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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第13話 誘拐
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「受けてやろう」

 レカンの言葉を受けて、ジンガーが剣を抜いた。

 重く、長く、幅広で、厚みもある剣だ。

 非常なわざものだと察せられた。

 左手を突き出して呪文を唱えた。

「〈展開(パシュート)〉」

 たちまち、ジンガーの左手には、文様の刻まれた上等そうな盾が現れた。

 手甲が盾に変じたのである。

 魔力は放出していなかったので、魔力なしで発動する機能が盾に仕込まれているのだろう。

「ほう」

 これはなかなか面白い武具だ。

 しかも、一目みてすぐれた盾だとわかる。

 手に入るものなら手に入れたい、とレカンは思った。

 レカンも剣を抜いた。〈ラスクの剣〉だ。

 すでに、聖硬銀の剣も、〈ザナの守護石〉も、〈ハルトの短剣〉も、〈雷竜の籠手〉もしまっている。装着しているのは銀の指輪ぐらいだ。

 ジンガーは、油断なく盾と剣を構え、少し身をかがめた。

 そのとたん、ジンガーの姿の大部分が、盾の陰に隠れてしまったかのように、レカンには思えた。

 盾の使い方がうまい相手と戦うと、こういう感覚を覚えることが、ままある。なぜ盾の陰に体が隠れてしまうかというと、どの剣筋で攻撃しようとしても、盾に阻まれるという結果しか予測できないからだ。つまりジンガーは、こちらにそう感じさせるほど盾の使い方に熟達している。

 魔法を使えば、簡単に倒すことができるかもしれないし、できないかもしれない。だがレカンは、ちょっとばかり決闘ごっこに付き合ってやりたい気分だった。

 レカンは、いきなり大きく踏み込んで、上段から威力のある斬撃を振りおろした。その攻撃は、見事に盾に防ぎとめられ、その次の瞬間、盾の陰からジンガーの剣が繰り出された。

 それは、格別に速い一撃というわけではなかった。だが、レカンには、それをかわすことができなかった。そういう呼吸で繰り出された一撃だった。ジンガーの剣は、レカンの左横腹をしたたかに打ち据えた。

 剣の勢いを殺す方角に跳びすさったが、その一撃は深々とレカンの体をとらえた。骨の一、二本は折れただろう。着ているのが〈貴王熊〉の外套でなかったら、ダメージはこんなものではすまなかった。

 老いている、とみたのはまちがいだった。これほどの力強い戦い方ができる人間は、老いてなどいない。少なくともこの瞬間には。

 レカンは再び踏み込んで、息もつかせぬ連続攻撃を浴びせた。

 ジンガーは、明らかに正統的な訓練を積んだ熟達の騎士だ。

 一方レカンは、自己流の戦いしか知らない、粗野な剣士だ。

 ただし、その威力、速さ、鋭さは、数限りない実戦で練り上げられたものである。

 だから逆に、ジンガーにはレカンの動作が読めない。こうして連続攻撃を受ければ、一撃一撃を防ぐのに精いっぱいで、剣を繰り出す余裕がない。

 連続攻撃で相手の動きを封じながら、レカンはじっと観察していた。ジンガーの右手ににぎられた剣が、どう動こうとしているかを洞察した。

 実際には、ジンガーは、攻撃に転じることができていない。だが、その右手ににぎられた剣は、隙あらばレカンに痛撃を加えるべく、常に反撃の瞬間を待ち構えている。動かないその剣が、どう動こうとしているのか、それをレカンは読んでいるのである。

 息もつかせぬ攻撃は、ふつう攻撃する側も息をつけない。また、強攻撃というものは、それほど長く続けられるものではない。だが、レカンの体力は底なしであり、常識を越える連続攻撃が可能だった。

 やがてジンガーの鉄壁の防御にほころびがみえた。

 嵐のようにたたきつけられるレカンの攻撃に、わずかながら盾を制御しきれなくなっている。

 不意にレカンは、後ろに跳びすさった。

 ジンガーはただちには追撃しない。できないのだ。

 それでもわずかな時間で体勢を調えると、ジンガーは突進してきた。今攻撃しなければ反撃の機会はない、と判断したのだ。

 それこそが、レカンの狙いだった。

 今こそ、ジンガーの盾は変幻自在の動きを失い、突撃という動作にすべての集中力がそそがれている。

 レカンは、左足を振り上げて、盾を蹴り上げた。

 こんなことは騎士同士の戦いでは、絶対にやらないだろう。だがレカンは騎士ではない。

 意表をつくことができたようで、蹴りはまともに入った。

 さすがにジンガーは、その状況でも盾から手を放さなかった。

 しかし、一瞬、体ががらあきになった。

 レカンは容赦なく剣を振りおろした。

 剣はジンガーの右目を深々と切り裂き、右肩から右胸に入り、あばら骨を断ち切って、腹に達した。

 がらん、とジンガーの剣が地に落ち、盾が地に落ち、体が仰向けに倒れた。


17


「ジンガー。死ぬ前に話せ。お前は何のためにノーマのそばにいる」

 ジンガーは、すぐには答えられなかった。体中をかけめぐる苦痛や麻痺と折り合いをつけるのは、容易なことではない。血はどくどくと流れ出、身体の機能は至る所で失われつつある。それでもこの老騎士は、おそろしい自己制御を発揮し、多少の時間のあと、かすれた声でレカンの問いに答えた。

