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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第16話 ニーナエ迷宮上層
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「うわあ。大きいなあ」

「ふむ。エダ、〈イシアの弓〉で狙ってみろ」

「はいっ」

「怒って上がってくるようならオレが迎え撃つ」

「りょーかい。撃つよーっ」

 慣れた動作で弓を出し、弦を引いて矢を出し、放った。

 矢はまっすぐに蜘蛛の腹に刺さり、蜘蛛はぺたんとその場にへたり込んだ。

「死んだな」

「死にましたね」

「なんということだ。あれを一撃で倒すとは」

「えへへ」

「エダ殿。どうしてそんなに正確に心臓の位置がわかるのだ?」

「うーん。施療師さんのところで研修したからかな。魔力を飛ばして蜘蛛の体を探ると、ここだ、って感じるんだ」

「なんだと? そんな話は聞いたこともない」

「ああ、そうか。あれと同じなのか」

「アリオス殿。何と同じなのだ」

「私の流派の奥義の一つにあるんですよ。それ以上はご勘弁を」

「奥義だと? その若さでか?」

「たぶん、ヘレスさんが考えている私の年齢は、まちがっています」

「では、アリオス殿は何歳なのだ」

「それは内緒です」

「〈移動〉」

「えっ?」

「えっ?」

「あれ?」

 魔石がふわふわと飛んできて、レカンの右手に収まった。

 中型魔石だ。いい値段で売れる。もっともレカンは魔石は自分で使うつもりだ。

「れ、レカン殿。今のはいったい」

「〈移動〉の魔法だ」

「いや、おかしいだろう。〈移動〉の魔法がこんな遠距離で使えるわけがない」

「そうか? 文句はオレの師匠に言ってくれ」

「貴殿の魔法の師とは、どなたなのだ?」

「それは秘密だ」

「文句が言えないではないか」

「ところで八目大蜘蛛の部位で売れるのはどこだ」

「まず、あの目の模様だ。それを含めて腹全体の皮膜が売れる。頭と足は防具の素材になる。もちろん糸も売れる。劣等種でも、糸の質は同じだ。素晴らしい値段で売れる。ただし手に入れるむずかしさは段違いだ。毒袋も高い」

「ふむ。次はオレがようすをみてみる。エダ、手は出すな。よくみておけ」

「りょうかいでーす」

 レカンは隣のくぼみをすたすたと降りた。

 近づくと、八目大蜘蛛が襲いかかってきた。

 口で、足で、目まぐるしく体を動かしながら攻撃してくる。

 レカンはといえば、剣を抜くこともなく、ひょいひょいと蜘蛛の攻撃をかわす。

 蜘蛛が大きく足を振り上げたとき、その先端の高さは、レカンの身長の三倍を優に超える。その高さから振りおろされる攻撃は、岩をも砕く破壊力がある。

 とはいえ、百戦錬磨の冒険者であるレカンにとって、この程度の攻撃は脅威というほどのものではない。

 蜘蛛がレカンを攻め立てるさまは、まるでダンスのようだ。

 左側の前脚二本を激しく交互にたたき付けたかと思うと、素早く体をひねって首を伸ばし、その顎を震わせて、レカンの体躯をかみ砕こうとしゃにむに迫る。かと思うと、ぐるりと回転し、今度は右側の前脚二本で挟み込もうと狙ってくる。

 その攻撃さえするりとかわすと、両側の後ろ脚四本を支えに上半身を持ち上げ、前方に飛び出してレカンを押しつぶそうとする。

 これも通じないと知ると、今度は体を百八十度回転させ、尻から糸を吹きつける。

 斑蜘蛛のように待機時間はない。尻が向いた瞬間に糸が飛んでくる。しかもその糸は直線状に飛んでくるのではなく、四方に開いて閉じるような軌道をとる。わずかでも糸にふれれば、粘着力の強い糸は全身をからめとるだろうが、レカンは、まるですり抜けるように糸をかわす。

