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施療が始まった。
ノーマは、杖に魔力をまとわせることもなく、たんたんと病人たちの診察をして、どこがどう悪いのか、どんな治療が必要なのかを、レカンとエダに説明した。そして、どの薬草をどの状態でどの程度の量準備するかを告げた。
レカンとエダは、交代交代で、指示された薬草を小皿に入れてノーマにみせた。
「これでいい」
ノーマの確認を経て、その薬草を調合し、あるときはそのままシナンジャの葉に包み、あるときは水で練り合わせ、あるときには湯で煎じて薬湯を作った。
一番多いのは、乾燥させた薬草を、指示された分量、指示された封数、シナンジャの葉に包むことだった。
ジンガーは、施療室への出入りを管理した。つまり、次に施療室に入る人間を指名し、出ていく人間を案内し、かつ施療費がいくらになるか告げた。
ノーマが診察を終え、レカンかエダに薬草の調合を指示すると、その患者は待合室に戻され、次の患者の診察が始まる。
びっくりするほどの手際のよさで患者たちはさばかれてゆき、昼食時間は短かったものの、夕方が来る前に、すべての診察が終わった。病人がほとんどであり、怪我人は少なかった。怪我人も、怪我をしてすぐの者はなく、怪我がもとで体の一部が腐ったり、うまく動かなくなった者が施療を受けに来た。
なかには〈回復〉をかけてほしいと言う者もあったが、料金を聞いて諦めた。
そんななかで一人だけ、〈回復〉を願い出た者がある。木工職人の男だった。事故で右手を怪我して以来、第二関節が奇妙な具合に固まってしまい。物を持ち上げたり細かな作業をすることができなくなったため、賃金を下げられてしまったのだという。
ノーマは、症状と原因と治療法につき、細かな説明を行った。できるだけ一度の〈回復〉で成果を挙げるためだろう。レカンが、ゆっくり時間をかけて〈回復〉をほどこすと、男の腕は正常な角度に戻り、指も自然に動くようになった。
帰り際に男が何度も何度も礼を言い、施療の効果の高さに感激しているのを聞いて、待合室にいた何人かが、財布のなかをのぞき込んでいた。
翌日も朝から来ることを約束して、レカンとエダは、施療所をあとにし、シーラの家に向かった。
「あんた、昨日、貴族の家で、やらかしたね」
それがシーラの第一声だった。
ここからゴンクール家まで三千歩はある。感知されたとすると、おそらく〈炎槍〉だろうが、あんな遠くで突然起こった魔法の発動を、この老婆は感知してのけ、しかもそれがレカンのしわざだとみぬいたのだ。
レカンは事の顛末を説明した。
ジンガーと決闘したことを口にしたとき、隣に座るエダが、目をむいて驚いた。
「で、でも、ジンガーさん。今日も、いつも通りだったよ? いつも通りレカンにお茶を淹れてくれたし」
「ああ」
説明するのが面倒だったので、レカンは短く答えた。代わって説明したのはシーラである。
「エダちゃん。それがジンガーのあいさつだったんだよ」
「え?」
「これからも前の通りにさせてもらいます、あなたには含むところはありません、これからも前の通りにお願いします。ジンガーは、レカンにそう伝えたんだよ。侯爵家には帰らず、これからもノーマのそばにいます、とね」
「あ、そうだったんですね。そうかあ。いつも通りなのがメッセージだったんだ」
「こら、レカン」
「うん?」
「面倒くさがってるんじゃないよ。ちゃんとエダちゃんに説明おし。あんた、半年間は、エダちゃんに物の是非を教えてあげるんじゃなかったのかい」
「そうだったな。すまん」
「まったくもう」
それから、レカンとエダは、シーラに魔法の手ほどきを受けた。
レカンは〈雷撃〉の練習だ。最後のほうには、小さな火花が散るようになった。
エダは、〈睡眠〉の練習だ。まったく発動できなかったが、シーラによれば発動のきざしがあるという。
「よかったねえ。精神系魔法が一つでも覚えられると、精神系魔法に抵抗がつく。ニーナエの魔獣には精神系魔法を使ってくるやつがいるから、あたしはちょっと心配してたのさね」
「あ、あの。シーラさん」
「何だい?」
「レカンは精神系魔法に適性がないんですよね?」
「ないね」
「じゃあ、レカンは迷宮に潜れないんですか?」
「だいじょうぶだよ。レカンには精神系魔法に抵抗する方法がある」
「レカン、ほんとなの?」
「ああ」
短く答えたあとで、少し説明をしたほうがいいかと思い直した。
「この銀の指輪をはめていると、状態異常が解消される。精神系魔法にかからないというわけではないが、精神系魔法によって引き起こされる睡眠も麻痺も硬直もただちに消えるんだ」
この指輪のいいところは、常に効果が発動していることである。
精神系魔法を無効にするタイプの装備だと、相手の魔法の威力が装備の効果を上回る場合には防げない。そうでない場合にも、低い確率で魔法が効いてしまうことがある。
ところが、この指輪は、起きてしまった状態異常を解除する。ある瞬間には解除できなくても、次の瞬間には解除できる。この指輪をはめているかぎり、状態異常にかかりっぱなしということはないのである。
「あ、そういえば、神殿で神官さんが使ってた魔法、レカンは平気だったね。神官さんが、どうしてだ、ってあわててたもんね」
そういえば、あのときシーラは、その指輪をはめて行けと言った。
(シーラにこの指輪のことを話したことがあったか?)
記憶がはっきりしないが、話したことはなかったような気がする。それでもシーラはこの指輪の機能を知っていた。
こっそり〈鑑定〉したのかもしれないが、この指輪はもとの世界から持ち込んだものだから、シーラの〈鑑定〉は通らないはずだ。
(〈解析〉とかいう魔法かもしれんな)
いずれにしても、近くにいるだけでこちらの情報が丸裸にされているというのは、あまり居心地のよいものではない。これはシーラに対する信頼うんぬんの問題ではなく、レカンの本能的な感覚だ。
(やがてはシーラの裏をかけるような手立てもみつけないとな)
にこやかな顔でジェリコをなでているシーラをみながら、レカンはそう思った。