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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第13話 誘拐
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 レカンは、ゴンクール家の門の前に着いた。

 もう夜なので、門は閉まっており、門番もいない。門の周りは暗い。

 〈生命感知〉を慎重に行使してみたが、屋敷のなかに、魔法使いらしい赤点はいくつかあるものの、エダのものかどうかはわからない。たぶん一番強い魔力を示しているのがエダだろうとは思うが、確信がない。日頃から注意深くエダの魔力の赤点を記憶しておけばよかった。しかし今さらそんなことを言っても始まらない。とにかく、しらみつぶしにしてみることだ。

 レカンは正門から入ることにした。通用門のほうが壊しやすそうだが、いずれにしても大したちがいはない。

 〈ザナの守護石〉を取り出して胸ポケットに入れてボタンをかけた。

 〈雷竜の籠手〉を取り出して左手にはめた。

 〈ラスクの剣〉を腰からはずして〈収納〉にしまい、聖硬銀の剣を取り出した。

 左手には銀の指輪がはまっている。

 腰のベルトには〈ハルトの短剣〉が差してある。

 小粒と中粒の魔石がびっしり詰まった小さな布袋を取り出して、ベルトに結ぶ。

 〈立体知覚〉で門を調べた。観音開きになっていて、内側から太いかんぬきで止めてある。かんぬきを破壊すれば、扉は開く。

 レカンは左手をかざして、呪文を唱えた。

「〈炎槍(バンドルー)〉!」

 夜の闇に突如生まれた光芒が、巨大な正門の中央を貫き、かんぬきもろとも扉の中央部を大きく破壊して、そのまま五十歩ほど前方にある屋敷の正面扉に着弾して爆発した。

 レカンは、左手をかざしたまま、呪文をとなえた。

「〈移動(トリムル)〉」

 ぎいっ、ぎいっ、と音を立てて、左右の門が開いてゆく。

 なかなか重たい門であり、じゅうぶんに開かせるには、存外魔力を消費した。

 レカンは、左手を腰の布袋に突っ込むと、無造作に小さめの魔石を十個つかみ出し、魔力を吸収すると手を振って投げ捨てた。

 石を敷き詰めた通路に空魔石がからころと音を立てて落ちる。

 今夜は魔石を使い捨てにして、消費した魔力を補充する。使い惜しみはなしだ。

 夜の風が、〈貴王熊〉の外套の裾を、ばさばさとめくり上げる。

 レカンが屋敷の正面扉に着く直前に、右の脇道から二人の護衛兵が飛び出してきた。

「狼藉者!」

「思い知れ!」

 声を上げながらレカンに剣をたたき付けてくる。

 レカンは二度剣を振って、二人の護衛兵の剣をたたき斬った。聖硬銀の剣の切れ味は素晴らしく、ナイフで紙を斬るほどの抵抗も感じなかった。

 そのまま左手に魔力を込めて大きく振り、一つの動作で二人の頭をなでた。もっとも、なでたというのはレカンの感覚であり、当事者は激しく殴られたと言うかもしれない。

 〈雷竜の籠手〉が雷撃を発し、二人の護衛兵は声も上げずに崩れ落ちる。

 レカンは、まだ、この屋敷を襲撃しているつもりはない。今はまだ、エダがいるかどうか探している段階なのだ。エダがいたら、この屋敷の人間を皆殺しにしてもよいが、いなければ殺す必要はない。まだ暴力をふるう時ではないのだ。

 三段の石段を一またぎでのぼると、目の前には破壊された正面扉の残骸が、だらしなくへばりついていた。

「〈炎槍〉」

 軽く魔力を込めて残骸を吹き飛ばす。

 エントランスホールに踏み入り、正面の階段に進む。

 この屋敷のなかで最も強い赤点は、屋敷中央部後方にある。たぶん二階か三階だろうが、〈生命感知〉では高低は判別できない。

 階段をのぼり始めると、エントランスホールの端に顔を出して、こちらのようすをうかがう者たちがいた。だが、攻撃してこようとはしない。たぶん戦闘要員ではない。

 それにしても、反応がにぶい。

 襲撃を受けるなどとは露ほども思っていない備えのなさだ。

 もしかすると、エダはここにはいないのかもしれない。

 だがここで帰るわけにはいかない。

 階段をのぼりきると、屋敷の奥のほうからこちらに近づいてくる者がある。

 廊下のところどころに燭台があり、近づいてくる者たちの姿が、そのあかりに照らし出される。

 三人だ。

 先頭中央の男にはみおぼえがある。

 昨日往診に来たとき対応してくれた執事だ。

 たしかカンネルとかいったか。

 カンネルは立ち止まり、別人のような厳しい顔でレカンをねめつけながら言った。

「このような夜分に当家に押し入り、いったい何のご用か」

 レカンは立ち止まりもせず答えた。

「探しものをしている。通るぞ」

 エダはいるかと訊ねても、さらっていないのならいると言うわけがなく、さらっているのならなおさらごまかそうとするだろう。つまり、そんな質問はむだだ。

 カンネルの後ろにいる男二人は、軽鎧を身に着けているが、ズボンは普段着のようだ。侵入者があったことを知って、あわてて胴体にだけ軽鎧を着けたのだろう。すでに抜剣している。

 二人は、執事のカンネルをかばうように前に出た。

 委細構わずレカンは前に進む。

 二人は剣を振り上げ、左右からレカンに襲いかかる。

 レカンは素早く右に動いて、右側の男の剣を斬り落とし、素早く剣を振り上げて、左側の男の剣も斬り落とした。

「〈火矢〉」

 レカンの左手の指から二本の〈火矢〉が飛び出し、二人の剣士の右足の甲をそれぞれつらぬいた。二人は短く悲鳴を上げて床に倒れた。二人が痛みのあまりのたうつなか、レカンはすでに二十歩ばかり進んでいた。

