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この町は、ゴルブルの何倍もの規模がある。
迷宮近くの店も数が多く、種類も多い。
盾と弓を扱っている店が多いのが目立つ。
弓が出やすい迷宮とは聞いたが、盾も出やすいのかもしれない。
鎧や戦闘服の店も多い。
武器屋はわかるが、なぜか槍専門店が多い。
〈呪い付与〉と書かれた店も多い。
迷宮が休眠状態になると町も眠るのかと思ったが、そんなことはなかった。
逆にあちこちで、臨時の催し物などが行われ、にぎやかだ。
考えてみると、いつもは迷宮に入っている冒険者たちが、この五日は迷宮の外で待機することになるのだから、客は多いわけだ。つまり店にとってはかせぎ時だ。屋台も多い。
しかも、そういうときに冒険者たちを楽しませ、楽しませないまでも飽きさせないようにすることが、町の繁栄にもつながるだろう。
だから、迷宮に入れない今は、ちょっとしたお祭り騒ぎなのだ。
「さあさあ、もう参加者はいないかー! こんなチャンスはもう二度とないぞー! なんと景品は〈ウォルカンの盾〉だ! あの優れものの盾が景品だぞー! さあ参加者はもうないかー!」
〈ウォルカンの盾〉といえば、ジンガーが持っていた、魔法抵抗と物理抵抗がついて伸縮機能もある面白い盾だ。
レカンは掛け声のするほうに近づいた。エダとアリオスもついてくる。
「おい」
「おおっ? でっかい旦那、あんたも挑戦するかい?」
「何に挑戦するんだ」
「盾勝負さ!」
「盾勝負?」
「そうさ。そこの試合場で」
と指さされたところに、八歩四方ほどに土を盛り上げた場所がある。
「盾と棍棒で勝負する」
「どうなったら勝ちになる?」
「勝負がついたと審判が判断したら勝ちだよ。試合場から落ちたら負けだ」
「どの盾を使う」
「盾は自前で用意するのさ! 棍棒はこっちの用意したものを使ってもらう」
「盾はどんな使い方をしてもいいのか?」
「もちろんさ! 冒険者が魔獣と戦うのに、〈こんな盾の使い方は許さない〉なんて言うやつが、どっかにいるのかい?」
「死んだらどうなる?」
「死んだやつが弱かったってこったろ。迷宮じゃ、弱いは悪いだぜ!」
「参加料は無料か」
「馬鹿言ってんじゃねえよ! 無料なわけねえだろ! 大赤ポーションを一個出してもらうぜ。ただし、あんたが試合で大怪我したら、その大赤ポーションで治してやるけどね。その場合はそこで試合は棄権てことになる」
レカンは外套の襟を立て、大赤ポーションを取り出して、呼びかけの男に渡した。
男はちょっと眼を剥いてみせ、大きく顔を崩して笑うと、高々とポーションを掲げて宣言した。
「参加者一名追加ーーー! こちらの黒い旦那が参加だー!」
試合場を取り囲む観客というか野次馬が、大きな歓声を上げた。そのあとに、ひやかしの言葉が飛び交う。
「旦那、名前は?」
「レカン」
みれば仮ごしらえの天幕のようなものが張ってあって、長机が置いてある。長机の向こう側には、老人三人が座っている。そして長机の上に盾と籠が載せられている。その盾は一度みた〈ウォルカンの盾〉と同じようにみえた。
大勢の野次馬はみな、冒険者であるようにみえた。その最前列に、みおぼえのある男がいる。
〈ベガー〉のメンバーの、すらっとした男だ。
昨日は武器を持っていなかったが、今日は持っている。剣だ。
剣士の男は、にやにや笑いながらレカンをみていたが、レカンが目線を合わせると、面白くてたまらないというようすで顔に笑いを浮かべた。
「さあさ旦那、盾を持って、あそこらあたりに座ってくんな!」
呼びかけの男はそういうと、天幕のほうに近寄り、机の上の籠に、大赤ポーションを入れた。三人の老人が、薄笑いをうかべてそれをみている。老人のうち二人は比較的若く、よい体格をしている。もう一人は、これは相当な年齢で、痩せて小柄で、首飾りをかけ、杖を持っている。細杖と太杖の中間ほどの大きさで、レカンがみたことがない種類の杖だ。
あそこらあたり、と指し示されたのは、四角い試合場を取り巻く一角だ。そこには盾を持った男たちが座り込んで、出番を待っている。
レカンは物陰に入って巨大な盾を取り出した。
どのくらい巨大かというと、レカンの首から足先まで届くほど高さがあり、レカンの肩幅を優に超える横幅がある。長方形といえば長方形なのだが、表面が平らではなく、自然な形に湾曲している。筒の一部を切り取ったような形といえばいいだろうか。
もといた世界の迷宮で、岩が無数に吹き付けてくる谷を通らなければボスの棲み処にたどりつけない階層があった。そのとき手に入れた品で、それからも時々使った。非常に分厚く頑丈な造りをしている。表面は傷だらけで、使い手がたどってきた激戦の数々をしのばせる。
