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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第14話 押しかけ弟子
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6


「うーん。固定化されてるね」

「固定化?」

「うん。レカンのこの左目は、レカンの正しい状態として固定化されている。〈書き換え〉とはちがうね。もっと高度に魔法的な何かが、左目の状態を固定化している。それが何なのか、残念ながら今の私には見当がつかない」

 もしかしたら、上級魔法薬のせいかもしれない、とレカンは思った。

 もとの世界での上級魔法薬は、レカンも作ろうとして手も足も出なかったほど、作り方がむずかしい。手間暇もかかるし材料も高い。当然、一個が目の玉の飛び出るような値段である。

 今は手持ちが四個となってしまった上級魔法薬だが、もとの世界でこれを使ったことが三度ある。その三度が、固定化とやらをもたらしてしまったのではないだろうか。

 そう思ってもみたが、確認のしようもない。手持ちの上級魔法薬をノーマに渡せば手がかりがつかめるかもしれないが、そんなことのために四個を三個に減らすつもりはなかった。

 そもそもレカンは研究者ではない。エダの〈回復〉も〈浄化〉も、大赤ポーションも上級魔法薬も、この左目は治せない、ということがわかればじゅうぶんなのである。治らない理由など、知ったからといってどういうこともない。

「固定化とやらが起きていると、〈神薬〉でもこの左目は治らないのだろうか」

「いや、たぶん治ると思う。父も〈神薬〉の効き目については、いろいろ資料を集めていたからね。そこから考えれば治るだろうと思う。ただ、父も私も〈神薬〉の実物をみて研究したわけじゃないから、確実なことはいえない」

「なるほど、それと、こういう傷の場合、〈回復〉と〈浄化〉と、どちらが効き目が高いものなのだ?」

「それは原因によるんだよ。単なる傷であれば〈回復〉のほうが効く。毒や呪いのからんだ傷なら〈浄化〉のほうが効く。そういうものさ」

「了解した」

「ノーマ様。迎えの馬車が来ました」

「わかった。さあ、レカン、エダ。今日は一日往診だ」


7


 この日の往診先は六件だった。

 どういう交渉をしたのかしらないが、最初の往診先が迎えにきてくれて、施療のあと次の往診先に送ってくれた。

 いずれも金持ちの家だ。

 行ってもすぐに診察とはならない。

 お茶が出たり、待たされたりする。

 その間、ノーマは二人に人体の構造と機能について講義を行った。

 診察をしたあと、ノーマが詳しく所見を述べ、レカンかエダのどちらかを指名して〈回復〉をかけさせる。もちろん、どのようにかけるのかを、詳しく説明してのことだ。

 施療が終わったあとも、たいていすぐには帰れない。

 まず、〈回復〉の効果に本人が喜んで、いろいろ話し始める。そのあと、家族や使用人のおもだった者が、病状と回復の見込みについて聞きたがる。

 そんなようすだから、往診が終わるころには日がどっぷりくれていた。

 六件のうち五件は老人で、一件は幼児だった。

 ベッドに寝て苦しむ幼児をみたとたん、エダは駆け寄っていた。

「先生! この子には、あたいに〈回復〉をかけさせてください」

 そうエダは望んだが、ノーマはレカンを指名した。

 エダは残念がったが、文句は言わなかった。

(あれは〈浄化〉が発動してしまうことを心配したんだろうな)

 実のところ、レカン自身も同じ心配をしていた。

 それにしても、ノーマのもとでの診察は、本当に勉強になる。

 最初に驚かされたのは、骨の構造だ。

 骨は人間の基本構造であり、体や指の動きというのは、すべて骨の動きなのだ。つまり、戦いをするためには、骨が十全に働きをできなくてはならない。その仕組みと治し方を、レカンは学んでいる。

 次に感心したのは、息を吸ったりはいたりすることであり、物を食べて体を養うことであり、臓腑の持つさまざまな働きだ。

 こうしたことのすべてが、戦闘力を保持するために何が優先され、まずはどこをどう治療したらいいかを教えてくれる。

 レカンはこれまで、どんな学問も学んだことはない。

 ノーマの教えは、レカンが生まれてはじめて得た体系的な知識だったといえる。

 この日、帰りがけに夕食の食材を買った。家に入ろうとする直前、隣人の中年婦人とばったり会った。エダはそのまま婦人と話し込み、レカンは先に家に入った。

 ちびりちびりと強い酒をなめていると、エダが帰ってきた。

「左側の家、空き家だったけど、誰かが引っ越してくるらしいよ」

「そうか」

 そんなことに、何の興味もなかった。


8


 翌日は施療所での施療だった。一昨日ほど多くの人が詰めかけてはいないが、それでも普段からいえば大勢の人が来ているらしい。

 この日は、問診のあと、エダとレカンの意見を訊いてきた。

 レカンは、どこどこの臓腑にこういう問題があるとか、どこそこの骨に負担が掛かっているからだ、などと答え、おおむねノーマから合格をもらえたのだが、エダの意見はひどかった。

 咳が出るといえば、口に問題があるといい、指先が冷えるといえば、指先の問題だという。要するに、病因と病根について、これまで教えられたことが、まったく身についていない。

 したがって、そのあとノーマが、この患者にはどんな薬草を処方すればいいかと訊いたときも、ひどく頓珍漢な答えを返していた。

 さらにその翌日は往診だった。今度は、暮らしぶりの豊かでない人ばかりを回った。数えていなかったが、二十軒前後を回ったはずだ。そのすべてが〈回復〉を希望しているのだという。長患いや大病をしている親や妻や夫や子のため、なけなしの金をはたいて依頼しているのだろう。

 一度、エダが青色の光を生み出してしまったので、レカンは術を中断させ、自分が代わって〈回復〉をかけた。どうもエダは油断すると〈回復〉の呪文で〈浄化〉を発動してしまうようだ。

 その日、施療所に帰ってから、ノーマは二人にこう言った。

「そう長い日数ではなかったけれども、ここまでにレカンは、驚くほど長足の進歩を遂げている。こと〈回復〉の使い方についてだけなら、もう君は中堅の施療師に匹敵するよ」

「あんたのおかげだ」

「そしてエダ」

「はい」

「君は病気の原因や、人間の体の構造と機能について、ほとんど私から学ばなかった」

「……はい」

「だが君は、〈回復〉をかける前に、患者の体を調べる方法を学んだ」

「はい!」

「それを君は、非常に効果的に実践している。実際、君の〈回復〉の使い方は天才的で、常にその患者に最も適切と思われるやり方を、直感的に選択している。君の〈回復〉は、熟練した施療師でも及ばないものだよ」

「は、はい」

「今日君が〈浄化〉を発動しかけた患者は、〈浄化〉でなければうまく治療できない症状だった。だから君は、無意識のうちに〈浄化〉を発動してしまったんだ」

「そう、だったんですか」

「エダ」

「はい」

「君は卒業だ」

「えっ?」

「正直、君に教えることは、もうない」

「よかったな、おめでとう、エダ」

「えっ? えっ?」

「オレはまだ来てもいいのか?」

「うん。君にはまだ学ぶべきことがある。もうしばらく通ってもらおうと思う」

「よろしく頼む。では、今日はこれで帰る」

 レカンとエダは家に帰った。

 夕食の材料は途中で買った。

「あ、レカン、左隣の家に人が入ったみたいだよ。あかりがともってる」

「ほう。そのようだな」

 誰が隣に引っ越してこようがくまいが、何の関係もないことだ。

 この夜、レカンはそう思っていた。

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