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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第12話 施療師ノーマ
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6


 すすけてうつろな目をしているレカンが気の毒になったのか、シーラはねぎらいの言葉をかけた。

「お疲れさんだったね」

「ああ」

「ところで、施療師ノーマのほうは、いつでも来てくれと言ってる」

 この知らせで、レカンの目に光がともった。

 自分の能力を伸ばすことは、レカンにとって大きな喜びなのだ。

「そうか。エダは、家の掃除と準備に今日明日かかると言っていた」

「ふうん。じゃあ、明後日からだね」

「明後日、家に行って、エダがいいといえば、その足でノーマのところに行くことにしよう」

「てことは、あんた、明日は暇なんだね」

「ああ」

「じゃあ、魔法の稽古をつけたげる」

「それはうれしい話だ」

 レカンはすっかり元気になった。


7


 朝、西門に集合したレカンとニケは、門を出て南西に向かった。

「よし。ここならいいだろう。さてと」

 ニケは、杖を取り出した。

 碧く大きな宝玉のついた杖だ。以前みたゼキの杖より長いが、カシス神官の杖より短い。

「見本は一度しかみせない。よくみて心に焼き付けるんだ」

 ニケは杖を顔の前に構えて目を閉じた。

 ゆっくりと魔力を体の中心に集めている。

 レカンに理解しやすいよう、速度を落として実演しているのだ。

 腹の底にためた魔力をぐるぐる回している。魔力が渦を巻いて増幅してゆく。

 よどみなく、無駄なく魔力は移動してゆく。

 その動きのなめらかさは、みとれるほどに美しい。

 魔力は右腕を通り、吸い込まれるように杖にたまる。たまった魔力はじっとしているわけではなく、杖のなかを旋回しながら、新たな魔力を呼び込んでいる。

 連続的に送り込まれた魔力は、杖のなかで練り上げられ、圧縮されてゆく。

「〈驟火(ガイルベイ)〉!」

 毅然きぜんとした呪文とともに宝玉は閃光を放ち、何千という火の矢が飛び出し、高々と空に舞う。そして曲線を描いて方向を変えたかと思うと、空の高みから圧倒的な威力をもって、大地に降りそそいだ。

 けたたましい音を立てて大地は削られ、土煙が高く舞った。

 収まったとき、木々は無残にへし折られ、大地はえぐられて、風景が一変していた。しかもその範囲の広さがただごとでない。これでは本当に、軽装の兵士なら軍団ごと全滅だ。

「威力があるようにみえるけどね。膨大な魔力を使うわりに、一撃一撃の貫通力は大したことない。いい装備をした敵なら倒せない。それでも雑兵を一瞬で壊滅状態に追い込める魔法だから、使い方によっては一撃で戦況を変えられる」

 ニケは魔力回復薬を飲んで、言葉を続けた。

「ふつう、この魔法を使うときは、魔法陣を書いて数人がかりで魔力をためて、さらに巨大な魔石を使いつぶして発動する。準備詠唱も、ちょっとややっこしいね。だけどあんたなら」

 持っていた杖をレカンに渡した。

「今のあんたなら、魔法陣も準備詠唱もなしに撃てるはずさ」

 レカンは杖を右手で持ち、頭の前に掲げて目を閉じた。

 感じる。

 額のすぐ下、目と目のあいだあたりから自分の魔力が流れ出て、杖の宝玉と共鳴している。うっかりすると、魔力をごっそり吸い取られそうな気配がある。じゅうぶんに時間をかけて、レカンは杖の特性と自分の魔力をなじませた。

 ゆっくりとレカンは魔力を腹に集めていった。

 そしてある程度の量が集まってから、ぐるぐると回しはじめた。それは収束していく魔力の輪だ。体中から流れ込む魔力という魔力を、一つの巨大なかたまりに凝縮してゆくのだ。

 ここからがむずかしい。

 さきほどニケがやってみせた何気ない魔力の移動は、扱う魔力が多ければ多いほどむずかしい。たぶん、ふつうは、ここで大きな魔力の損失が起きるため、それを補うために、魔法陣や魔石を使う。

