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「お前、名は」
「レカン」
審判はレカンに棍棒を渡そうとしたが、レカンは断った。
「いらん」
「なに?」
審判は少しレカンをにらんだが、すぐに対戦相手のほうに行き、名を聞き、棍棒を渡した。
「東方、レカン! 西方、ヒューレッド! 試合、始め」
試合開始の号令を受けて、レカンの相手のヒューレッドは、すばやく戦闘体勢をとった。盾の形は長方形だ。ただし、あまり厚みはない。その盾を体の正面に油断なく構え、盾の陰から前方をうかがっている。
レカンが盾を構えて少し腰を落とすと、その巨体は完全に盾の陰に隠れてしまう。
観客の野次は、これまでのどの試合より大きい。
「おいおい! それじゃ前がみえねえだろうが!」
「そんな盾持って動けるのかあ!」
もちろんレカンには前がみえる。後ろもみえる。どこでもみえる。〈立体知覚〉には、方向など関係ないし、遮蔽物も邪魔にならない。この盾の向こう側で、相手がどんな動きをしているかを、レカンは完全に把握していた。
とまどっているようだ。右手に持った棍棒が、持ち手の心を表すように、ふらふらと迷った動きをしている。
レカンは、おもむろに盾を横に向け、両手でぐいと振り回し、試合場の上をなぎ払った。
相手を試合場からたたき落とそうと思ったのだが、構えた盾が引っかかる形になって、ヒューレッドはすくい上げられるように吹っ飛んだ。
そして高々と宙を舞って、天幕を直撃した。
天幕の心棒は倒れてしまい、三人の老人は、落下してきた幕におおわれてしまった。
一瞬、あたりは沈黙に包まれ、そのあと爆発した。
「いいぞうっ。大男!」
「すげえぞっ。馬鹿力!」
「みたか、いけすかねえ呪術師組合長のあのざま!」
レカンは、審判をみた。
「し、勝負あり! レカンの勝ち!」
レカンは勝利者のたまり場に座った。
勝負は次々と進み、一回戦が終わった。
勝利者のたまり場にいるのは、十一人である。
「たっだ今からー! 二回戦が始まるぞー! ここで賭は終了だあ。自分の賭けた戦士が優勝するか、ここからがみものだぜーー!」
喝采が上がり、審判が二回戦の最初の試合に出場する選手を指名した。
「お前とお前、上がれ」
東側に上がらされたのは、ゴンザとかいう男だ。
「お前、名前は?」
「ゴンザ」
審判は名前を覚えていなかったようだ。
そしてゴンザとクレストの勝負が始まった。
ゴンザは受けに回り、慎重に相手の手の内をみさだめている。
クレストは派手な攻撃を繰り返し、一見有利に試合を進めているようだが、やがて手痛い反撃を食うだろう。
レカンの予想の通り、勝負はゴンザの勝ちだった。
歓声を受けたゴンザがたまりに戻るとき、ちらとレカンをみた。
「次は、レカン、上がれ。それとお前だ」
名前を覚えない審判だと思ったが、レカンの名は覚えていたようだ。
「東方、レカン! 西方、パルチオ! 試合、始め!」
パルチオは、レカン以外では最も大きな盾を持った参加者だ。
長方形の平盾で、表面はつるつるしているようにみえる。場数を踏んだ冒険者とみてとれた。パルチオも棍棒をことわっている。盾の扱いに自信があるようだ。
レカンは前に進み出ると、一回戦のときと同じように、盾を横にして、ぶうんと振った。
パルチオは、すっとしゃがみ、盾の下部を接地させて、上部を後ろに倒し、その陰に隠れた。迷いのない、こなれた動作である。
そう構えられると、いくらレカンの攻撃が高威力でも、はじかれ、そらされてしまう。レカン自身も体勢を崩してしまうだろう。そのまま盾を振り抜いていれば。
レカンは盾の軌道を変え、真上に振り上げると、角度を調整して、その下部を下方にたたきつけた。
このとき、パルチオの盾に対してレカンの盾は垂直に打ち付けられており、これならそらされたり、力が逃げることはない。
パルチオの盾は接地している。つまり動かない。
力の逃げ場のない状況で、レカンが全体重を乗せ、強く振りおろした盾が、まともにパルチオの盾を襲った。
ばきんと、すさまじい音がして、パルチオの盾は折れ曲がり、ひび割れた。
パルチオ自身も大きなダメージを受け、もはや戦う力はない。
レカンは一瞬動きをとめ、審判の声を待った。
しかし、審判の声はない。
レカンは盾を振り上げた。
もう一度攻撃すれば、パルチオは死ぬ。
だが、しかたがない。
