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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第15話 女騎士ヘレス
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「お前、名は」

「レカン」

 審判はレカンに棍棒を渡そうとしたが、レカンは断った。

「いらん」

「なに?」

 審判は少しレカンをにらんだが、すぐに対戦相手のほうに行き、名を聞き、棍棒を渡した。

「東方、レカン! 西方、ヒューレッド! 試合、始め」

 試合開始の号令を受けて、レカンの相手のヒューレッドは、すばやく戦闘体勢をとった。盾の形は長方形だ。ただし、あまり厚みはない。その盾を体の正面に油断なく構え、盾の陰から前方をうかがっている。

 レカンが盾を構えて少し腰を落とすと、その巨体は完全に盾の陰に隠れてしまう。

 観客の野次は、これまでのどの試合より大きい。

「おいおい! それじゃ前がみえねえだろうが!」

「そんな盾持って動けるのかあ!」

 もちろんレカンには前がみえる。後ろもみえる。どこでもみえる。〈立体知覚〉には、方向など関係ないし、遮蔽物も邪魔にならない。この盾の向こう側で、相手がどんな動きをしているかを、レカンは完全に把握していた。

 とまどっているようだ。右手に持った棍棒が、持ち手の心を表すように、ふらふらと迷った動きをしている。

 レカンは、おもむろに盾を横に向け、両手でぐいと振り回し、試合場の上をなぎ払った。

 相手を試合場からたたき落とそうと思ったのだが、構えた盾が引っかかる形になって、ヒューレッドはすくい上げられるように吹っ飛んだ。

 そして高々と宙を舞って、天幕を直撃した。

 天幕の心棒は倒れてしまい、三人の老人は、落下してきた幕におおわれてしまった。

 一瞬、あたりは沈黙に包まれ、そのあと爆発した。

「いいぞうっ。大男!」

「すげえぞっ。馬鹿力!」

「みたか、いけすかねえ呪術師組合長のあのざま!」

 レカンは、審判をみた。

「し、勝負あり! レカンの勝ち!」

 レカンは勝利者のたまり場に座った。

 勝負は次々と進み、一回戦が終わった。

 勝利者のたまり場にいるのは、十一人である。

「たっだ今からー! 二回戦が始まるぞー! ここで賭は終了だあ。自分の賭けた戦士が優勝するか、ここからがみものだぜーー!」

 喝采が上がり、審判が二回戦の最初の試合に出場する選手を指名した。

「お前とお前、上がれ」

 東側に上がらされたのは、ゴンザとかいう男だ。

「お前、名前は?」

「ゴンザ」

 審判は名前を覚えていなかったようだ。

 そしてゴンザとクレストの勝負が始まった。

 ゴンザは受けに回り、慎重に相手の手の内をみさだめている。

 クレストは派手な攻撃を繰り返し、一見有利に試合を進めているようだが、やがて手痛い反撃を食うだろう。

 レカンの予想の通り、勝負はゴンザの勝ちだった。

 歓声を受けたゴンザがたまりに戻るとき、ちらとレカンをみた。

「次は、レカン、上がれ。それとお前だ」

 名前を覚えない審判だと思ったが、レカンの名は覚えていたようだ。

「東方、レカン! 西方、パルチオ! 試合、始め!」

 パルチオは、レカン以外では最も大きな盾を持った参加者だ。

 長方形の平盾で、表面はつるつるしているようにみえる。場数を踏んだ冒険者とみてとれた。パルチオも棍棒をことわっている。盾の扱いに自信があるようだ。

 レカンは前に進み出ると、一回戦のときと同じように、盾を横にして、ぶうんと振った。

 パルチオは、すっとしゃがみ、盾の下部を接地させて、上部を後ろに倒し、その陰に隠れた。迷いのない、こなれた動作である。

 そう構えられると、いくらレカンの攻撃が高威力でも、はじかれ、そらされてしまう。レカン自身も体勢を崩してしまうだろう。そのまま盾を振り抜いていれば。

 レカンは盾の軌道を変え、真上に振り上げると、角度を調整して、その下部を下方にたたきつけた。

 このとき、パルチオの盾に対してレカンの盾は垂直に打ち付けられており、これならそらされたり、力が逃げることはない。

 パルチオの盾は接地している。つまり動かない。

 力の逃げ場のない状況で、レカンが全体重を乗せ、強く振りおろした盾が、まともにパルチオの盾を襲った。

 ばきんと、すさまじい音がして、パルチオの盾は折れ曲がり、ひび割れた。

 パルチオ自身も大きなダメージを受け、もはや戦う力はない。

 レカンは一瞬動きをとめ、審判の声を待った。

 しかし、審判の声はない。

 レカンは盾を振り上げた。

 もう一度攻撃すれば、パルチオは死ぬ。

 だが、しかたがない。

 レカンが盾を振りおろしかけた、まさにその瞬間、審判が声をあげた。

「し、勝負あり。勝者、レカン!」

 レカンは力を抜いて盾を降ろした。

