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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第12話 施療師ノーマ
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 翌朝、レカンは借りた家に行った。

 表戸は開いていた。

 塀のなかに入ると、家をまちがえたか、と思うほど、小さな庭がきれいに片付いていた。

「あ、レカン。おはよう」

「うむ」

「レカンの部屋は一番奥ね」

「わかった」

「まだ掃除が残ってる部屋があるんだ。これからぼちぼち掃除するね」

「お前、ほんとにエダか」

「それはどういう意味?」

「いや。声も顔も気配も、確かにエダだ」

「前から思ってたけど、あんた、変な人だね」

 レカンはなぜか寂しさを感じた。

 あの少年を思わせるやたら元気な口調が、きらいではなかったのだ。

「朝ご飯は食べたの?」

「ああ」

「じゃあ、あたい、作って食べるから、ちょっと待っててね」

「ああ。それとこれを」

「これは何?」

「買い物の金だ」

「こんなにいらないよ」

「取りあえず受け取って、いることがあれば使ってくれ」

「なら、そうする。ありがとう」

 エダが淹れてくれた茶を飲みながら、エダが食事をするのを待った。

 ノーマがいつでも来てくれと言っていることと、昨日ノーマの家を教えてもらったことを伝える。

「あら、それじゃ、食事が終わったら着替えるね」

 なぜノーマの家に行くのに着替えるのか、レカンにはさっぱりわからなかったが、理由を問いただそうとは思わなかった。

「その格好では、襲撃されたとき動きにくくないか? それに、弓はどうした?」

「あんた、施療師の手伝いで戦闘をする気なの?」

 エダは、〈イシアの弓〉が入った〈(ルーフ)〉は持っているものの、野営道具などは家に置いていくつもりだ。考えてみれば、この世界ではそれはあたりまえのことなのだ。

 エダが表玄関のドアを閉めたあと、レカンは〈移動〉を使ってかんぬきをかけた。

「ちょっと。今、何をしたの?」

「かんぬきをかけた」

「あの重いかんぬきを? ドアの外側から?」

「ああ」

「あたいが帰ったとき、どうやって入るの?」

「オレが開ける」

「レカンが一緒にいないときなら?」

「飛び越えろ」

「できるか! いえ、できなくはないけど、何が悲しくて自分の家に入るのに塀を乗り越えなくちゃいけないの?」

「小さい鍵だけでは不用心だろう」

「かんぬきは、はずしてちょうだい」

 結局、かんぬきは、町の外に出るようなときだけかけることになった。


9


「君がレカンか。いやあ、ほんとに大きいね。私がみあげなくちゃならない人は久しぶりだ。そして君がエダだね。よろしく」

 ノーマは、白っぽい飾り気のない服を着た長身の女性だった。すらりとしていて、男性的な美しさがある。姿勢はよく、骨格はしっかりしている。きびきびとしてむだのない挙措をみていると、女剣士のような印象を受ける。もっとも、武芸の心得がないことは一目瞭然であり、戦闘力は低いだろう。

「ノーマ様。お客様ですか」

「ああ、ジンガー。シーラさんから紹介のあった〈回復〉持ちのお二人が来てくれた。今日から約一か月ほど、この施療所の手伝いをしてくれる。私のほうでも病気や怪我の治療を教えるから、給金もないかわり、授業料もない。レカン、エダ。こちらの老人はジンガー。この施療所の裏方一切を引き受けてくれている」

「ジンガーです。よろしくお願いします」

「ああ」

「この人はレカン。あたしはエダです。お世話になります」

 ジンガーという老人は、もと上級の兵士か、ひょっとしたら騎士だ。痩せてはいるが、歩き方に隙がなく、筋肉は強靱さを残している。動作はわざと崩しているようなところがあるが、筋目正しい動きに慣れているようにみてとれる。

 剣士、だろうか。

 魔力はわずかしか感じない。だが、武威はただものでなく、長年厳しい戦いに身を置いてきた者が発するような、独特の気品がある。

「さて、レカンは薬師の修業を少しはしていると聞いている。お手数だけど、お二人、庭に出てもらえるかな」

 見事な中庭だった。

 広大な奥行きのある中庭を、薬草が埋め尽くしている。

 それをいうなら、この家そのものも、古びてはあるが立派な造りをしていて部屋数も多い。施療所に使っているのは、もともと応接室や待合室だった部屋だろう。

「レカン」

「ああ」

「この庭に生えている薬草の、名と効能を挙げていってほしい。君の知識がどの程度か知っておきたいんだ」

「わかった」

 レカンは、庭を歩きながら、知るかぎりの薬草について、その名前と効能をノーマに告げた。

 三人はそのあと施療所の待合室で、ジンガーが淹れてくれた茶を飲んだ。

「すごいな、レカンは。庭に生えている薬草の三分の二ぐらいを知っていたね。希少な薬草も多いし、平地ではふつうみかけることのない薬草もあったんだけどね。しかも、マメツブグサや、リュウノイブキや、ジゴクソウまで知っているとは」

「その三つの毒草は、シーラの家の庭にもある」

「えっ? なんて危険な」

「シーラの家の庭に生えているのは、ほとんど毒草だから、毒耐性を持たない者は最初から入らない。この庭では、薬草と毒草が入り交じっている」

 そう言いながら、レカンはある事実に気づいた。

 ジェリコは、毒耐性を持っている。まずまちがいない。

(何者だ、あの猿は?)

「ははは。私とジンガーしか入らないようになっているからね。だけど、このぶんなら、レカンにも薬草の手入れや採取は頼めそうだね。効能についての知識も大したものだ。シーラさんに弟子入りして、どのくらいになるんだい?」

「二の月の初旬からだから、二か月半だな」

「へえ? それでそれだけ勉強しているとは。よほど密度の高い勉強だったんだろうね」

 レカンは、もといた世界での薬草の知識があった。だから薬草の効能や配合について基本的な考え方はわかっていたのだ。とはいえ、普通の薬師に弟子入りしていたら、出会えた薬草の数は、うんと少なかったろう。

「さて、今日は往診日なんだ。これから患者の家をめぐる。二人は、弁当は持ってきてるかい?」

「食べ物は携帯している。エダ。お前の食べる分もある」

「ありがとう」

「けっこう。ではまず、手をしっかりと洗ってもらう。井戸の脇に洗い粉が置いてあるから、しっかり手にこすりつけて洗うんだ。手先だけじゃなく、肘から先を全部ね。それから、きれいな手ふきを持っているかい?」


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