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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第13話 誘拐
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 この寝室の天井は、寝室としては高く、ごてごてしたふくらみや飾りがついている。その膨らみはところどころ空洞になっていて、先端には穴が開いている。

 その空洞の一つに一人の男が、今しがたこっそりと移動して、筒のような物の先端を穴に当てている。

(吹き矢だな)

 もとの世界では、吹き矢は暗殺者の武器だった。この世界でもそうなのだろうか。

 物音一つ立てず忍び込んだのは見事だが、ドボルやギドーのように気配を消す能力は持っていないようだ。

「君はこの無法者にだまされているのだ。もしや脅されているのか?」

 エダに話しかけながら、ゼプスはちらりと天井に目をやった。

 この男は天井裏に暗殺者がいるのを知っている。おそらくこの男が、暗殺者への命令を出したのだ。

「あなたはあたいが〈回復〉の持ち主でなくても、あたいのことを気にしてくれましたか?」

 天井裏の暗殺者の注意は、レカン一人に向けられている。レカンの体のどこを狙うか迷っているようだ。

「この屋敷で君は幸せに暮らせる。給金は望みの額を与えよう。どんな服でも作らせてやる。美味な食事と素敵な男たちが君を待っている」

 吹き矢は貫通力が弱い。レカンは肌の露出が少ないから、狙いがつけにくいのだろう。

「その代わりに、すべての自由を奪うんですね。ノーマさんのお母さんがされたように」

 当主のプラドと執事のカンネルが息を飲んだ。ゼプスは驚いた顔をしたあと、顔に憤怒を浮かべた。

「貴族家の秘密を、わが家の秘事を、あの下賤な女は、べらべらとしゃべったのだな」

 天井裏の暗殺者が息を吸い込んだ。吹き矢を放つつもりだ。

「〈炎槍〉!」

 魔力はすでに練り上げてあった。

 膨大な魔力を込めた特大の〈炎槍〉が、天井を突き破り、屋根を貫いて、天に噴き上がった。本来〈炎槍〉は、女の手首ほどの太さだが、今放たれたそれは、人の体全体を包み込んであまりあるほど太かった。

 高熱で一瞬に焼き尽くされたため、屋根も天井も、きれいな円い穴が開いた状態になっている。ばらばらと破片が落ちてきて降りそそぐ。

 しばらくは誰も声を発しなかった。

 レカンは、少しばかり後悔した。天井には、吹き矢の穴のほかには穴がみあたらない。なのに暗殺者は確かにレカンの位置を把握していた。たぶんそれは、顔に装着していた奇妙な道具によるものだ。その道具に興味があったのだが、つい消し飛ばしてしまった。といっても、レカンにはすでに〈立体知覚〉があるので、さほど残念ではない。

「天井裏の暗殺者が吹き矢を吹こうとしたので排除した。話を続けろ」

 ゼプスの顔は、何が起きたのか理解するにつれ、まず驚愕にそまり、次に恐怖にゆがんだ。

 エダは首を振った。

「もう話すことなんてないよ」

「そうか。なら、オレのほうから聞きたいことがある」

 腰の袋に左手を突っ込んで、中型魔石を四個ほどつかみ取ると、魔力を吸って床に捨てた。魔力を失って空になった魔石が、からころと音を立てて床に転がった。

 レカンは剣の切っ先をゼプスに突き付けた。

 白銀の細身の剣身に、アリオスを斬った血が幾筋か流れ、凄絶な美しさだ。

「ひ、ひぃ、ひいいいいい」

 後ろに下がろうとして足がもつれ、ゼプスは尻餅をついた。レカンは一歩進み出て、剣先を下げた。切っ先は、まっすぐゼプスの顔に突き付けられている。鮮血が一滴、白いシャツに落ちてしみを作った。

「エダがそうであることを、どうやって知った?」

 それが疑問だ。その謎が解けなければ、これからも同じことが起きるかもしれない。

「それはわしじゃ」

 しわがれた声が斜め後方から聞こえた。当主のプラドの声だ。

「今上陛下の戴冠の折、王都のエレクス神殿で祝福の儀が行われた。そのときわしは、〈浄化〉をみた。じゃから、エダ殿のわざが〈浄化〉であると、すぐにわかったのじゃ。それにこの体の回復ぶりは、いかに中級上級の〈回復〉であっても、あり得ぬ」