 審判がパルチオに駆け寄り、盾をどかす。

 パルチオの左足はあり得ない角度に折れ曲がっている。

 下半身と上半身が奇妙にずれた角度をみせてねじ曲がり、口からは、ごぼごぼと血をはいている。背骨が折れており、臓腑にも大きな損傷を受けているのだ。

「赤ポーションだ! 急げ」

 審判の命令を受けて呼びかけ人の男が、籠から大赤ポーションをつかみ、駆け寄った。

 審判がそれを手際よくパルチオの口に突っ込むと、パルチオの体は正しい角度に戻り、足もまっすぐになり、吐血もとまった。

 レカンは、勝利者のたまりに座った。

 やがてパルチオは、呼びかけ人の男に肩を借りて試合場を降り、審判はパルチオの盾を片付けてから、次の選手を選ぼうと、残っている参加者たちをみまわした。

 すくっ、と立った者がある。

 ゴンザだ。

「俺は棄権する」

 そのまま返事も聞かず、すたすたと歩き去った。

「俺もだ」

「わしも棄権する」

「降りるぜ。やってられねえ」

 次々に参加者たちは去ってゆき、残ったのは、レカンだけとなった。

 がらんとした勝利者のたまり場で、レカンは立ち上がった。

「オレの優勝ということでいいんだな」

 審判は、レカンの後ろに視線を送った。

 三人の老人のうち、首飾りをかけた一番年かさの老人がうなずくのを、レカンは〈立体知覚〉で感知した。

「優勝者、レカン!」

 大きな歓声がわき起こった。

 そして歓声と同じくらいの大きさで、やじが飛んだ。

 レカンは観客の呼びかける声など一切無視して、すたすたと机のほうに向かった。

 机の上には、〈ウォルカンの盾〉が置いてある。

 首飾りをかけた老人が立ち上がって、レカンを迎えた。

「勝利おめでとう。見事に、〈ウォルカンの盾〉を手に入れたのう。さあ、賞品を手にするがよい」

「〈鑑定〉」

「なにっ?」


〈名前:ウォルカンの盾〉

〈品名:盾〉

〈耐久度:万全〉

〈恩寵:対魔法防御、対物理防御、縮小(ピルアー)展開(パシュート)

 ※展開する者は縮小した者と同一でなければならない

〈状態:呪い〉

 ※この盾を持った者は筋力が低下し死に至る

 ※この盾を持った者は盾をはずすことができない

 ※この呪いは呪い抵抗を無視する


「ふむ」

 レカンは左手の大盾を地に置くと、腰に差した〈ハルトの短剣〉を抜き、〈ウォルカンの盾〉の表面をかりっと掻いた。

「そ、それは、その短剣は、ま、まさか」

 〈ハルトの短剣〉は、呪いにかかった人間に傷をつければその呪いを吸い取るし、呪いにかかった道具でも、引っ掻いてやれば呪いを吸い取るのだ。

「〈鑑定〉」

 呪いが解除されている。

 レカンは盾を左手で持った。

「〈縮小〉」

 盾は籠手に変形し、レカンの左手にぴたりと収まった。

「ふむ。ではもらってゆく」

「まっ、待てっ!」

「何か用か」

「そ、その〈ウォルカンの盾〉は」

「優勝賞品だ」

「い、いや。そうではなくてだな、それは」

「この盾がどうした」

「呪術師組合にも一つしかない貴重なもので」

「そうか。貴重なものなのだな。礼を言う。じゃあな」

 なおも後ろで首飾りの老人がごちゃごちゃ言っていたが、もはやレカンは聞いていない。

 大盾を拾い上げ、エダとアリオスのところに行った。

「待たせたな、行こう」

「レカン、優勝おめでとう」

「すごかったです。いろんな意味で」

 呼びかけた者がいる。

「お、おい、お前」

 声のしたほうをみると、傷の多い盾を持った中年の冒険者だった。

「何だ」

「お前、呪いはだいじょうぶなのか?」

「オレに呪いは効かない。解除する道具も持っている」

「なんだって?」

 場はしいんと静まりかえっているので、レカンのその言葉は居合わせた人々皆が聞いたはずだ。

 レカンたち三人が立ち去ろうとすると、ぱちぱちと拍手が起き、ふくれあがって大歓声となった。

「よくやった!」

「すかっとしたぜ!」

「これで、あこぎなトーナメントはおしまいよっ!」

「すげえぞ、壁男!」

「壁男!」

「壁男!」

 レカンは歓呼の声にみおくられながら、ぽつりともらした。

「壁男?」

「壁のような盾を使うからじゃないかな」

「壁のようにゆるぎない戦い方だったからかもしれません」

 どちらにしても、あまりしっくりこない呼ばれ方だ。

 とはいえ、そんなことはどうでもよかった。

(この新しい盾の性能を確かめる時が楽しみだ)

 レカンは上機嫌である。

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― 新着の感想 ―
呪術師組合が何人も人を殺していて今回も殺すつもりだったなら報復としては弱い気がしますね
盾戦士としての戦い方でも有用な<立体知覚>の汎用性の高さが覗えますね
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