 近づいてくる者たちはいる。

 だが、こわごわようすをうかがう者はいても、襲いかかってくる者はいない。

 この無警戒ぶりからすると、やはりここではなかったのだろうか。

 廊下が行き止まりとなる。

 右に行けばいいのか、左に行けばいいのか。

 右に行くと階段がある。左に行くとそのまま二階の奥に進む。

 〈図化〉の能力があれば、こういうときに迷わずにすむのだろうか。

 レカンは右に進んだ。すぐ目の前に階段がある。

 階段を上って赤点に向かって、三階を進む。

 相変わらず右手には抜き身の剣がにぎられている。

 燭光に照らされて、聖硬銀があやしい光を放つ。

 段々と赤点に近づく。この階で正しかったようだ。

 もうすぐだ。

 もうすぐ赤点の人間がいる部屋に着く。

 着いた。

 扉の前で〈魔力感知〉を発動する。

 この魔力は。

 エダだ!

 まちがいない。

 やはりこの屋敷にさらわれていたのだ。

「エダ!」

 呼びかけるが返事はない。〈立体知覚〉で、ベッドにエダが寝ていることはわかっているが、たぶん眠らされているのだろう。

 左手で取っ手をつかんで回そうとしたら、ばきりと折れてしまった。力を込めたからでもあるが、取っ手が抵抗したためでもある。鍵がかかっているのだ。

 レカンは、右手には剣を持ったまま、左手の拳で鍵穴を軽く打ち抜いた。

 ごく軽い打撃のつもりだったが、〈ザナの守護石〉が破壊力を倍加した。その付加は、レカンの予測をはるかに超えており、扉の一部と壁の一部が悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 壊れた部分から扉をつかんで開こうとしたが、ぎいぎいといやな音を立てるだけで動こうとしない。衝撃で蝶番がねじ曲がってしまったのだろう。レカンは扉を根本から引きちぎり、廊下の奥に捨てた。

 天蓋つきのベッドに女が寝ている。

 大きなベッドに比べ、本当に小さな小さな体の女だ。

 部屋の隅に、侍女らしい女が一人、うずくまって震えている。

「エダ」

 その名を口にしたとき、自分の顔にわずかな笑みが浮かんだことを、レカンは意識していたろうか。

 騒々しい音がして、向かいの部屋の扉が押し開けられ、全身鎧を着けた騎士のような男が、重そうな剣を振り上げて突進してきた。

 かわして斬り捨てようかと一瞬思ったが、それでは騎士はエダの寝るベッドに激突してしまうかもしれない。

 レカンは振り向きざまに騎士の腹を左こぶしで打ち据えた。

 騎士はくの字に体を曲げて後ろに吹き飛び、崩れかけていた壁の一部をさらに破壊して廊下の壁に激突し、そのまま崩れ落ちた。

 王から許された者だけが騎士になれるという話だったから、この男は正式の騎士ではないのだろう。

 足元に残った騎士もどきの剣には目もくれず、レカンは天蓋の下に顔を入れた。

 エダだ。

 安らかな寝顔だ。

 だが、これだけの騒ぎが起きているのに目を覚まさないというのは、やはりおかしい。

 レカンは剣を左手に持ち替え、右手を〈収納〉に差し込んで、黄色のポーションを取りだし、エダの顔の上でにぎりつぶした。状態異常を解くポーションである。

 半透明の液体が顔にかかると、すぐにエダはぱちりと目を開けた。そしてレカンをみつけた。

「レカン!」

 エダはそのままの姿勢から跳ね起き、レカンの首っ玉に抱きついた。

 そして、すぐに体を離した。

「ここ、どこ?」

「ゴンクール家だ」

「ごんくーる?」

「昨日往診に来た家だ」

「あ、あのおじいさんのお屋敷?」

 エダと話しているあいだにも、レカンの〈立体知覚〉は、この部屋とその周辺を油断なく監視している。部屋の隅で震えている侍女は、攻撃してくる気配を見せていない。

「そうだ。いったい何があった?」

「いや、それが、レカンに用事があるって人たちが訪ねてきて、一人があたいと話してるときに、もう一人が後ろから何かしてね。びりっときて意識が遠くなって。やられたと思ったけど、遅かったの」

「そうか。動けるか?」

「うん」

 小動物のような、しなやかで素早い動きで、エダはベッドを降りた。

 素足がみえた。奇麗に拭いてある。

 エダ自身はどう思うか知らないが、レカンにとって、意識のないあいだに他人に体をさわられるのは、この上なくおぞましく腹立たしい出来事だ。

 エダは、ベッドの脇に置いてあった靴を履くと、たん、と立った。

「お待たせ! 帰ろうか」

「そうだな。だが、ちょっと寄る所がある」


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― 新着の感想 ―
「エダ」  その名を口にしたとき、自分の顔にわずかな笑みが浮かんだことを、レカンは意識していたろうか。  もすごいですし、神殿に行った時もお姫様の手を取るようにっていうのがありましたよね。  ニヤけが…
>レカンは、まだ、この屋敷を襲撃しているつもりはない。今はまだ、エダがいるかどうか探している段階なのだ。 うーわー、流石黒衣の魔王w >取っ手が抵抗したためでもある。鍵がかかっているのだ。 あ゛ー取…
まだ暴力をふるう時ではないのだ 認識がヒドイ(笑)
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