この盾は、レカンの〈収納〉に出し入れできるぎりぎりの大きさなのだ。これより大きい盾を使ったこともあるが、持ち運べないので、用が済んだら売り払った。
レカンがその盾を持って待機位置に進むと、参加者たちは目を剥いた。
観客は、やじを飛ばしてきた。
「大男ー! そんなでけえ盾を持って動けるのかー!」
「みかけ倒し、ご苦労さん」
「盾がでかけりゃ怪我しねえもんなー。馬鹿野郎」
「そんな盾、両手でなきゃ持てねえだろうが! どうやって攻撃すんだよ!」
そして大きな笑い声が、あちこちで響いた。
「さあさあ、もう参加者はないかー? 締め切るぞー! ほんとだぞー! よし締め切った! 皆々さん、お待ちかね! いよいよトーナメントの開催だあ!」
大きな歓声が上がった。
審判らしき人物が試合場に上がった。
「お前とお前、試合場に上がれ」
その人物が、二人の参加者を指名した。対戦相手や順番は、無作為に選ばれるようだ。
審判が二人の名を訊き、棍棒をそれぞれに渡した。
短い棍棒だ。
握りの部分は細くなっており、打撃部分は太くなっている。先端は丸く削ってあり、殺傷力はきわめて低いように思われた。
「東方、ガゼフ!」
審判が名を宣言すると、野次馬からわあっと歓声が上がる。
「西方、ゴンザ!」
またも歓声が上がる。
「試合、始め!」
試合が始まった。
ガゼフは厚みのある丸盾を、ゴンザは文様の刻まれたカイトシールドを持っている。
ふたりとも盾を体の斜め前に構え、やや腰をかがめて、左右にじりじり動きながら、相手の隙をうかがっている。
「やあっ!」
ゴンザが棍棒で攻撃する。
ガゼフが盾で受ける。
がきんと音がする。
ガゼフが棍棒を突き出す。
ゴンザは素早く後ろに跳びすさってこれをかわし、左手の盾を横様にガゼフの腕にたたきつける。
「ぐっ!」
ガゼフの棍棒が手から離れて試合場の外に転がり出た。
「そこまで! ゴンザの勝ち!」
すさまじい歓声があがった。
(なるほど)
(棍棒の間合いが短いため)
(攻撃するにはよほど踏み込まないといけない)
(それが勝負をおもしろくさせているのだな)
これで長い武器を持たせたら、遠間から隙をうかがうばかりの、つまらない試合ばかりになりかねない。このトーナメントは、観客を楽しませることを目的にした演し物のようなものなのだ。
「ゴンザはあっちに座ってろ。ガゼフはどこへでも行け」
ゴンザは天幕側のたまりに移動した。そこが勝利者席らしい。二回戦以降は、そこに座る者で戦うことになるわけだ。
それにしても、この町は、ゴルブルとはずいぶんちがう。
ゴルブルには若い冒険者があふれていたが、ここには若い冒険者は少ししかいない。そのぶん、町の空気も、こなれているというか、すれているような感じがある。
みかける冒険者の多くが、それなりに長いあいだここで過ごしてきたかのような落ち着きがある。
そして、力のある冒険者が多い。今試合をみまもってやじを飛ばしている観客にも、かなり使えそうな者が少なくない。強い魔力を持った者も多い。
長い武器を持つ者が非常に多いのには驚かされる。
ふつう迷宮には広い場所もあり狭い場所もある。狭い場所では長柄の武器は取り回しに困る。かといって長い武器は〈収納〉にもしまえない。つまり、ずっと持ったままになる。
だから長柄の武器は、特殊な階層の特殊な敵と戦うときだけ使うのが、もとの世界の迷宮の常識だ。
ところが、この町には、長柄の武器を持つ冒険者が多い。
さまざまな形の槍がある。
ハルバードもあり、グレイブがあり、三つ叉槍があり、十字槍があり、パイクのような長大な槍もある。
ここの迷宮は、あんなものを持って通れるほど、広い空間が続いているということなのだろう。
尖った槍先に布を巻き付けることもせず街中を持ち歩き、それで衛兵にとがめられることもないというのは、いかにも迷宮都市の風情だ。
それをみているだけで、迷宮に入るのが楽しみになり、わくわくしてくる。
それはいいのだが、今参加しようとしているトーナメントのことで、気になることがある。
出場者たちは、いずれも盾を使い慣れている。つまり普段の冒険で盾を使った戦いをしている者たちだ。
だが、観客のなかにも盾を持った有力そうな冒険者がいるのだが、そういう盾持ち冒険者は、ひどくいやらしい目で試合をながめている。
(〈ウォルカンの盾〉というのは、なかなかの値打ち物だと思ったのだが)
(やつらは興味がないのか?)
参加者の数がそれほど多くないのも気になる。この景品は、もしかするとこの町ではありふれた物なのだろうか。
いくつかの試合のあと、次の出場者を捜す審判の目が、レカンに向いた。
「お前だ」
ご指名だ。やっと出番のようである。
立ち上がると、エダが観客たちの最前列から声援を送った。
「レカン、頑張って!」
ちらりとエダとアリオスのほうをみて、レカンは試合場に上がった。