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翌日、施療所に行ったとき、レカンは副神殿長との話を伝えた。
「それは知らなかった。そういえば、こちらでも最近妙なことになりかかっていてね」
「ほう」
「今まで診たことのない遠方の患者が施療所に来るようになってきている」
「ふむ?」
「往診の申し込みも、ずいぶん遠くから来ている。お金持ちの住んでいる地区が多いね」
「商売繁盛、と喜んではいられない事情がありそうだな」
「そうなんだ。その患者たちのなかには、明らかに今まで他の施療師にかかっていた人もいる。いや、気づかなかっただけで、すでに他の施療師の患者を、だいぶ取っているかもしれない」
「患者には施療師を選ぶ権利があるだろう」
「レカン。君は今、この町に、何か所施療所があるか、知っているかい」
「いや、知らん」
「神殿の施療院を除いて、施療所は八か所だ。いずれも施療師は一人か多くて二人。規模は小さい。貴族家の専属のようになっている〈回復〉使いは除いての話だ」
「そうか」
「では君は、この町に何か所の施療所があるのが適正だと思うね?」
「まったくわからん」
「私は、現在のような受診態勢であれば二十か所が適正だと思う」
「ほう」
「ただし、もっと人は施療所にかかるべきだと思う。特に幼児はね。それを踏まえていえば、五十か所は施療所が欲しい。いいかげんな概算だが、私の考えとしてはそういうことだ」
「いくらなんでもそれは多すぎるような気がするが」
「もっと距離的にも気持ちのうえでも、施療所が身近になって、ちょっとした体調不調でも施療師に相談するようになれば、病気はもっともっと減るはずなんだ」
「なるほど。考え方としては理解できる」
「もし、施療院を除いてこの町に施療所がここ一つなんてことになったら、レカンとエダが専属になってくれたとしても、とうてい町の病人全部を診ることはできないし、遠方の人は来るだけで大変だ。私の研究時間もお茶の時間もなくなる。そんなことはごめんこうむりたいね」
レカンは気づいた。
副神殿長は、バズリグが神殿の悪口を言いふらしている、とレカンに教えた。
神殿への悪口を聞いてノーマに反感を覚える人間もいるかもしれない。反感だけではなく、自分の利益を侵されたと考える人間もいるかもしれない。
患者を取られた施療師が、そう悪らつなことをたくらむとも思わないが、悪意はたまる。たまった悪意はほかの悪意と結びついて、ノーマに降りかかる。
それは暴力という形をとるかもしれないし、もっと陰湿で悪質で危険な形をとるかもしれない。いずれにしても、そのすべてに対抗できるような手段を講じることは、レカンにはできない。
「それにしても、神殿の情報網はすごいね。昨日の時点では施療から二日しかたっていないわけだからね。しかもよくそれを教えてくれた。レカン、感謝を伝えておいてくれ」
「わかった。それで、どうする」
「君の〈回復〉を中断しよう。ただし、明日はどうしても行かなければならないところが四か所あるので、それを最後にしよう。〈回復〉の要望があれば、術者が町を離れていると伝えるよ。そして再開の予定はないが、再開するとしたら金貨一枚の料金になる、と伝える」
「いきなり二十倍の値上げか」
「いや。確かに君やエダの〈回復〉で銀貨五枚は安すぎた。患者を奪うために無理をしているとみられてもしかたのない値段だった」
「そうか。明日が最後か」
「これまで君とエダにはお世話になった。ほんとに助かった。そして貴重なデータがとれた。それからね。今後も、何かわからないことができたら、いつでも訪ねてきてくれたまえ」
「こちらこそ、いい勉強をさせてもらった。教えてもらったことは、今後まちがいなく役に立つ」
もちろん、ここで学んだことは、自分やエダの命を救ったり、そのほかの誰かを救うためにも役に立つことがあるだろう。だがそれ以上に、人を効果的に殺す上で役にたつはずだ。
レカンは、自分がそんなふうに考えていることを、この聡明な研究者は気づいているだろうか、と思った。
19
翌日はノーマとともに往診に行った。四件しかなかったが、いずれも遠方だったので時間はかかった。
四軒の往診先のどこでも、次の〈回復〉の予約を取りたがった。だがノーマはそれを断り、次回の予定はないし、もし次回があったとしたら金貨一枚になると告げた。その宣言は、いずれも不満そうな反応に迎えられた。だが、それでよいのだろう。
いったん診療所に帰り、レカンは〈回復〉の使い方について、ノーマからあれこれ指導を受けた。
それが終わって帰ろうとするとき、ノーマは言いにくそうにレカンに言った。
「レカン。ゼプスさんのことだけどね」
「うん?」
一瞬、レカンは、ゼプスとは誰だったかなと考えた。
ゼプスはプラド・ゴンクールの孫であり、ノーマからいえば従兄弟にあたる。
そして数日前に、レカンが首を刎ねた人物である。
「私自身、あの人と一緒にいて、愉快な思いをしたことはない。けれどね」
ノーマは、そのきりりとした顔を悲しそうにゆがめた。
「彼は彼なりに、祖父であるプラドさんのことを愛していた。本当に心配し、気づかっていたんだ」
だからといって、エダをさらって奴隷のように使役していいとはいえない。
それでもレカンは、ゼプスをかばおうとするノーマの気持ちを否定したいとは思わなかった。
「わかった」
施療所を去るとき、ノーマとジンガーが並んでみおくってくれた。
そのあと、シーラの家に行き、〈雷撃〉を体の周りに発生させることに成功した。
あとは実戦で使いながら習熟し、使い方を工夫するようにと言われた。
その翌日と翌々日、連続で孤児院に行った。
二日目にはくたくただった。
とどめに副神殿長が、レカンが来るのは今日で最後だとばらしたので、こどもたちは泣いてレカンにすがった。
あやうく、また来るからと約束させられるところだった。
とにもかくにも、これで九日の奉仕は終わった。終わったのだ。
次の日は、食事以外一日寝た。
翌日、アリオスがレカンに言った。
「エダさんは、防御の型を三つ覚えました。まだじゅうぶん使いこなせるという段階ではありませんが、ここからは実戦で磨くべきです」
同じ日の午後、シーラがこう言った。
「エダちゃんも、安定して〈睡眠〉を飛ばせるようになったねえ。使いこなせるようになると、これはけっこう使い勝手のいい魔法なんだよ。あとは現場でがんがん使っていくこったね」
そこでその翌日を買い物と休養にあて、五の月二十日、レカンとエダとアリオスは、ニーナエ迷宮に向かって出発した。シーラからは、遅くとも六の月三十日には帰るよういわれての出発だった。
「第14話 押しかけ弟子」完/次回「第15話 女騎士ヘレス」