 大蜘蛛とレカンはそんなダンスをしばらく続けた。

 やがてレカンは〈ラスクの剣〉を抜き、蜘蛛の左右の後ろ足四本を斬り落とした。

 すると蜘蛛は、たどたどしく回転して尻をレカンに向け、前足四本で尻を持ち上げて、ぴゅるぴゅると糸をはいた。

 レカンは剣を鞘に収め、それをかわし続ける。

 と、蜘蛛のはく糸が急に少なくなった。

「〈火矢〉!」

 レカンの左手の人差し指から飛び出した光熱魔法が、蜘蛛の上でぐぐぐと軌道を変え、腹の上部にある心臓を直撃した。

(ほんとだ)

(魔力を放ってさぐると)

(心臓の位置が丸わかりだ)

(しかしエダに教えられるとはな)

「〈移動〉」

 魔石を取ったレカンは、粘着力が消えるのを待って糸を拾い集め、坂の上に登った。

「貴殿はまさか、魔法剣士なのか?」

「オレは冒険者だ」

「レカン師匠。今、〈火矢〉が曲がってませんでした?」

「その師匠というのはやめろ」

「わかりました。レカンさん」

「アリオス君。レカン殿、って呼んでなかった?」

「それ、ヘレスさんとかぶるので、当分やめます」

「なにそれ」

「エダ」

「はいっ」

「あの蜘蛛の動きを、どうみた?」

「攻撃にいくつかのパターンがあるね。右の前脚二本で攻撃するか、左の前脚二本で攻撃するか、口で攻撃するか。そしてお尻から糸をはくか」

「うん。では、攻略法は?」

「レカンがやったみたいに、後ろ側の脚四本を斬っちゃえば、糸をはくしかないから、糸をはかせてから殺せばいいかな」

「お前とアリオスで倒すとしたら、どうする?」

「あたいが前で蜘蛛の注意を引いて、その隙にアリオス君が後ろ脚四本を斬ってくれたらいいかな」

「とどめはどうする」

「あたい一人で戦って、しかも弓を使っちゃいけないとしたら、あたいにはあの魔獣は殺せないよ。アリオス君が一緒なら、えいやって跳び上がって心臓を攻撃してもらえばいいと思う。それとも、あたいが後ろで注意を引いて、アリオス君が頭を攻撃してもいい」

「よし。それでいい。アリオス」

「はい」

「エダと二人で一体倒してみてくれ。できるだけたくさんの素材を取るようにしてな」

「わかりました」


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「倒すのは簡単だったけど、そのあとの素材剥ぎが大変だったね」

