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胴長豚の揚げ浸しは本当にうまかった。
かりっとして、ふるふるとしていて、それでいて歯ごたえのある部分もある。
甘酸っぱい味が、なんともエールと合う。わずかに焦げた部分が驚くほどの香ばしさをかもしだしていて、香りも味の一部だと思い知らせてくれる逸品だ。
肉片をかみちぎって飲み込むときの歯ごたえと喉ごしの快感ときたら、ちょっとほかにないものだ。
この店の料理は、最高だ。
値段もそれなりに高い。一皿一皿来るたびに金を払うのだが、一皿銀貨三枚か五枚はする。だが、その価値はじゅうぶんにある。
最初に頼んだ皿数ではまったくたりず、六皿追加した。
〈ベガー〉のテーブルは、ずいぶんにぎやかだ。
「〈ベガー〉だなんて、すごい名前だね」
「エダ。〈ベガー〉の意味がわかるのか?」
「え? あれでしょ、ほら。冥界っていうの? 地獄の門を守る番犬」
「ほう」
では、〈ベガー〉とは、〈地獄の番犬〉という意味なのだ。
レカンがエールから蒸留酒に飲み物を切り替えたころ、扉を乱暴に開けて店に入ってきた男がいる。
「魔獣が消えたぞー! 主が倒されたんだ!」
一瞬、店がしいんと静まりかえった。
「どこのパーティーが主を倒したんだい?」
〈ベガー〉の魔法使いらしい女が訊いた。
「あんたたちはここにいるし、〈闇の星座〉も今朝迷宮から上がってきたところだから」
「〈尖った岩〉だね! あいつら何度目の踏破だい?」
「さ、さあ」
「三度目じゃなかったかな」
つるつるの頭をした〈ベガー〉の冒険者の男が言った。
コズウォルが大きな笑い声を上げた。
「はあっはっはっはっ。無理しやがったな。女王の毒液の注文でも入ったかな? まあ、ということは」
持っていたジョッキの中身を飲み干し、続きを言った。
「今日は飲みつぶれていいってこった! もう一杯!」
「はいよ!」
給仕が愛想よく答えた。
「おい、レカン!」
コズウォルが話しかけてきたので、レカンは振り向いた。
「なんだ」
「聞いたろう! 迷宮は閉店だ! せっかくこの町に来たのに、あいにくだったな! これから五日間はこいつの時間だ」
空のジョッキを振り回してそう言う。
ということは、この迷宮では、主を倒したあとの休眠期間は五日なのだ。五日たてば魔獣が戻ってくる。
それではヴォーカに帰っている間はない。
4
〈ベガー〉の六人は、たがが外れたようによく飲み、よく騒いだ。
レカンは懐かしい気持ちに包まれていた。
迷宮で命を張る暮らしのあとは、大いに飲んで騒ぐ。
それが冒険者だ。
もとの世界だろうが、こちらの世界だろうが、そこにちがいはない。
そのうち、〈ベガー〉の連中はけんかを始めてしまった。
皿やらジョッキやらが飛んでくる。
だが、レカンは気にせず、食い、飲んだ。
こんなにくつろぐ楽しい時間は久しぶりだった。
後ろのけんかはすさまじいものになっている。
アリオスとエダは驚いた顔をしたが、レカンが平然としているので、二人もこの素晴らしい料理を堪能することに決めたようだ。
酒の壺が飛んできた。
そのままにしておくと、レカンのテーブルの料理を台なしにしそうだったので、レカンは振り向きもせず、左手で酒の壺を受け止めた。
少し酒のしぶきが散って、レカンの目の前の皿に降りかかった。
レカンはにやりとした。
料理に隠し味がついたのが楽しかったのだ。
すらっとした男がこちらをみているのを〈立体知覚〉でとらえたので、そちらに壺を投げ返してやった。
すらっとした男はうまく壺を受け止め、レカンの背中に手を振って、その壺をコズウォルの頭にたたき付けた。盛大にしぶきが散った。
高笑いする、すらっとした男の横面を、盗賊風の男が殴りつけた。
「レカン、楽しそうだね」
「うん? そうか?」
「どうしてこんないい店にほかに客がいないんだろうと思ってたんですが、理由がわかりました」
「ほう? どうしてだ?」
「どうしてって。あんな人たちのそばで、落ち着いて食事なんかできないでしょう?」
飛んできた皿をひょいとかわして、アリオスは言葉を続けた。
「というか、普通の人間だと、身が危険です」
今日は仲間同士でけんかしているが、ほかの人間がいたら、そいつがけんかを売られるかもしれない。そんなことになれば命が危ない。
「それにしても、店の人もとめようとしませんね」
「アリオス」
「はい」
「迷宮に潜る冒険者は、命を削って稼いでる」
「はい」
「命のあるまま迷宮を出られたら、少しぐらいはめをはずすものだ」
「なるほど」
「この店は、建物は立派なのに、ドアやテーブルは安物だろう?」
「そういえばそうですね」
「壊されるのも商売のうちだ」
「はは。そういう世界なんですね」
ボウドと一緒に迷宮探索をして上がったときには、よく騒いだものだ。ボウドと殴り合いになり、店を破壊し尽くし、建物まで壊してしまい、迷宮での稼ぎをごっそり持っていかれたこともあった。
(あれは楽しかったなあ)
レカンはにやりと笑いながら蒸留酒をぐいっとあおった。
もしかしたら冒険者は、生きていることを実感するため、迷宮に潜るのかもしれない。
死と隣り合わせの時間が過ぎ、生きたまま迷宮を出て酒を飲み干したときほど、自分が生きていることを強く感じることはない。
そんなときに食う料理の、なんとうまいことか。
飲む酒の、なんとうまいことか。
何日後かあとに飲める酒のうまさを想像しながら目の前の酒を飲み干した。
「もう一瓶、この酒を頼む」
飛んできたテーブルの破片を、鞘に収めたままの剣で打ち落としながら、レカンは酒の追加を注文した。
新しい酒が届いたちょうどそのとき、すらっとした男とつるりとした頭の男に蹴り出されて、コズウォルが入り口のドアを破壊して店の外に飛び出した。そしてすぐに、残ってぶらぶら揺れているドアの残骸を引きちぎりながら、コズウォルがなかに飛び込んできた。
レカンは、瓶から直接、ぐびりと酒を飲んだ。
芳潤で濃厚な香りが鼻孔に満ち、喉が焼けた。
ドアのなくなった入り口から吹いてくる風が心地よかった。
「いい夜だ」