 訊いてみれば単純なことだった。プラドは〈浄化〉を目撃していたのだ。そして中級や上級の〈回復〉も知っていた。そういう人間には、ばれてしまうのだ。

 レカンはゼプスをみすえたまま、次の質問をした。

「オレが迷宮踏破者であることを、いつどうやって知った。オレたちの家を、どうやって突き止めた」

 ゼプスは、あわあわと口をわななかせるだけで、まともに言葉がしゃべれない。代わって執事のカンネルが答えた。

「ゼプス様は、ノーマ様の身辺を、常にみはらせておいででした。あなたがたが研修されることになったとき、すぐにそのことを存じあげになり、ご当主にも報告なさいました。その日のうちに、お住まいも突き止めておられたのです」

 ということは、つけられていたのだ。それには気づかなかった。

「当家には当家の情報網があり、ゴルブル迷宮二度目の踏破については、たしか三十五日に知りました。しかしその時点では、愚かなことですが、〈黒衣の魔王〉とあなた様が同一人物だとは気づかなかったのです」

 ふつう迷宮踏破者が下町の施療師に弟子入りしたりしない。気づかなかったのはむりもない。

「今日の昼前、チェイニー商店の番頭が品物を納めにまいりまして、その者と話しているときにわかったのです。あなたこそが、あの〈黒衣の魔王〉だと。私はただちにご当主にそれを報告し、若様にもお伝えしました。ですがそのときにはもう、若様は部下をエダ様に差し向けておられたのです」

 どうやら今回のことは、ゼプスの独断だったようだ。レカンは、そのことは信じてもよい気になりつつあった。

「エダ様をお迎えしたとお聞きしたときも、どう説得してお連れしたのか疑問には思いましたが、まさか誘拐であったとは」

 ゼプスが、ふりふりと首を横に振っている。何を否定したいのだろう。いずれにしても、こんな男の言葉に何の価値もありはしない。ゼプスは、耳にさわる声で、レカンに提案をしてきた。

「だ、大金貨をやる。に、二枚だ。それでこの娘を譲れ」

 レカンがゼプスの言葉に答える前に、カンネルがレカンに話しかけた。

「レカン様」

「何だ」

「失礼ながら、その剣はもしや聖硬銀ではありませんか?」

「ああ。シーラはまざりけなしの聖硬銀だと言っていたな」

「ありがとうございます。ゼプス様」

 ゼプスは、名を呼ばれ、執事の顔をみあげた。

「カンネル。お前もこの男を説得しろ。大金貨二枚といえば、冒険者が一生かかっても拝めない大金だ」

「当家には、大金貨二枚を今ただちに支出できるほどの余裕はございません。する意味もございません。レカン様がお腰に差しておいでの〈ハルトの短剣〉は、六年前、王家が白金貨一枚の値をおつけになりました」

「な」

「今レカン様が右手にお持ちの聖硬銀の剣ともなれば、白金貨何枚の価値があるか、見当もつかないほどのものでございます」

「なな」

「あなた様は、迷宮深層を探索する冒険者がどういう存在であるか、まったくおわかりになっておられません。聖硬銀の剣と〈ハルトの短剣〉と、その二振りの剣だけでも、当家が動かせる資産の総額を超える価値があるのです」

「ば、ばかな」

「その貴重な品々を、無造作に使い捨てて戦うかたがたなのです」

 カンネルは、放り捨てられて床に散らばる空の魔石に、ちらりと視線を送った。

「しかも命を捨てて戦うかたがたなのです。勝つことはできませんし、勝てても犠牲が多くて引き合いません。だから、どこの貴族家も争いません。争うとしたら、同じかたがたを陣営に引き入れるか、せめて迷宮騎士を育成する必要があります」

 もはやゼプスは、口をぱくぱくするだけで、声を出すこともできない。

「あなたは誤りを犯されました。その責任は、私にあります。あなたの廃嫡に反対すべきではなかった。弟君を継嗣とすべきでした。結局私には、あなた様を次期当主としてお育てする力がなかったのです」

 レカンは、主従のやりとりを聞くのに飽きてきた。

 長男を殺しても弟がいるようである。もっとも、そんなことはレカンの知ったことではなかったが。

「話は終わったか」

 カンネルは、厳しく、そして寂しそうな目でレカンをみた。

「はい」

 レカンの剣が一閃し、ゼプスの首が刎ね飛ばされた。

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迷宮深層探索者をいたずらに怒らせた権力者が、ただの武威によって手痛い報復をくらう話。 この世界でも、元の世界でも権力者の間の教訓話としてゴロゴロ転がってそうな話やったな。
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