「ノーマ様を守護し、かつ監視し、〈浄化〉を発現することがあれば、ただちに主家に報告するためだ」

「侯爵は本当に、ノーマとその父に手出しをしないなどという誓いをしたのか?」

「なさった。そして、特殊な状況が生まれない限り、現侯爵様も、その誓いを守るおつもりだった」

「特殊な状況とは何だ」

「の、ノーマ様が、〈浄化〉を発現、なさることだ」

「ノーマは〈浄化〉を発現してはいない」

 激しい苦しみに襲われたのか、ジンガーはしばらくきつく目を閉じた。

「え、エダ殿が発現した」

「それは現侯爵の想定内の出来事なのか」

「そうではない。こんな事態は予想されていなかった」

「では、エダがどんな力を現そうが、お前にも侯爵家にも関係ない」

「そうは、いかん。侯爵家が、どれほど切実に、あの力を、必要としているか、レカン殿には、わからぬ」

「もともとなかったものだろう」

「時の歯車は、も、戻せぬのだ」

 〈浄化〉持ちがいる状況に、侯爵家は慣れてしまった。当主も、親族も、派閥の貴族たちも。だから、〈浄化〉持ちのいない状態に耐えられなかったのだろう。この男にノーマの監視を命じた新侯爵の気持ちは、わからなくもない。

 だが、それから何年もの時が過ぎた。侯爵家の状況は、変わっているかもしれない。それでも命令と主家への忠義は、今でもこの男をしばっている。

「まあいい。知りたいことはわかった。つまりお前は、エダのことを報告しないからといって、主命に背いたことにはならない」

「…………」

「そして、お前は敗れた。オレにな」

「確かに、私の、負け、だ」

「お前の任務も終わった」

「……そう、だな。終わりだ」

「だから、二度目の人生をどう生きるかは、自分で決めろ」

「……なに?」

 こうなるとわかっていたら、エダを遠くにやるのではなかった。エダの〈回復〉なら、この男を救えるはずだ。

 いや、エダが近くにいると知っていたら、この男は襲ってこなかったろう。襲ってきたとしても、負けたときすぐに自死を選んだかもしれない。

 エダを先に帰したからこそ、本音を聞くこともできたのだ。

 シーラの傷薬は、この場合は役に立たない。こんな大きな傷は治すことができないだろうし、いずれにしても薬の効き目が遅すぎる。

 レカンは、〈収納〉から赤の大ポーションを取りだし、握りつぶしてジンガーに振りかけた。

「む、むだだ」

 ポーションはただちに奇跡の効果を発揮し、ずたずたに破れた臓腑をいくらか修復した。

 だがそれだけだった。

(命の総量が多すぎるのか?)

(いや)

(それでもこんなに効き目が低いのはおかしい)

(受けたばかりの深手なのだぞ)

(そうか!)

 この奇怪な出来事の理由は、一つしか考えられない。

 ジンガーは、決闘の前に赤ポーションを飲んでいたのだ。

 敗れたら死ぬ、という状況に自分を追い込んで戦うために。

「〈回復〉!」

 レカンは〈回復〉をかけた。

 だが、だめだ。

 ここまで傷が深いと、レカンの〈回復〉では、ジンガーの死を防げない。

 エダを呼びに行こうかと一瞬考えたが、それではまにあわない。

 この男を死なせるわけにはいかない。

 この男は、エダの恩人なのだ。

 エダのことをただちに侯爵家に報告されていたら、まずいことになっていた。

 侯爵家は、ありとあらゆる手でエダを手中にしようとしたろう。今のレカンは、それに対抗する準備ができているとはいえない。

 新たな〈浄化〉持ちの発見という手柄を持って帰れば、この男は、さぞ快適な晩年を送れたろう。

 だが、この男は、レカンに決闘を挑むという選択をした。その選択をした以上、侯爵家にはまだ知らせていないはずだ。

 なぜその選択をしたのかはわからない。ノーマの母を守り、ノーマを監視する日々のなかで、何を感じたのだろう。〈浄化〉持ちをめぐる呪われた連鎖を、断ち切りたいとでも考えたのだろうか。

 意図はわからないが、この男はレカンにチャンスを与えた。エダを守るためのチャンスを。そしてレカンはそのチャンスをものにした。それだけはまちがいのない事実だ。

 もしかしたら、死にたかったのかもしれない。ノーマのそばで送る平和な生活のまま人生を閉じたかったのかもしれない。

 レカンは、さらにもう一度〈収納〉に手を突っ込み、上級回復薬を一つ取り出した。もとの世界から持ち込んだもので、あと五つしかない。シーラからも、大事にするんだよ、といわれた特別の薬だ。レカンはしゃがみ込んで、それをジンガーの口に押し込んだ。

 ジンガーは、それを飲み込んだ。

 この薬に、〈神薬〉のような万能の効果はない。また、赤ポーションに比べれば、効果の現れかたはゆっくりとしている。しかし、赤ポーションでもなしえなかったことを、その薬は引き起こした。

 ジンガーの右目が治る。

 ジンガーの肩が治る。

 ジンガーの胸が、腹が治る。

 この世界では、この薬こそが奇跡なのだ。

 レカンは、ふと思いついて、転がっている盾を〈鑑定〉した。

 〈ウォルカンの盾〉という名前で、対魔法防御、対物理防御が備わり、小型化の機能も持っていることがわかった。

 迷宮品なのだろうか。それが知りたいと考えながらもう一度〈鑑定〉をかけると、なんと、〈出現場所〉という項目が出た。ニーナエ迷宮から出た品であることがわかった。

 ジンガーのすべての傷が癒えるころ、すでにレカンは遠くに歩き去っていた。


「第13話 誘拐」完/次回「第14話 押しかけ弟子」

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この爺ちゃんはきっと絆されちゃったんだな。 嫌いじゃないな〜
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