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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第14話 押しかけ弟子
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9


 朝食のあと、エダが言った。

「あたい、今日はシーラさんのところに行こうと思う」

「ああ。それがいいだろう」

 エダは精神系魔法に才能があるらしい。有効に使用できるほどのものになるかどうかはわからないが、精神系魔法を何か一つでも習得すると、精神系魔法全般に抵抗がつくらしい。しかもその抵抗の強さは、魔力量によっても底上げされるという。だから、エダがシーラのところで魔法の練習をするのは、大いによいことである。

 レカンには、気になることがあった。

(玄関の前に誰かがいる)

 玄関の外側で、一人の人間がさきほどからじっとしている。魔力を持った人間だ。

 レカンかエダに用事があるなら、玄関の外から声をかけそうなものだが、それをしない。

 いったい誰が、何のために、そこにいるのか。

 レカンは家を出て小さな庭に出た。

 家の周りはレカンの身長より高い塀でおおわれているので、ここから相手の姿はみえない。

(むっ)

 しかしレカンは察知した。

 玄関前の人物は、ただ者でない。

 かなりの腕だ。

 もちろん、この場合の腕とは戦士としての力量のことであり、魔法使いとしての力量ではない。レカンには人の魔力量はわかっても、魔法の腕などわからない。

「〈浮遊〉〈移動〉」

 かんぬきを外すと、レカンは無造作に玄関に近づき、扉を開けた。

 扉の横に立っていた若い男が、扉の前に移動して頭を下げた。

「朝からご無礼いたします」

 どこかでみた顔だ。どこでみたのだったか。

「お出かけですか。お急ぎなら、お帰りまでお待ちします」

「待たれても困る。用事があるなら言え」

「よければ家に入れていただけませんか」

 レカンは、相手の腰にある剣をみて、この若い男が誰だったかを思い出した。

「入れ、アリオス」

 剣士アリオスは、一礼して扉のなかに足を踏み入れた。


10


「なんだと?」

「ですから、レカン殿のお弟子の端にお加えいただきたいのです」

「それは聞いた。お前を殺しかけたオレに弟子入りしたいという理由がわからん」

「感服しました」

「なに?」

 何日か前、エダがゴンクール家に誘拐された。レカンはゴンクール家に乗り込み、エダを発見し、当主を問いただそうとした。

 そのとき、当主の部屋の前にいたのが、このアリオスとかいう剣士だ。

 アリオスは、レカンが当主の部屋に入るのを邪魔しようとした。

 レカンはアリオスを斬って捨てた。

 体を真っ二つにするつもりの斬撃だったが、よい装備と、〈命根のしずく〉という恩寵品のおかげで命をとりとめ、エダの〈回復〉によって回復した。

 聞けばアリオスはゴンクール家の家臣ではなく、たまたま逗留していた客人だという。

 そのアリオスが、レカンの何に感服したというのか。

「仲間を助けに単身敵地に乗り込む剛胆さ。たとえ相手が貴族家の当主でも、事の是非を明らかにせねばすまない清廉さ」

 こうして目の前に座っているアリオスをみて、その若さにレカンは驚いていた。前回対峙したとき感じたのは、油断すればこちらが殺されそうな、練達の武人の気配だった。だから、もっと年配のように思っていたのだ。

「私は慢心しておりました。剣においてはいささかの技量があると。しかし、あなたの前では私の剣など、児戯にもひとしかった」

 こうしていても、アリオスには隙がない。やはり一流の剣士だ。

「私があなたの剣の前に倒れたとき、あなたは戦利品として私の剣を手になさった。ところが、私が蘇生するや、その剣をお返しくださったとか。あなたは剣士の誇りをご存じです」

 レカンはめんどくさそうに眉をしかめた。

 実際、面倒だったのである。

「そして何より、あの剣技、闘いぶり。私は自分が増長していたことを知りました。あなたの教えで目が覚めたのです」

「お前の命を救ったのはエダだ。礼ならエダに言え」

 アリオスはエダに向き直った。

「あなたがエダ殿ですね。周りの人たちから聞かされました。奇跡のような〈回復〉だったと。礼を言います」

 深々と頭を下げた。

「いえ、あの。そんな」

 なぜかエダは顔を赤らめて、体をくねくねねじっている。虫にでも刺されてかゆいのだろうか、とレカンは思った。

「しかし私が感服したのはレカン殿です。あなたこそ、私が探し求めた師です」

「お前は、きちんと剣のわざを習っただろう」

「はい」

「剣技では、たぶんお前のほうが上だ。オレが教えられることは何もない」

「あなたは一合も交えることなく、私を倒したではありませんか」

「お前が強そうだから正面から戦うのが面倒だった。だから魔法で痛手を与えて動きをとめ、斬り捨てた。あれは剣の勝負なんかではなかった」

「まさにそこです。あなたは私の技量を瞬時にみきわめ、私が予想もしなかった方法で、私を圧倒なされた。あなたの武芸は、私の武芸より広くしなやかです。私はあなたに学ぶことによって、自分の殻を破りたいのです」

 アリオスは立ち上がり、ぐるっとテーブルを迂回してレカンの前に進んだ。

 左膝を床についてひざまずき、両手で鞘に入った剣を捧げ持ってレカンに差し出し、こうべを垂れた。

(めんどくさいやつだな)

(これは奉剣の儀か)

(この国では弟子入りにこんなことをするのか)

(うっかり剣を手で持ったら弟子入り完了になるかもしれんな)

 かといって、このままで放っておいても、ひょっとしてそれで弟子入りが成立してしまうかもしれない。どうしたらいいのか訊こうにも、エダにはそんな知識はないだろう。

 レカンは、どうまちがっても剣を受け取ったと解釈できないことをした。

 アリオスが捧げ持つ剣を、蹴り飛ばしたのである。

 剣は壁に当たり、やかましい音を立てて地に落ちた。

 アリオスは呆然としている。

「こらー! レカン、あんた、なんてことすんのよっ!」

 エダの怒る声を背中に聞きながら。レカンは家を出た。

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― 新着の感想 ―
>レカンは、相手の腰にある剣をみて、この若い男が誰だったかを思い出した。 剣で人を識別するレカンw >なぜかエダは顔を赤らめて、体をくねくねねじっている。虫にでも刺されてかゆいのだろうか、とレカン…
圧倒なされたとは言ってますがいきなり表われた百本にも及ぶ<火矢>の大体を躱せてた時点でアリオスも相当腕利きにはこの頃から示されてますよね <炎槍>みたいな単発の火力勝負の魔法なら躱しきれてそう
[良い点] この場面は映像化されて欲しいくらいですねw
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