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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第13話 誘拐
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 馬車が止まっていた。

 それは、どういうことだろう。

 ここは、馬車が通るような道ではない。

 馬車で訪ねるような家もない。

 しかも、レカンたちの家の前に止まっていたという。

(誘拐、されたのか?)

 来るはずのない馬車が来たという情報と、いるはずのエダがいないという状況を重ね合わせれば、エダはその馬車でさらわれたのではないか、という推測が成り立つ。

 今エダを誘拐する相手といえば、二つしか思いつかない。

 ケレス神殿。

 ゴンクール家。

 だが神殿は、副神殿長が強制はしないと約束したのだ。そして副神殿長は、レカンが怒れば神殿が瓦礫になると知っている。

 ゴンクール家はどうか。

 早すぎる。

 あまりに早すぎる。

 ゴンクール家に往診に行ったのは、昨日の昼前だ。

 プラド老人は、久々の安らかな眠りを、すぐに終わらせはしなかったはずだ。目が覚めて体調のよさに驚いたかもしれない。だがそれは、早くて昨日の午後であり、今日の朝である可能性さえある。

 たった半日で、その体調のよさが今までにないものであり、その原因がエダの〈回復〉にあると気づけるものだろうか。そして、誘拐という非常手段も辞さないほど思い詰め、レカンとエダの住まいを探しあて、準備を調えて馬車を差し向け誘拐してのけるなどということが、はたしてあり得るのだろうか。

 そもそも、落ち着いて考えてみると、家が荒らされていないということが、何としてもおかしい。

 エダは、あれで反射神経は悪くない。悪くないどころか、かなりすぐれている。

 不意をつかれたにせよ、まったく反撃もせず拉致されるような女ではない。あれはあれで、一人の冒険者なのだ。

 とすると、やはり自らの意志で出ていったと考えるのが自然だ。無理に誘拐だなどと考えるほうがおかしい。

 大事な荷物を置いているのだから、去ったのではない。用事に出たのだ。何か急に用事を思いついたのだ。

 だが、もし相手が、ドボルやギドーのような暗殺技能持ちだったらどうだろう。気づかないうちに侵入され、接近され、意識と体の自由を奪われるというようなことも、ないとはいえない。

 それにこの世界には、さまざまな恩寵品や魔道具がある。離れた位置から人を気絶させるような恩寵品があるかもしれない。侵入者の姿や物音を隠してしまう魔道具があるかもしれない。

 いったい、どう考えるべきなのか。

(オレはどうしてこんなに思い悩んでいるんだ?)

 くよくよ悩むなど、まったくレカンらしくないふるまいだ。

 レカンの強みは、思考ではなく、行動なのだ。

 それなのに、なぜこんなに思考が堂々巡りをするのか。

(オレは、動揺……しているのか?)

 レカンは目を閉じ、エダのことを振り返った。

 最初の出会いは、好印象とは遠いものだった。一緒に護衛をして、役立たずのところを最後の最後までみせつけられた。

 二度目に会ったのは、ヴォーカの町のなかだった。突然呼び止められたのだ。冷たくあしらったが、ふと、お前は魔力持ちだと教えてしまった。

 それが三度目の出会いにつながった。エダはレカンを探し出してシーラの家を訪ねてきたのだ。

 それからなし崩しのように、エダはレカンとともにいた。なぜかシーラが最初からエダに好意的だったこともあり、レカンはエダに魔法を教え、ともに依頼を受けることになった。

 未熟な冒険者だったが、あとで十四歳だと知って驚いた。十四歳であれだけの動きができ、魔法弓が使いこなせれば、むしろ極めて有能だともいえる。魔法の才能もあった。ありすぎた。

 ふとレカンは、コグルスでのことを思い出した。

 ザイカーズ商店本店の応接間で、あのザック・ザイカーズやドボルや執事たちが放つ異様な重圧をものともせず、ぽりぽりと小動物のように菓子をむさぼり食っていたエダ。その姿をみて、レカンは心地よかった。

 あの場面では、よほど肝の据わった冒険者でなければ、萎縮して茶も飲めないはずだ。だが、あれでちぢこまるようでは大成できない。あの傍若無人さこそ、冒険者としての得難い資質だ。あのとき、レカンはエダを仲間として認めたといってよい。

 ザックも、エダの度胸には感心したはずだ。エダには、ザックの威圧はまるで効かなかった。ある意味、あのときエダはザックに勝っている。

 だが、そのふるまいができたのは、本当に生来の資質のためだったのか。

 なるほど、エダは天真爛漫で物怖じしない。だが、それだけだったのだろうか。

 たぶん、それだけではない。

 エダはレカンを心底信頼していたのだ。だからあの場で、ああも奔放にふるまえた。というより、レカンに甘えたのだ。

 そうだ。

 それがいつからかはわからないが、エダはなぜか、レカンを信じた。無条件に信頼した。レカンになつき、すがりついた。

 最初の護衛のときをのぞけば、レカンは、エダから悪意や疑いを向けられた記憶がない。エダはいつでも、レカンには心を開いた。

 どうしてだろう。

 どうしてエダは、レカンを信じ、レカンについてこようとしたのだろう。

 そんなことはわからない。

 レカンは、他人の心を推し量ることが苦手だ。

 女の心を推し量ることが苦手だ。

 こどもの心を推し量ることが苦手だ。

 エダは、その三つを兼ね備えているのである。わかるわけがない。

 だが、エダの心をわかる必要などない。問題は、レカン自身がどう思うかだ。

 そしてレカンは、エダが寄せる信頼を、不快には思っていない。むしろ、こころよく思っている。

 となれば、話は簡単ではないか。

 その心に従って動けばいいのだ。

 そもそもレカンは、エダを守ると決めたのだ。

 最初から、何も思い悩むことなどなかったのだ。

 自発的に外出し、あるいは何かやむを得ぬ事情で家を空けたのなら、いずれ戻って来る。

 そうではなく、意志に反して連れ去られたのなら、今エダは窮地にある。

 悪いほうの事態を想定して動くべきだ。

 一番あやしいのは、どこだ?

 ゴンクール家だ。

 ならばゴンクール家に行けばよい。

 行って調べればよい。

 邪魔するやつがいるなら倒すまでだ。

 立ちふさがる扉があれば、壊すまでだ。

 もしもエダがゴンクール家にいなければ、次は神殿を探せばよい。

 そうやってゴンクール家と神殿を探しているあいだに、エダが無事にここに戻ってくるなら、それはそれでいい。何の問題もない。

 レカンは右目を開けて、にやりと笑った。

 猛獣の笑いだった。

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― 新着の感想 ―
>あのザック・ザイカーズやドボルや執事たちが放つ異様な重圧をものともせず、ぽりぽりと小動物のように菓子をむさぼり食っていたエダ。 あー確かにシリアスな話してる横でまるで関係無く菓子食ってたなぁ >…
[良い点] 菓子を貪っていたのは、言われてみれば・・・・・・。
[良い点] ま、また泣かされてしまった…… あそこでお菓子食べてたのでレカンは仲間として認めることになったんですねwww もう猛獣の目!頼もしいぜ!!!
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