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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第14話 押しかけ弟子
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 翌日は施療所での仕事が早めに終わったので、シーラを訪ねた。

 シーラによれば、エダは昼までいたという。〈睡眠〉の習得は順調であるようだ。

 このところ、シーラはいつも在宅だ。地下室であやしげな研究でもしているのだろう。

 レカンはこの日、ついに〈雷撃〉を発動することができた。だが、体の周囲に発生させるという感覚はつかめなかった。

 シーラの家の庭で練習するため、威力は極限まで抑えなければならない。そのため逆に発動がむずかしくなっているのだ。だが、シーラに言わせれば、それでこそ正しい制御が学べるという。

 その次の日は、施療所を休んでいいと言われていたので、孤児院に行った。四日目の奉仕である。

 最初の喧噪をしのぎ、休憩となったとき、神官見習いの老女に訊いた。

「アーチーとシリマがいないな」

「アーチーは桶屋に、シリマはパーツ村の農家に、それぞれ働きに出たんですよ。十五歳になる前に働き先がみつかって、本当によかったこと」

「そうか」

「あの子たち、レカンさんによろしくって言ってましたよ」

「そうか」

「もう一回レカンさんに肩車してほしかったって」

「そうか」

「はいはい。元気を出してくださいね」

「オレは元気だ」

「はいはい。寂しがることじゃありませんよ。喜んであげることですよ」

「オレは寂しがってなどいない」

「はいはい」

「話を聞け」

 この日レカンは、蔦と柔らかな木の葉を使った大きなボールを用意してきて、地面に落ちないよう、それを投げ合う遊びをさせた。最後にはボールがばらばらになってしまったので、代わりのボールを次回持ってくることを約束させられてしまった。


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 翌日は施療所に行き、その翌日は孤児院に行き、さらにその翌日は午前中施療所に行き、午後にはシーラの家に行った。このときはエダが来ていて、レカンは、〈睡眠〉の実験台になった。もうエダは、手をふれていれば確実に〈睡眠〉を成功させられるようになっていた。最後の一回は、銀の指輪をはずすようシーラに言われたが、その状態でエダに〈睡眠〉をかけられると完全に意識を失ってしまった。

「目が覚めたかい、レカン」

「覚めた。だがちょっと奇妙な目覚め方だったような気がする」

「エダちゃんに目覚めさせてもらったんだよ」

「なに? エダが〈睡眠〉をかけてオレを眠らせ、その眠らせたオレをエダが起こしたというのか?」

 起こすといっても、状態異常の状態にあるレカンを、どうやって起こすというのか。

「これはちょっとした秘伝なんだけどね。精神系魔法を何か一つきちんと習得した人間にはね、精神系魔法にかかった者の状態異常を解除する裏技があるのさ」

「ほう」

「もちろん、エダちゃんが精神系魔法に耐性ができたといっても、それを超える強さや巧みさで魔法をかけてくる相手には通用しない。状態異常を解除できるといっても、状態異常が強ければ成功しない。とはいえエダちゃんの魔力量からすれば、だいたいの相手には効き目があるはずさ」

「なるほど」

 レカンには状態異常に対抗できる装備があるが、そうでない仲間には心強い。たちまちアリオスの役に立つだろうし、将来的にもパーティーが組みやすくなる。

「今は、ほかの精神系魔法を覚えるより、〈睡眠〉をさらに習熟するのがいいね。離れたところからでもかけられるようになれば、魔獣にも使える。深い階層の魔獣でも、精神抵抗のないやつはいっぱいいるからね」

