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夜道をとぼとぼ二人が歩いている。
もっとも、レカンはとぼとぼ歩いても、身長が高く足が長いから、一歩がひどく大きい。エダは常に小走りだが、まったく疲れるようすもなく、あたりまえについてくる。
「あの玄関と門扉にはびっくりしたよ」
「そうか」
「すごい破壊力だね」
「そうか」
「レカンって、〈黒衣の魔王〉って呼ばれてるんだね」
「そうか」
「さっきから、そうか、ばっかりだよ?」
注意を別のことに向けていたため、会話が少しおざなりになってしまったようだ。
「パン、食うか」
「あ、食べる、食べる! おなかぺこぺこなんだ」
エダにパンを渡すと、もう一個パンを出してレカンも食べ始めた。
「ちょっと硬いね」
「保存の利くやつだからな」
「干し肉、ある?」
「あるぞ」
二人は両手にパンと干し肉を持って、むしゃむしゃ食べながら歩いた。
「よくプラドさんを殺さずにすませたね」
「まあな」
プラドを殺すのと殺さないのと、どちらが面倒か。レカンが考えたのはそこだ。
プラドを殺すのなら、復讐に来る者たちを皆殺しにする必要がある。もれ落ちなしに皆殺しにするのはむずかしいうえ、貴族家一つを殲滅すれば、領主と対立することになる。
プラドを生かしておいて、プラドがゴンクール家の者がレカンとエダに手出ししないよう監督してくれるなら、そのほうが面倒が少ない。
レカンはそう判断したのである。
ただしもう一つ、レカンの判断を後押ししたものがある。
「プラドさん、ノーマさんのおじいさんだもんね」
「ああ」
プラドを殺せば、やはりノーマは悲しむだろう。
エダとレカンも、ノーマのところに顔を出しにくくなる。
そのことも考えないではなかった。
「それに、カンネルさん」
「うん?」
「カンネルさんも殺さなかった」
「ああ」
「レカン。好きでしょ、ああいう人」
カンネルは、筋を通す男だった。ああいう男は、きらいではない。
「レカンて、ほんと、自分の好きに生きてるよね」
「ああ」
「レカン」
「うん?」
「助けにきてくれて、ありがとう」
「ああ」
「それにしても、よくあたいが、あの屋敷にいるってわかったね」
「いや。わからなかった」
「えっ?」
「とりあえず、ゴンクール家を調べてみただけだ」
「じゃ、じゃあ。あんなことしておいて、もしあたいがあの屋敷にいなかったら、どうしたの?」
「そのときは、神殿を調べるつもりだった」
「神殿にもいなかったら?」
「そのときは家に帰って、お前が帰ってくるのを待つことにしていた」
「レカン」
「うん?」
「あんた、むちゃくちゃだよ」
「そうだな」
エダは、ごそごそとふところを探り、小さな袋をつかみ出した。
「これ、持ってて」
「うん?」
開けて見ると、みおぼえのある小さな石が入っていた。
「これは、〈幸せの虹石〉じゃないか」
「うん」
「お前の大切なものだろう」
「うん。だから、あげない。あずけとくだけ」
両親の形見なのだから、簡単に人に預けたりするものではないだろう。
それをあえてレカンに預けるという、その気持ちを考えると、突き返すこともできなかった。
「あんたには、それがいると思うから」
「そうか。では、借りておく」
「うん」
レカンは、〈幸せの虹石〉を〈収納〉の奥深くに大切にしまった。
ふしぎと胸の奥が温かいような気がした。
「迷宮行き、延期になっちゃったね」
「ええっ?」
「なんて反応すんのさ。レカン、まさかこのまま迷宮に行くつもりじゃなかったよね?」
「なぜこのまま迷宮に行ってはいかんのだ」
「いかんに決まってるでしょ。ノーマさんは、今日起きたことを、何も知らないんだよ?」
「それは知らんだろうな」
「知らないまま、レカンのために、あれこれ考え、動いてくれることになるんだよ」
「まあ、そうかもしれん」
「かもしれん、じゃなくて、そうなんだよ。申しわけないと思わないの?」
「申しわけないかもしれん」
「なら、そんな目に遭わせちゃだめだ。明日の朝、ノーマさんの所に行って、今日何があったか説明しなきゃ。迷宮のことはそれからだよ」
「…………」
「わかった?」
「わかった」
エダが急に、気遣いできる人間になったのは、よいことだ。
だが気遣いできないエダのほうが付き合いやすかった。それはまちがいない。
(さてと)
(ここらがいいだろう)
突然、レカンは立ち止まった。
「エダ」
「えっ?」
「すまんが、一人で帰ってくれ」
「ええっ? 一緒に帰ろうよ」
「男には、一人になりたいときがあるんだ」
「もしかして、立ちション?」
「いいから先に帰ってくれ」
「はあい」
手を振りながら、何度も振り返り、エダは去って行った。
エダがじゅうぶんに離れてから、後方の暗がりから現れた者がある。
ジンガーだ。
ゴンクール家を出てからずっと、誰かがつけてきているのは知っていた。
相当の実力者だということもわかっていた。
だが、ジンガーだとは思わなかった。
「お気遣いいただき、かたじけない」
「すごい殺気だな、ジンガー」
ジンガーは、剣を腰に吊っている。
胸には革鎧を着けている。
よくみれば、左手に手甲のようなものをはめている。
「騎士ジンガー・タウエル。冒険者レカン殿に、決闘を申し込む」