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レカンは、ゴンクール家の門の前に着いた。
もう夜なので、門は閉まっており、門番もいない。門の周りは暗い。
〈生命感知〉を慎重に行使してみたが、屋敷のなかに、魔法使いらしい赤点はいくつかあるものの、エダのものかどうかはわからない。たぶん一番強い魔力を示しているのがエダだろうとは思うが、確信がない。日頃から注意深くエダの魔力の赤点を記憶しておけばよかった。しかし今さらそんなことを言っても始まらない。とにかく、しらみつぶしにしてみることだ。
レカンは正門から入ることにした。通用門のほうが壊しやすそうだが、いずれにしても大したちがいはない。
〈ザナの守護石〉を取り出して胸ポケットに入れてボタンをかけた。
〈雷竜の籠手〉を取り出して左手にはめた。
〈ラスクの剣〉を腰からはずして〈収納〉にしまい、聖硬銀の剣を取り出した。
左手には銀の指輪がはまっている。
腰のベルトには〈ハルトの短剣〉が差してある。
小粒と中粒の魔石がびっしり詰まった小さな布袋を取り出して、ベルトに結ぶ。
〈立体知覚〉で門を調べた。観音開きになっていて、内側から太いかんぬきで止めてある。かんぬきを破壊すれば、扉は開く。
レカンは左手をかざして、呪文を唱えた。
「〈炎槍〉!」
夜の闇に突如生まれた光芒が、巨大な正門の中央を貫き、かんぬきもろとも扉の中央部を大きく破壊して、そのまま五十歩ほど前方にある屋敷の正面扉に着弾して爆発した。
レカンは、左手をかざしたまま、呪文をとなえた。
「〈移動〉」
ぎいっ、ぎいっ、と音を立てて、左右の門が開いてゆく。
なかなか重たい門であり、じゅうぶんに開かせるには、存外魔力を消費した。
レカンは、左手を腰の布袋に突っ込むと、無造作に小さめの魔石を十個つかみ出し、魔力を吸収すると手を振って投げ捨てた。
石を敷き詰めた通路に空魔石がからころと音を立てて落ちる。
今夜は魔石を使い捨てにして、消費した魔力を補充する。使い惜しみはなしだ。
夜の風が、〈貴王熊〉の外套の裾を、ばさばさとめくり上げる。
レカンが屋敷の正面扉に着く直前に、右の脇道から二人の護衛兵が飛び出してきた。
「狼藉者!」
「思い知れ!」
声を上げながらレカンに剣をたたき付けてくる。
レカンは二度剣を振って、二人の護衛兵の剣をたたき斬った。聖硬銀の剣の切れ味は素晴らしく、ナイフで紙を斬るほどの抵抗も感じなかった。
そのまま左手に魔力を込めて大きく振り、一つの動作で二人の頭をなでた。もっとも、なでたというのはレカンの感覚であり、当事者は激しく殴られたと言うかもしれない。
〈雷竜の籠手〉が雷撃を発し、二人の護衛兵は声も上げずに崩れ落ちる。
レカンは、まだ、この屋敷を襲撃しているつもりはない。今はまだ、エダがいるかどうか探している段階なのだ。エダがいたら、この屋敷の人間を皆殺しにしてもよいが、いなければ殺す必要はない。まだ暴力をふるう時ではないのだ。
三段の石段を一またぎでのぼると、目の前には破壊された正面扉の残骸が、だらしなくへばりついていた。
「〈炎槍〉」
軽く魔力を込めて残骸を吹き飛ばす。
エントランスホールに踏み入り、正面の階段に進む。
この屋敷のなかで最も強い赤点は、屋敷中央部後方にある。たぶん二階か三階だろうが、〈生命感知〉では高低は判別できない。
階段をのぼり始めると、エントランスホールの端に顔を出して、こちらのようすをうかがう者たちがいた。だが、攻撃してこようとはしない。たぶん戦闘要員ではない。
それにしても、反応がにぶい。
襲撃を受けるなどとは露ほども思っていない備えのなさだ。
もしかすると、エダはここにはいないのかもしれない。
だがここで帰るわけにはいかない。
階段をのぼりきると、屋敷の奥のほうからこちらに近づいてくる者がある。
廊下のところどころに燭台があり、近づいてくる者たちの姿が、そのあかりに照らし出される。
三人だ。
先頭中央の男にはみおぼえがある。
昨日往診に来たとき対応してくれた執事だ。
たしかカンネルとかいったか。
カンネルは立ち止まり、別人のような厳しい顔でレカンをねめつけながら言った。
「このような夜分に当家に押し入り、いったい何のご用か」
レカンは立ち止まりもせず答えた。
「探しものをしている。通るぞ」
エダはいるかと訊ねても、さらっていないのならいると言うわけがなく、さらっているのならなおさらごまかそうとするだろう。つまり、そんな質問はむだだ。
カンネルの後ろにいる男二人は、軽鎧を身に着けているが、ズボンは普段着のようだ。侵入者があったことを知って、あわてて胴体にだけ軽鎧を着けたのだろう。すでに抜剣している。
二人は、執事のカンネルをかばうように前に出た。
委細構わずレカンは前に進む。
二人は剣を振り上げ、左右からレカンに襲いかかる。
レカンは素早く右に動いて、右側の男の剣を斬り落とし、素早く剣を振り上げて、左側の男の剣も斬り落とした。
「〈火矢〉」
レカンの左手の指から二本の〈火矢〉が飛び出し、二人の剣士の右足の甲をそれぞれつらぬいた。二人は短く悲鳴を上げて床に倒れた。二人が痛みのあまりのたうつなか、レカンはすでに二十歩ばかり進んでいた。
近づいてくる者たちはいる。
だが、こわごわようすをうかがう者はいても、襲いかかってくる者はいない。
この無警戒ぶりからすると、やはりここではなかったのだろうか。
廊下が行き止まりとなる。
右に行けばいいのか、左に行けばいいのか。
右に行くと階段がある。左に行くとそのまま二階の奥に進む。
〈図化〉の能力があれば、こういうときに迷わずにすむのだろうか。
レカンは右に進んだ。すぐ目の前に階段がある。
階段を上って赤点に向かって、三階を進む。
相変わらず右手には抜き身の剣がにぎられている。
燭光に照らされて、聖硬銀があやしい光を放つ。
段々と赤点に近づく。この階で正しかったようだ。
もうすぐだ。
もうすぐ赤点の人間がいる部屋に着く。
着いた。
扉の前で〈魔力感知〉を発動する。
この魔力は。
エダだ!