 だとすると、かなり強力な戦力になり得る。これはうれしい誤算だ。


17


 翌日は一日往診で、そのあと二日続けて孤児院に行った。二日目の昼過ぎ、副神殿長に、物陰に呼び出された。

「レカンさん。神像の建築費の見積が出たわ。金貨三枚よ」

 レカンはその場で金貨三枚を支払った。

 レカンには建築物の値段などわからない。

 しかしあれだけの像の建築費が金貨三枚というのは安い気がした。もしかしたら、建築費の全額ではないのかもしれない。

 副神殿長は、大げさに聖印を切ってレカンを祝福し、ところで、と言葉を続けた。

「レカンさん、あなたバズリグさんに〈回復〉をかけたわね?」

「ああ」

 それは一昨日往診したなかの一人だ。

「あのかたはね、長年定期的に神殿の施療を受けていたの。もちろん〈回復〉もね」

「そうか」

 そんなことは知ったことではない。

「おかげで、体の具合は、あまり悪くはならなかったわ。でも、痛みはずっと続いていた」

「そのようだな」

「ところが、あなたの〈回復〉を受けて、劇的に症状がやわらいだそうでね」

「ああ」

「バズリグさんの病は完治したのかしら?」

「いや、そうではないそうだ。ただし、症状が改善されているあいだに、強い薬草を処方するので、以前ほどひどい状態には戻らないだろうと、ノーマ施療師が言っていた」

「それはとてもよいことね。レカンさん、ありがとう」

「金はもらった」

「ところが困ったこともあってね」

「ほう」

「バズリグさんは、レカンさんからたった一回受けた〈回復〉は大きな効果があったのに、神殿で長年受け続けてきた〈回復〉は効き目がなかったことを、不満に思ったようでね」

「そんなことは知らん」

「神殿が価値の低いもので暴利をむさぼっているんじゃないかというようなことを、あちこちで言い回っているのよ」

「人は買った商品に対する感想を、自由に他人に言うことができる」

「まあ、驚いた。あなたは法学者なの?」

「いや。以前いた国に、そんな決まりがあった」

「そうなの。でもそれが単なる感想でなく、悪口であったとしても、その法は適用されるのかしら」

「当事者がそう感じたのなら、それは感想だ」

「ここに果物屋がいて、イェルコンテの実を銅貨二枚で売っているとするわ。その近くで別の果物屋がイェルコンテの実を銅貨一枚で売ったら、どうなるかしら」

「最初の果物屋のイェルコンテの実は売れないだろうな」

「そうね。売れ残って腐ってしまう。そうすれば大損となり、借金もできてしまうかもしれないわね」

「最初の果物屋も、銅貨一枚で売ればいい」

「そこよ、レカンさん。果物を仕入れるにも、仕入れ値段や手間賃というものがあるの。荷馬車の代金も、馬のえさ代も稼がなくてはならないし。銅貨二枚という値段には、理由があるのよ」

「オレたちは、銀貨五枚で〈回復〉をかけた。つまり、神殿の〈回復〉の値段に合わせた。今の話でいえば、オレたちも銅貨二枚でイェルコンテの実を売ったんだ。何の問題がある?」

「それはちがうわ。あなたの〈回復〉は、神殿では金貨一枚あるいは二枚の献金に対して贈られる祝福と同じか、あるいはそれ以上のクラスの〈回復〉よ。魔力量も多いみたいね。値段は同じとはいえないわ」

「〈回復〉は売れ残っても腐らんだろう」

「神殿では、〈回復〉で得た浄財で、薬草を買って、貧しい人たちの施療にあてるの。本当に貧しい人からはお金は取らないのよ。入院から死ぬまでのお世話をすることもある。それに孤児院の経費も、そこから出ている。貧しい人への食べ物の施しも、夫を亡くした妻と子へ住居やお仕事を斡旋する事業の事業費も同じよ。〈回復〉が売れ残ると、ここのこどもたちのスープから具が消えるのよ」

 その言い方は卑怯だとレカンは思った。

 だが、副神殿長の言葉に事実も含まれていることは疑えない。

 それにたぶん、一番大きな問題は、神殿の権威に傷がつくということなのに、副神殿長は、そのことは言わなかった。

 なんとかレカンの心に響くように話をしようと努力してくれている。そのことに気づかないレカンでもなかった。

「オレにどうしろというんだ」

「それはノーマさんと相談してちょうだい。あなたとあの人なら、正しい道をみつけてくれると信じています。こんな話をしなくてはならないなんて、残念だわ。許してちょうだいね、レカン」

「ならば、孤児院奉仕の回数を減らしてくれ」

「それはだめ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 満を持して元旦から二周目を読んでおります。主要人物がこんなに早くに出てきていた事に驚いた。名作は寝かせて読むに限る。 [気になる点] 「たちまち」の使い方が備後弁っぽいですね。「すぐに」で…
[一言] 子どもの名前をちゃんと覚えていたレカンの姿に、なんとも言えない暖かさを感じます。
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