 ここでレカンは最初の驚きを味わった。

 もう限界に近い量の魔力を下腹に送り込んだと思ったが、魔力のかたまりは、まだまだ多くの魔力を要求している。

 驚きながらもその要求に答え、レカンは連続的に魔力をそそいでゆく。

 体のあちこちがはじめての事態に困惑しながらも、レカンの要求に応じて魔力を生み出していってくれる。

 まさかこれほどの魔力を一度に扱えるとは。

 もちろんこれは、レカン自身の技術によるものではない。杖が助けてくれているのだ。

 そしてその魔力を右腕を通して杖に送り届けようとして、二度目の驚きを味わった。困難そのものに思えたその作業が、するりと何のさまたげもなく成功したのである。

 杖というのが魔法の行使においていかに有用な道具であるか、レカンはこのときはじめて知った。

 そうしているあいだにも、魔力は次々に杖に送り込まれてゆく。

 一方では体から集めた魔力を体内で循環して圧縮し、他方では圧縮した魔力を右腕から杖に送り届け、さらに杖では魔力に螺旋を描かせて蓄積してゆく。この杖には、レカンの膨大な魔力をいともあっさり受け入れるだけの容量があるのだ。

 もはや発動のときは近い。

 レカンは先ほどニケが現出した光景を、鮮明に頭のなかに思い浮かべた。

 千本どころか万本にも達する〈火矢〉が、杖の宝玉から生み出されてゆく光景を。

 力強く飛び出した無数の〈火矢〉が、空高く舞い上がる光景を。

 そして急速な曲線を描いて軌道を変え、すべての〈火矢〉が大地に襲いかかる光景を。

 来る。

 来る。

 魔力が完全に収束を終え、爆発的な展開をしようとする、その瞬間が。

 そして、その時は来た。

「〈驟火〉!」

 杖も自分も粉々に砕け散ってしまうのではないかと思えるほどの暴力的な噴出が起きた。だが、制御はしっかりとにぎったままである。万本の火の矢がたった一つの杖から生み出され、すさまじい勢いで上昇する。

(今だ! 曲がれ!)

 レカンの心が命じた命令にしたがい、火の矢たちは一斉に方向を転換した。

 大地に地獄が生まれた。

 それほどの閃光と爆発であり、衝撃音だった。

 静まらぬ土ぼこりに包まれて、くらっと意識がゆらぐのを感じる。

 あわてて〈収納〉から青の大ポーションを取りだして飲んだ。

 一個目の青ポーションの効果は絶大で、枯渇した魔力をたちまちのうちに補充してくれた。

「まあまあってところかねえ。ちょっと力任せだけど。これが、〈火矢〉を発展させた光熱系上級攻撃魔法〈驟火〉さ」

 このあとは昼食時間となった。

 昼だが、たき火をたいた。寒いということはないのだが、たき火の熱は心地よい。

 ニケはスープを飲みながら、独り言のようにつぶやいた。

「むかし、魔法の才能のあるぼうやがいてね、ひょんなことからあたしが面倒をみることになって、あたしはその子に魔法を教え込んだのさ」

 レカンは、炙った塩漬け肉をかじりながら、聞くともなしに聞いていた。

「やがてその子は成長し、一人で〈驟火〉を発動させ、敵の歩兵を壊滅状態に追い込むことができるほどになった」

 それでは以前聞いた魔法使いというのは、ニケの弟子だったのだ。

「ところがその子は、何もかも力ずくでやるようになっちまってねえ。味方だった貴族に憎まれて、そりゃあみじめな死に方をしたのさ」

 ニケは〈移動〉で、端にあった薪をひょいと中央に移動した。ぱちぱちと音を立てて火の粉が舞った。

「どんなに強いやつでも、呪いの一つ、毒の一つ、裏切りの一つで、簡単に死んでしまう。人間てのは、そういうもんだ」

 レカンはニケをみた。ニケはたき火をじっとみつめている。

「だからあんたは人と折り合いをつけることを学べ、なんてことは、あたしは言わない」

 ニケは、まっすぐにレカンをみた。

「あんたは強くなれ。誰よりも強くなれ。何よりも強くなれ。世界を踏みにじるためじゃなく、世界に踏みにじられないために強くなれ。強さの地平を超えるんだ」

 強さの地平の向こう側。

 到達したとき、そこにはどんな風景が広がっているのだろう。

 みてみたい、とレカンは思った。

「あんたも上級魔法を使うようになったんだねえ。この魔法は、宮廷魔術師たちが何人かで戦争のはじめに撃ったもんだ。魔法陣を使ってね。最近じゃ使ったって話を聞かないから、失伝しちまってるのかもしれないね」

