10_11
10
「うんうん。ポルチムさん。ずいぶん顔色がよくなったじゃないか」
「はい。先生のおかげです」
「今日は素晴らしい力を持った助手が二人もついてくれていてね。ポルチムさんは運がいい。今日は研修中なので、この二人が無料で〈回復〉をかけてくれるんだよ」
「え?」
「ははは。心配はしなくていいよ。私がきちんと指導する。それに〈回復〉は、かけまちがえたからといって病気が悪化したりはしない。さて、レカン」
「うむ」
「君の眼力で、ポルチムさんのどこが悪いかわかるかな」
「足腰が弱っている。腰にはほとんど肉がついていない。歩いていないと思われる。顔色の悪さとはく息の匂いから、臓腑に問題があると考えられる。たぶん、食物を体に取り込んでいく働きをする臓腑だ」
「これは驚いた。レカンには医学の知識があるのかい」
「いや。ちゃんと学んだわけではない」
「だが、正しいよ。よし、ではまず、ポルチムさんの体全体に、弱く〈回復〉をかけてもらおう。体のなかからゴミを掃き出すようなつもりでやるんだ。まずは体のなかをきれいにしないと、施療が効果をあげにくいからね」
「わかった」
「そして、これはむずかしいかもしれないが、手応えを感じながらやるんだ。弱い〈回復〉をかけると、患者の体の反応が返ってくる。その反応から、どこに悪い部分があるかを突き止めてゆくんだ。施療師の初歩だよ」
「わかった」
「では、やってみたまえ」
「〈回復〉」
「えっ?」
軽くかけるように言われたので、レカンはごく弱い〈回復〉を発動させて、ポルチムの体にかけていった。どこからかけていいかわからなかったので、頭からはじめて、ゆっくりと手を動かして足先までかけた。
かけ終わってノーマをみると、両目を大きくみひらいて、ぽかんと口を開けている。
「腹のまんなかあたりに悪い所がある。それ以上のことはわからなかった」
「なんて強い光だ。あんな〈回復〉を、たっぷり全身にかけられるなんて、レカンはとんでもない魔力量の持ち主なんだね。というか、杖は?」
レカン自身には、〈生命感知〉という能力があり、一定距離内の人間や魔獣の保有魔力量がわかる。〈魔力感知〉を使えばさらに詳しくわかる。だが、こうした能力は、この世界では一般的ではない。魔力を持っている人間でも、他の人間の魔力量はわからないのだ。
「ポルチムさん。どんな感じだい? 体に何か変わった点はあるかな?」
「あ、あったけえ光が頭のてっぺんから、足の爪先まで、ほかほかに温めてくれて、そりゃもう、何ともいえんいい気持ちでした。何だか体が軽くて。起きられそうな感じがします」
「いや、起きるのは無理だと思うけど。いや、待てよ。どの程度体を起こせるかな?」
ポルチムは、完全にベッドに起き上がり、そればかりか、ベッドから降りて歩いてみせた。そのようすをみたポルチムの妻が泣き出した。
「あんた! あんた! 歩けるんだね。歩けるようになったんだね!」
そのあと、ノーマはポルチムをベッドに寝かせて、診察をした。
ポルチムが、腹が減ったと言い出したので、柔らかい物を食べさせるようにと告げ、診察を終えた。
家の外に出てから、ノーマはあきれたような声でレカンに言った。
「魔力切れの症状は出てないかい? だいじょうぶかい?」
「言われたとおり、極小の魔力で〈回復〉を行った」
「あれのどこが極小の魔力なんだ! あれが極小なら全力を出したらケレス神殿だって吹っ飛ぶよ!」
「あれだけ広いと、一撃で完全に吹き飛ばすことはむずかしい。だが、昨日覚えた上級攻撃魔法なら、一撃で全体を破壊することはできるかもしれん」
「じょ、上級攻撃魔法っ? き、君は、君は何者?」
「ただの剣士で冒険者だ」
「……なんで剣士が上級攻撃魔法を使えるのさ」
11
「マツギさん。腕は痛むかい?」
「いえ。おかげさんで、だいぶ落ち着いてきました」
「そうかい。マツギさんは、運がいいよ。ちゃんとした〈回復〉持ちが二人も研修中でね。今日はただで〈回復〉を受けられるんだ」
「へ、へい。そりゃあ、また」
「ははは。安心して任せてよ。私がついてるからね。さて、エダ」
「はい」
「マツギさんは、二か月前、仕事中の事故で、右腕を折ってしまった」
「はい」
「そのとき、骨が変な具合に折れてしまい、そして木の破片がたくさん腕のなかに入ってしまった」
「はい」
「私はその木の破片を、時間をかけて取り除いていった。だけど、骨の具合はもとに戻らず、今では肘を曲げるだけでひどく痛む。そして細かな細かな破片はまだ腕に残っていて、これは取り出しようがない」
「はい」
「まずは痛みをやわらげる治療が必要だ。そしてできるだけ右腕を健全な状態に戻してゆくんだ」
「はい」
「では、まずマツギさんの左腕を調べるんだ。呪文は唱えず、やわらかく魔力をまとわせて、左腕の状態、特に肘のすぐ上あたりの状態を確認するんだ」
「はい。やってみます」
「あれ? 杖は?」
「あ。持ってません」
「えっ?」
「杖なしじゃいけませんか?」
「ま、まあ、杖なしでできるんなら、べつにいいけど」
「やってみます」
「うん。そうそう。上手だ。それでいい。次にマツギさんの右腕に、そうっとさわって、やわらかく魔力を手にまとわせて、右腕の状態を確かめてゆく。そして左腕とどこがちがうかを分析するんだ」
「ぶ、ぶんせき?」
「心のなかで比べるのさ。右腕の状態を、左腕の状態に近づけていけばいいんだ」
「な、なるほど」
「やさしく、そっとね。君の大事に思う人が苦しんでいると思って、心を込めて悪い所を探っていくんだ」
「大事な……人が、痛がって苦しんでいる」
「そうそう。その調子だ」
「助けなきゃ。〈回復〉」
「えっ?」
「うわっ。まぶしい」
「な、何が起きてる?」
巨大な緑の光球が生じ、しばらく光り続けた。
そして光が収まった。
「あ、痛みが。痛みが消えました、先生!」
「え?」
「動く! 右腕が、右腕が動きます! ほら! ぐるぐる回しても、何ともねえ。仕事が、これでまた仕事ができるぞっ!」
「へっ?」
ノーマはマツギを診察した。
そして感激して泣いているマツギの娘が、昼食を食べていってくれというのを振り切って、レカンとエダを連れて外に出た。
「広場で弁当を食べようじゃないか」
心なしか、声に疲れが出ている。
「あの、お疲れのようですね。〈回復〉をかけましょうか?」
「〈回復〉を? 今かけたばっかりなのに、もう使えるのかい?」
「あれぐらいなら、一日百回でも」
「ええええええっ?」