12_13_14
12
午後には八か所の往診をして、三人は施療所に帰った。
昼食前にエダがノーマにかけた〈回復〉は、とてもよく効いたようで、帰り着いたとき、もう一度かけてくれと頼まれた。
「なんて気持ちいいんだ。体のすみずみまで洗われ、清められていくようだ。疲れもとれて、内臓も絶好調だ」
ぶつぶつつぶやいたあと、ノーマはがばりと起き上がった。
「君たち、全然研修の必要がないよね? 怪我や病気の仕組みなんて知らなくても、患者の症状なんかわからなくても、〈回復〉をかけるだけで、全部治ってしまうじゃないか。しかも魔力は無尽蔵ときた。杖がなくても魔法が使えるぐらいだし」
「オレたちは冒険者だ。迷宮では、原因や症状に合わせた細かな〈回復〉より、手っ取り早く怪我を治す〈回復〉が必要とされる場面も多い。だが、さまざまな状況での〈回復〉を考えたとき、やはり症状や原因の分析についての知識を持っておくことは有用だ。そう考えてシーラはオレたちをあんたのもとに差し向けたんだと思う」
「うーん。そういわれてみれば、まあ、知識はむだにはならないか。というか、私にとっては、また、患者たちにとっては非常にありがたい。今までは治療不可能だと思ってた患者や、長期の苦しい治療が必要な患者を、一気に治すことができるだろうね」
「誰を診察し治療するかは、全面的にあんたに任せる。オレたちは、あんたの指示と指導を受けて、施療を学びたい」
「わかった。明日は休みにしよう。明後日は施療院での私の診察と治療を見学してもらう。たぶん、君たち二人の〈回復〉の出番はない。では、明後日の朝、ここに来てくれ。あ、昼食はこちらで用意するからね」
13
「明日休みだって。レカン、どうする?」
「孤児院に行くか」
「あ、いいね」
「言い忘れていたが、一昨日、一度行った」
「あ、そうなんだ」
「疲れた」
「レカンにこどもの世話をしろなんて、むちゃにもほどがあるよね」
「それをあの副神殿長は理解していないんだ」
「でも、おかしいなあ。レカンが一度子守に行ったら、もう二度と呼ばれることはないはずなんだけどなあ」
「オレもそう思う。どうして九回も行かされるんだ?」
「さあ?」
「まあいい。オレはこれから森に行って、花を採ってくる」
「花?」
「約束があるんでな」
「じゃああたいは、お掃除の続きをして、晩ご飯の用意しとく」
「頼む」
14
「狼のおじちゃんだー!」
「きたぞー」
「逃がすなーーー」
「ほういちろーー」
たちまち駆け寄ってきたこどもたちにレカンは包囲され、しがみつかれ、身動きできなくなる。身動きしたら、つぶしてしまいそうだった。
「す、すごい人気だね?」
エダが当惑している。
「しゃがんでよー、おじちゃん!」
「しゃがめ、しゃがめ!」
「しゃがめー、しゃがめー」
「かたぐるまーー」
「はやくー」
もはや、レカンが来ると肩車の行進が始まることが恒例になっているようだ。
今、年長組十一人は柴刈り作業に出ているので、ここには十歳に満たない子十八人しかいない。しかし百人規模の歩兵があげる喚声に匹敵するように、レカンには思われた。
「よーし。五人ずつだ。最初は誰々だ?」
「あたし」
「ぼく」
「おれ」
「わたしよっ」
「今日の順番を決める!」
レカンがびしりと言い放つと、力の限りの大声で騒いでいたこどもたちが、しんとした。
「背の低い子から順番だ。みんな、背の順に並べ!」
わーっと声を上げて、こどもたちが一列に並ぼうとする。ところが、少しでも背を低くみせようとして、しゃがんでは身長をごまかして前に出ようとする。
「足を伸ばせ! 背を伸ばせ! ごまかしした子は、肩車をしない!」
「えーーっ?」
「おーぼー」
「ぶーぶーぶー」
ぶうぶうわいわい言いながらも、こどもたちは一列に並んだ。
「先頭から五名、来い」
「わーい」
「いちばんのりー」
「頭さげて、はやく、さげて」
「あたまはぼくだよ。お前は肩にいけー」
「あたちがあたまー」
さわぐこどもたちを、レカンは容赦なくむんずとつかんで、頭と肩に乗せ、力こぶを作るように腕をまげて、こどもたちをしがみつかせた。左側のこどもは小さくてうまく腕をつかめないので、レカンは大きな左手でその子をつかんだ。
頭にしがみついているのは、少し大きめのこどもだ。その両側のこどもは、頭にしがみついているこどもにしがみついている。
「今日の行進の目的地は、神殿入り口の石段だ!」
「おじちゃん、またかみさまをこわすの?」
「なぜそれを知ってる」
「だって、みんな言ってる」
「オレは壊したくて壊したんじゃない」
「じゃあ、どうしてこわしたの?」
「オレのほうが神様より強かったから、向こうが勝手に壊れたんだ」
「いや、レカン。その理屈むちゃくちゃだよ」
「このおねえちゃん。おじちゃんのいーひと?」
「そんなわけないじゃん。むすめだよ」
「さらってきたのー?」
「ゆーかいはん?」
「静まれ! 行進を開始する!」
五人のこどもを乗せたまま、レカンはゆっくり歩いてゆく。
ただしレカンにとってはゆっくりでも、こどもたちにとっては、かなりの急ぎ足でなければ追いつかない速度だ。
「狼部隊、しゅつどー」
「わるいやつは、ふみつぶせー」
「ふみつぶせー」
「いっち、に。いっち、に」
「ものども、つづけー」
「ちゅじゅけー」
「おー」
「おー」
エダは、ぽかんとしながら、こどもたちを引き連れて歩き去るレカンをみていた。
「むちゃくちゃなじんでる……」
そのあとレカンは、女の子たちに花をあげた。
エダは、色つきの細紐で動物や植物の形を作る遊びを教えて女の子たちを喜ばせた。
レカンは、蔦を丸めて作った大きな球を両手で投げ合う遊びをして男の子たちを楽しませた。
昼食前に年長組が帰還し、食事のあとは一緒に昼寝をした。
こどもたちに一斉に木の実を放らせてレカンが〈火矢〉で撃ち落とす芸をみせていたら、副神殿長がやってきて、レカンをしかりつけた。こどもたちは、レカンより強い副神殿長に歓呼の声を浴びせていた。
家に帰り着くなり、レカンは強い酒をあおった。エダが料理を作った。
「お前、ほんとに料理うまいな」
「えへへ。ありがとう」
質素で素朴な料理だが、うまかった。
「あれ?」
「どうした」
「あたいは料理がうまいって、シーラばあちゃんが言ってくれた」
「言ってたな」
「野営のときの手際をみてたらわかるって」
「そうだったな」
「でも、あたい、シーラばあちゃんと野営したことなんかないよ?」
「…………」
「なのに、何で知ってるんだろう?」
「ニケから聞いたんだろう」
「あっ、そうか。そうだね」
「そうにちがいない」
「ニケさん、どこにいるのかなあ。また一緒に冒険したいね」
「そうだな」
「えへへへへ」