レカンが盾を振りおろしかけた、まさにその瞬間、審判が声をあげた。
「し、勝負あり。勝者、レカン!」
レカンは力を抜いて盾を降ろした。
審判がパルチオに駆け寄り、盾をどかす。
パルチオの左足はあり得ない角度に折れ曲がっている。
下半身と上半身が奇妙にずれた角度をみせてねじ曲がり、口からは、ごぼごぼと血をはいている。背骨が折れており、臓腑にも大きな損傷を受けているのだ。
「赤ポーションだ! 急げ」
審判の命令を受けて呼びかけ人の男が、籠から大赤ポーションをつかみ、駆け寄った。
審判がそれを手際よくパルチオの口に突っ込むと、パルチオの体は正しい角度に戻り、足もまっすぐになり、吐血もとまった。
レカンは、勝利者のたまりに座った。
やがてパルチオは、呼びかけ人の男に肩を借りて試合場を降り、審判はパルチオの盾を片付けてから、次の選手を選ぼうと、残っている参加者たちをみまわした。
すくっ、と立った者がある。
ゴンザだ。
「俺は棄権する」
そのまま返事も聞かず、すたすたと歩き去った。
「俺もだ」
「わしも棄権する」
「降りるぜ。やってられねえ」
次々に参加者たちは去ってゆき、残ったのは、レカンだけとなった。
がらんとした勝利者のたまり場で、レカンは立ち上がった。
「オレの優勝ということでいいんだな」
審判は、レカンの後ろに視線を送った。
三人の老人のうち、首飾りをかけた一番年かさの老人がうなずくのを、レカンは〈立体知覚〉で感知した。
「優勝者、レカン!」
大きな歓声がわき起こった。
そして歓声と同じくらいの大きさで、やじが飛んだ。
レカンは観客の呼びかける声など一切無視して、すたすたと机のほうに向かった。
机の上には、〈ウォルカンの盾〉が置いてある。
首飾りをかけた老人が立ち上がって、レカンを迎えた。
「勝利おめでとう。見事に、〈ウォルカンの盾〉を手に入れたのう。さあ、賞品を手にするがよい」
「〈鑑定〉」
「なにっ?」
〈名前:ウォルカンの盾〉
〈品名:盾〉
〈耐久度:万全〉
〈恩寵:対魔法防御、対物理防御、縮小展開〉
※展開する者は縮小した者と同一でなければならない
〈状態:呪い〉
※この盾を持った者は筋力が低下し死に至る
※この盾を持った者は盾をはずすことができない
※この呪いは呪い抵抗を無視する
「ふむ」
レカンは左手の大盾を地に置くと、腰に差した〈ハルトの短剣〉を抜き、〈ウォルカンの盾〉の表面をかりっと掻いた。
「そ、それは、その短剣は、ま、まさか」
〈ハルトの短剣〉は、呪いにかかった人間に傷をつければその呪いを吸い取るし、呪いにかかった道具でも、引っ掻いてやれば呪いを吸い取るのだ。
「〈鑑定〉」
呪いが解除されている。
レカンは盾を左手で持った。
「〈縮小〉」
盾は籠手に変形し、レカンの左手にぴたりと収まった。
「ふむ。ではもらってゆく」
「まっ、待てっ!」
「何か用か」
「そ、その〈ウォルカンの盾〉は」
「優勝賞品だ」
「い、いや。そうではなくてだな、それは」
「この盾がどうした」
「呪術師組合にも一つしかない貴重なもので」
「そうか。貴重なものなのだな。礼を言う。じゃあな」
なおも後ろで首飾りの老人がごちゃごちゃ言っていたが、もはやレカンは聞いていない。
大盾を拾い上げ、エダとアリオスのところに行った。
「待たせたな、行こう」
「レカン、優勝おめでとう」
「すごかったです。いろんな意味で」
呼びかけた者がいる。
「お、おい、お前」
声のしたほうをみると、傷の多い盾を持った中年の冒険者だった。
「何だ」
「お前、呪いはだいじょうぶなのか?」
「オレに呪いは効かない。解除する道具も持っている」
「なんだって?」
場はしいんと静まりかえっているので、レカンのその言葉は居合わせた人々皆が聞いたはずだ。
レカンたち三人が立ち去ろうとすると、ぱちぱちと拍手が起き、ふくれあがって大歓声となった。
「よくやった!」
「すかっとしたぜ!」
「これで、あこぎなトーナメントはおしまいよっ!」
「すげえぞ、壁男!」
「壁男!」
「壁男!」
レカンは歓呼の声にみおくられながら、ぽつりともらした。
「壁男?」
「壁のような盾を使うからじゃないかな」
「壁のようにゆるぎない戦い方だったからかもしれません」
どちらにしても、あまりしっくりこない呼ばれ方だ。
とはいえ、そんなことはどうでもよかった。
(この新しい盾の性能を確かめる時が楽しみだ)
レカンは上機嫌である。