「大勢でやり、魔石の力も加えれば、もっと威力は強くなるのか」

「いいや。結局は〈火矢〉だからね。魔術師ごとに、一矢の破壊力は決まってる。集団で撃てば、一矢一矢の威力は平均値ぐらいになるね。魔石や魔法陣を使うと、範囲が広くなり、矢の数が多くなるのさ。あんたの〈驟火〉は、一人で撃ったとは思えないほど範囲が広いし、一発一発の威力が高いねえ。感心するよ。魔力効率はいまひとつだけどね」

 このあとニケは、〈雷撃(グィンバル)〉を教えてくれた。発動には至らなかったが、このぶんなら習得できるだろうと言ってくれた。

 〈雷撃〉は、〈炎槍〉と並ぶ、代表的な光熱系中級攻撃魔法だ。〈炎槍〉と同じようにまっすぐ飛ばすこともできるし、一定の範囲を〈雷撃〉の網で囲み、その範囲のなかにいる人や魔獣を攻撃する、というような使い方もできる、使い勝手のいい魔法である。

 この魔法があるなら、〈驟火〉を覚える必要はなかったのではないか、とレカンは思った。

「その杖はあげるよ」

「ずいぶんいい杖のように思うが」

「あたしが全力で使うと壊れちゃうんでね。誰かにあげようと思ってたんだ」

「杖がこんなにいいものだとは知らなかった」

「杖がなくても使える魔法は、杖なしで練習するこったね。握りの太い杖や宝玉を埋め込んだ杖は、高い威力の魔法を使うときに使う。細く削り込んだ杖は、繊細な制御の必要な魔法を使うときに使う。ノーマの魔法から学ぶことは多いと思うよ」

「楽しみにしている。あ、そういえば、〈獄炎(ゲルバン)〉という魔法はどの系統の魔法なんだろう」

「〈獄炎〉? ああ、あれかい。あれはね、〈炎槍〉だよ」

「なに? 同じ魔法とは思わなかった」

「〈炎槍〉に思いっきり魔力をそそいで、飽和させて爆発させるんだよ。発動そのものももたもたしてるし、飛んでいく速度も遅い。ただ、派手だから、相手を驚かせる効果があるね」

「さんざんな評価だな」

「いやいや。集団戦では、脅かしたり意表をついたりするのは、とても大事なことさ。猿系や狼系の魔獣にも有効だしね。あれも才能ある魔法使いが使うと、なかなか恐ろしい威力になるよ」

「魔法陣というものを知らないが、どういう場合に使うものなんだ」

「魔法陣てのは、特定の魔法ないし魔法群に特化した、使い捨ての魔力増幅装置兼制御装置さ。要するに汎用ではない杖なのさ。杖は一人で使うものだけど、魔法陣は二人以上で使う。儀式魔法では、どうしても魔法陣を使うことになるね。魔法陣を使うときは、ふつうは杖は使わない。制御が干渉し合って暴発したりするからね」

「オレにも使えるか?」

「ううーん。興味があるんなら、簡単な魔法陣の一つぐらい教えてあげてもいいけど、あんたの場合、覚えてもあんまり意味がないと思うよ」

 それから二人はヴォーカに帰った。

 ノーマの家までニケは案内してくれた。

 家の位置だけを確認して、あいさつはせず、レカンはそのままニケと別れて宿に帰った。


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― 新着の感想 ―
レカンに見本として教えるために今回は〈驟火〉の発動詠唱を唱えましたけど、シーラなら無詠唱でも発動できるんでしょうね 広範囲を攻撃できる魔法を何の兆候もなく発動されると思うと怖いですね、まぁ<脱水>みた…
[一言] シーラの昔話だけで、何作も物語が出来そうです。 シーラはその経験からレカンを導こうとしているのですね。素晴らしい師匠に出会えてレカンは幸せですね。
[良い点] こんなすごい作品があったとは。。絶句です。 [一言] 主人公とシーラの掛け合いが素晴らしく面白い。読んで後悔の無い作品ですね。素晴らしいとかしか言えない。
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