「そういうものだ」

「ヘレスさんの用意してくれた素材用〈箱〉が、もうあんまり余裕ないよ」

「すまぬ。一体分丸々採取するとは思わなかったのだ」

「私の〈箱〉は余裕がありますよ」

「アリオス殿」

「はい」

「貴殿の剣、おそるべき業物だな」

「そうですね」

「拝見できるだろうか」

「すいません。お断りします」

「そうか。いや、無理もない。剣士はおのれの剣を人にゆだねたりせぬものだ」

「おっしゃる通りです」

「貴殿はそういう教えを受けたのだな」

「まあ、そういうことです」

「さて、少し稼ごうか」

「レカン。稼ぐって?」

「ヘレス」

「何だろうか」

「便覧によれば、第十一階層は八目大蜘蛛が一体、第十二階層は二体、第十三階層は三体と増えてゆくが、数が増えるだけなのか?」

「そうだ。ここから第十五階層までは、魔獣はまったく同じで、一つのくぼみにいる数が増えるだけだ」

「この階層は、やけに冒険者が多いが、ここから下に行くと、どうなる?」

「減る。同時に戦えば危険が増えるだけだ。一体ずつ倒せるこの階層が、最も人気がある」

「ほう。なら、第十五階層は人が少ないのか?」

「ほとんど無人に近い」

「よし。第十五階層に行くぞ。もう素材はいい。魔石だけを採る」

 第十五階層で、八目大蜘蛛の乱獲が始まった。

 エダは〈イシアの弓〉で、レカンは〈火矢〉で、次々に魔獣を倒す。

 エダが倒した魔獣の魔石を、アリオスとヘレスが交代で採取する。

 レカンは〈移動〉で、通路の上に立ったまま採取する。

 すぐに音を上げたのがヘレスだ。

 鎧をまとっての坂の登り降りはきつい。しかも、エダが魔獣を仕留める速度は異常に速い。

「役に立たんやつだな」

「はあっ、はあっ。そ、そんなことを、い、言われても、はあっ、はあっ」

「レカン。そんなふうに言うもんじゃないよ。ヘレスさんにはヘレスさんのいいところがあるんだから」

「どこだ」

「んーと。魔獣に詳しいところ!」

 ヘレスはこの階層が無人に近いと言ったが、一組だけほかにパーティーが狩りをしていた。そのパーティーは、呪いつきの矢で上から魔獣を射て、槍持ち二人がくぼみに降りてとどめを刺し、二人の剣士が素材剥ぎと魔石採取をしていた。

 離れた場所のくぼみのなかは、普通はわからない。レカンには特殊な能力があるからわかったのだ。

 相手のパーティーは、レカンたちの動きを不思議そうにみていたが、呪いつきの矢が品切れになったようで、引き上げていった。

「あっ」

「どうした、エダ」

「何か出た」

 宝箱が出ていた。開けると短剣が出た。

「〈鑑定〉」

「なにっ? レカン殿は、〈鑑定〉も使えるのか?」

「さすが師匠」


〈名前:ソーベルスの短剣〉

〈品名:短剣〉

〈恩寵:麻痺付与〉

 ※この短剣で傷つけられた相手は一定確率で麻痺する


「使えんな。売り物だ」

「なになに? どういう短剣なの」

「傷つけた相手が一定確率で麻痺する」

「お。〈ソーベルスの短剣〉か。それは第三十一階層以下の八目大蜘蛛にも通用するのだ。投げつけると、うまくいけば麻痺する」

「何回に一回ぐらいの割合だ」

「五回に一回ぐらいだろうか。一本だけでなく何本かそろえて使うといい」

「そんなあてにならないものはいらん。これは売る」

 結局このあと、中赤ポーションが三つと、中青ポーションが二つ出た。そしてたっぷりの魔石が採れた。大型個体を二度倒して、〈印〉も作った。

「よし。今回の探索はこれで終わる。ヘレス」

「うむ」

「悪いが、短剣と素材と魔石を売ってきてくれ。エダも連れてだ」

「わかった」

「エダ」

「はい」

「金を四等分してみんなに配れ」

「わかった。そのお金で弓を買うの?」

「いや。まだ買わなくていい。とりあえず、いけるところまで〈イシアの弓〉を使え。ひょっとするといい弓が出るかもしれんしな」

「わかった」

 地上に出ると、夜だった。

「取りあえず食事をして宿に帰ろう。売り払いは明日でいい。明日は一日休みにする。明後日は朝から迷宮にはいる。三日から五日程度潜るつもりで用意してくれ」

「三日から五日だと? いや。わかった。それと、素材だけは早く売っておきたい。今から売りにいってもいいか?」

「こんな時間で店が開いているか?」

「開いている店がある」

「じゃあ行くといい。オレたちは、先に〈ジェイドの店〉に行ってる」

「行ってくるね、レカン」

「ああ」

 その日はあまり深酒せず、ほどほどに食事して帰って寝た。

 ヘレスは、パーティーに参加することが決まった翌日から、同じ宿に越してきている。食事はずいぶんいい店で食べるのに、宿はえらく安い宿なのだな、とあきれていた。

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