜘蛛にも通用するのだ。投げつけると、うまくいけば麻痺する」
「何回に一回ぐらいの割合だ」
「五回に一回ぐらいだろうか。一本だけでなく何本かそろえて使うといい」
「そんなあてにならないものはいらん。これは売る」
結局このあと、中赤ポーションが三つと、中青ポーションが二つ出た。そしてたっぷりの魔石が採れた。大型個体を二度倒して、〈印〉も作った。
「よし。今回の探索はこれで終わる。ヘレス」
「うむ」
「悪いが、短剣と素材と魔石を売ってきてくれ。エダも連れてだ」
「わかった」
「エダ」
「はい」
「金を四等分してみんなに配れ」
「わかった。そのお金で弓を買うの?」
「いや。まだ買わなくていい。とりあえず、いけるところまで〈イシアの弓〉を使え。ひょっとするといい弓が出るかもしれんしな」
「わかった」
地上に出ると、夜だった。
「取りあえず食事をして宿に帰ろう。売り払いは明日でいい。明日は一日休みにする。明後日は朝から迷宮にはいる。三日から五日程度潜るつもりで用意してくれ」
「三日から五日だと? いや。わかった。それと、素材だけは早く売っておきたい。今から売りにいってもいいか?」
「こんな時間で店が開いているか?」
「開いている店がある」
「じゃあ行くといい。オレたちは、先に〈ジェイドの店〉に行ってる」
「行ってくるね、レカン」
「ああ」
その日はあまり深酒せず、ほどほどに食事して帰って寝た。
ヘレスは、パーティーに参加することが決まった翌日から、同じ宿に越してきている。食事はずいぶんいい店で食べるのに、宿はえらく安い宿なのだな、とあきれていた。