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その日は施療所での診療だった。
やはり大勢の患者が来た。
驚いたことに、五人の人が〈回復〉を希望した。
レカンが短期でここからいなくなるという噂が広がり、今のうちにと決断する人が多かったようだ。
ほとんどの場合、即金では銀貨五枚が払えない人たちだ。レカンの〈回復〉に、借金するだけの価値があると認めたのだ。
だからといって、レカンは格別気負うこともない。ただ、たんたんとノーマの指示にしたがい、〈回復〉をかけた。
レカンは、魔力をまとわせた杖で患者の体を診察することに、強い興味を感じていた。わからないことがあると、ノーマに訊いた。たいていはすぐにその場で答えてくれた。その場で答えなくても、あとで教えてくれた。あとで教えてくれるのは、患者に聞かせてはまずい内容のことが多かった。
「このぶんなら、あと数日で、私の力では治せない患者の大方の治療にめどが立ちそうだよ」
ノーマも喜んでいるようだ。
レカンも大いに喜んでいる。今学んでいることは、必ず役に立つように思われた。ただし、人を助ける役に立つのではなく、自分の危機を救う役に立つのであり、対人戦の役に立つという意味だが。
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「エダ。どうしてこの男が家にいるんだ」
「え? だって、アリオス君、レカンに弟子入りしたいっていうのに、レカンが返事しないから。あたいが勝手に判断しちゃいけないでしょ。だから、お掃除と晩ご飯の支度を手伝ってもらってたんだよ」
「お前、オレがこいつの剣を蹴り飛ばしたのをみていただろう」
「うん。あれみたとき、ひどいことするなって思った。でも、アリオス君は感心してた。それを聞いてあたいも、へえ、そうだったんだって、感心した」
「感心? 何にどう感心したんだ?」
「レカン殿。まことに不覚でした」
「不覚?」
「私は、自分のこれまでの殻をやぶって、もののふとして成長したいと思い、あなたの門をたたいた。それなのに、捧げた剣を蹴り飛ばされた瞬間、驚いてしまって、どう反応していいかわからなかった」
「それが普通だ」
「それがあなたの教えだったと気づいたのは、外の扉が閉まる音がしたときでした」
「なに?」
「戦いのなかでは、想像もしていない事態が起こるものなのです。あなたはそれを教えてくださったのですね」
こいつめんどくさいやつだな、とレカンは思ったが、この理屈は使える、とすぐに気づいた。
「あれは試験だ。お前は不合格だ。帰れ」
「え」
「え」
なぜか一緒になってエダが驚いている。
「れ、レカン。いくらなんでも、それは冷たいんじゃないかな?」
「お前に何の関係がある?」
「う、うん。だって、あたいも、レカンがノーマさんのとこに行ってるあいだ、日中時間が空いちゃうし」
「シーラのところに行くんじゃないのか」
「あ、今日も行ったよ。魔法、もうすぐ発動できそうだって」
「それはよかった」
「でも、毎日丸一日行くわけにもいかないでしょ。迷惑だし」
迷惑という言葉をエダから聞いて、レカンはちょっと感動した。
そして、ふと思いついた。
「アリオス、だったな」
「はい」
「お前、ダガーが使えるか?」
「ダガーは戦いでは使ったことがありません。小太刀なら使えますが」
「コダチ?」
「ショートソードです」
エダのメイン武器は弓だとして、サブ武器がいる。
ダガーを装備させるつもりだった。
ダガーは取り回しが抜群によく、切れ味もすぐれており、貫通力もある。
短剣類のなかでは肉厚だから折れにくく、刃筋もそれにくい。
魔獣のとどめを刺すのにも使えるし、皮剥などの作業にもいい。
弓使いが近接戦用にダガーを装備するのは、レカンがもといた世界では常道だった。
ダガーに比べると、ショートソードの使い道は狭い。武器としても中途半端な感じはする。
だが、アリオスが使えるというなら、かなり使えるのだ。
レカンはダガーが使えるが、自己流の力任せな使い方であって、とてもエダに教えられるようなものではない。どうしたらいいかと思っていたが、アリオスがショートソードなら使えるというのなら、アリオスにショートソードを教えてもらえばいい。
「よし。アリオス。新たな試験をする」
「はい」
「オレはまだ四、五日用事がある。そのあいだに、エダにショートソードを教えてみろ」
「四、五日でですか?」
「基礎を教えるなら、それでじゅうぶんだろう」
「そうしろとおっしゃるなら、やってみます」
「その結果をみて、弟子入りを許すかどうか決める」
「はい。わかりました」
もちろん、結果の判定は不合格に決まっている。レカンは、エダをのぞいて、弟子などという面倒なものを抱え込む気はなかったし、どうやって教えていいか、見当もつかなかった。
食卓につこうとしたレカンに、アリオスは声をかけた。
「師匠」
「まだ師匠ではない。何だ?」
「私のショートソードの腕はみていただかなくていいんですか?」
やわらかな表情でレカンをみあげるアリオスだが、その目の奥には強い光がある。
レカンは、かすかな笑いを口の端に浮かべた。
「みてやろう」