まちがいない。
やはりこの屋敷にさらわれていたのだ。
「エダ!」
呼びかけるが返事はない。〈立体知覚〉で、ベッドにエダが寝ていることはわかっているが、たぶん眠らされているのだろう。
左手で取っ手をつかんで回そうとしたら、ばきりと折れてしまった。力を込めたからでもあるが、取っ手が抵抗したためでもある。鍵がかかっているのだ。
レカンは、右手には剣を持ったまま、左手の拳で鍵穴を軽く打ち抜いた。
ごく軽い打撃のつもりだったが、〈ザナの守護石〉が破壊力を倍加した。その付加は、レカンの予測をはるかに超えており、扉の一部と壁の一部が悲鳴を上げながら吹き飛んだ。
壊れた部分から扉をつかんで開こうとしたが、ぎいぎいといやな音を立てるだけで動こうとしない。衝撃で蝶番がねじ曲がってしまったのだろう。レカンは扉を根本から引きちぎり、廊下の奥に捨てた。
天蓋つきのベッドに女が寝ている。
大きなベッドに比べ、本当に小さな小さな体の女だ。
部屋の隅に、侍女らしい女が一人、うずくまって震えている。
「エダ」
その名を口にしたとき、自分の顔にわずかな笑みが浮かんだことを、レカンは意識していたろうか。
騒々しい音がして、向かいの部屋の扉が押し開けられ、全身鎧を着けた騎士のような男が、重そうな剣を振り上げて突進してきた。
かわして斬り捨てようかと一瞬思ったが、それでは騎士はエダの寝るベッドに激突してしまうかもしれない。
レカンは振り向きざまに騎士の腹を左こぶしで打ち据えた。
騎士はくの字に体を曲げて後ろに吹き飛び、崩れかけていた壁の一部をさらに破壊して廊下の壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。
王から許された者だけが騎士になれるという話だったから、この男は正式の騎士ではないのだろう。
足元に残った騎士もどきの剣には目もくれず、レカンは天蓋の下に顔を入れた。
エダだ。
安らかな寝顔だ。
だが、これだけの騒ぎが起きているのに目を覚まさないというのは、やはりおかしい。
レカンは剣を左手に持ち替え、右手を〈収納〉に差し込んで、黄色のポーションを取りだし、エダの顔の上でにぎりつぶした。状態異常を解くポーションである。
半透明の液体が顔にかかると、すぐにエダはぱちりと目を開けた。そしてレカンをみつけた。
「レカン!」
エダはそのままの姿勢から跳ね起き、レカンの首っ玉に抱きついた。
そして、すぐに体を離した。
「ここ、どこ?」
「ゴンクール家だ」
「ごんくーる?」
「昨日往診に来た家だ」
「あ、あのおじいさんのお屋敷?」
エダと話しているあいだにも、レカンの〈立体知覚〉は、この部屋とその周辺を油断なく監視している。部屋の隅で震えている侍女は、攻撃してくる気配を見せていない。
「そうだ。いったい何があった?」
「いや、それが、レカンに用事があるって人たちが訪ねてきて、一人があたいと話してるときに、もう一人が後ろから何かしてね。びりっときて意識が遠くなって。やられたと思ったけど、遅かったの」
「そうか。動けるか?」
「うん」
小動物のような、しなやかで素早い動きで、エダはベッドを降りた。
素足がみえた。奇麗に拭いてある。
エダ自身はどう思うか知らないが、レカンにとって、意識のないあいだに他人に体をさわられるのは、この上なくおぞましく腹立たしい出来事だ。
エダは、ベッドの脇に置いてあった靴を履くと、たん、と立った。
「お待たせ! 帰ろうか」
「そうだな。だが、ちょっと寄る所がある」