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「それで? それで、どうしたんだい?」
「最後のほうのこどもたちは、自分たちに菓子が行き渡らないのではないかと気づきはじめ、次第に不安そうな顔になっていった。オレも、菓子がなくなったらどうすればいいんだろうと思いながら、菓子を渡していった」
「うんうん。それで?」
「二十五人目の子に菓子を渡したとき、あとの四人は、もう泣きそうな顔になっていた。だが、その瞬間、オレは思いついたんだ」
「何をだい?」
「〈赤猿〉の群れが襲ってきて、矢の数が足りなかったら、どうするか。決まっている。ナイフを投げるんだ。ナイフがなければ石でも棒でもいい。とにかく投げつけるんだ」
「まさか石を投げつけたんじゃないだろうね」
「そんな非常識なことはせん」
「あんたに常識を説かれるとは思わなかったよ」
「オレは、四人のこどもに、にっこり笑いかけた。こどもたちの顔は引きつった」
「あんた、自分の笑顔の威力をわかってないよ」
「オレは言った。よく最後までがまんしたな。最後まで待った者には、一番いいものがある」
「よけい期待させてどうするんだい」
「そう言いながら、〈収納〉に右手を突っ込み、必死で念じた。何かうまい物をと」
「もはや隠そうとしてないね、〈収納〉を」
「オレの右手は干し肉のかたまりをつかみだした」
「あ、あの干し肉かい。あれはうまかったねえ」
「オレは、二十六人目の子に言った。手をおわんの形にしろ」
「ふん?」
「そしてオレは立ち上がり、左手に干し肉のかたまりを持ち、右手で〈収納〉から聖硬銀の剣を出した」
「すごいものを持ち出したね」
「持っているなかで一番切れ味のよい剣なんだ。剣を手にすると、オレの心は落ち着いた」
「装備に頼るなって、誰かに説教してなかったかい?」
「そして、干し肉を放り上げ、剣を振るった。干し肉は四つに切れて、二十六人目のこどもの手のなかに落ちた。みまもるこどもたちから歓声が上がった」
「お見事」
「すると、二十七人目のこどもも、立ち上がって手をお椀の形にして、期待に目を輝かせた」
「そうなるだろうね」
「オレはまたも干し肉を取りだし、同じことをした。二十八人目のこどもにも、同じことをした。二十九人目のこどもにも同じことをしようとしたが、もう干し肉がなかった」
「おやおや、弾切れかい」
「もう食べ物はなかった。ちょうど〈収納〉のなかの食べ物を整理した直後だったんだ」
「そのピンチを、どう乗り切ったんだい?」
「それでも、食べ物をと念じると、岩塩が出てきた」
「そりゃ、お菓子の代わりにはならないねえ」
「オレは、その岩塩をみて、あることを思いついた。むかしある王宮でみた美しい宝玉の色とよく似ている、と」
「へえ?」
「左手でひょいと岩塩を空中に放ると、聖硬銀の剣で削った。またも左手で岩塩を投げ、剣で削った。何度も何度もそれを繰り返した。そのときオレの頭にあったのは、あの美しい宝玉を再現するという、そのことだけだった。気がつくと、あの宝玉そっくりの色と形をした岩塩が手の上にあった」
「あんたは結局問題を剣で解決するしかない男なんだねえ」
「オレは剣技の新しい境地にたどり着いたかもしれん」
「それはどうでもいいよ。こどもの反応はどうだったんだい?」
「オレは二十九人目のこどもに岩塩を渡し、これはしょっぱいけど、とてもおいしい菓子だ、と言った」
「嘘じゃないか」
「その子は目を輝かせながら、食べるのなんてもったいない、と言った」
「もしかして、二十九人目の子は、女の子だったのかい?」
「そうだ」
「あんた、ついてるよ」
「オレは言った。そのしょっぱい菓子を食べれば、その菓子のように美しくなれると」
「急に口がうまくなったもんだ」
「ところが、その二十九人目のこどもが、こう言った。狼のおじちゃん、今日は、お花はないの」
「お花?」
「この前孤児院に行ったとき、森で採取した花を〈収納〉にしまっておいて、それを目の前で取り出して渡したんだ」
「へえ。しゃれたことをするじゃないか」
「オレは、今日は花はない、と答えた」
「それはちょっと冷たいね」
「前回花を土産にした。今回同じことをしてもつまらんだろう」
「女はね、何回でも花を贈ってほしい生き物なんだよ」
「なに? とにかく、二十九番目のこどもは、悲しそうな顔になり、やがて泣き出してしまった」
「あちゃあ」
「すると、ほかの子たちも泣き出してしまった。ついには女の子全員が泣き出した」
「そりゃ困った」
「オレは大声で叫んでしまった。今度来るとき、女の子全員に花を持ってくると」
「そうしたら、どうなった」
「こどもたちは、ぴたりとなきやんだ。二十九番目のこどもが言った。狼のおじちゃん、お花は一つだけなの」
「ありゃまあ」
「オレはそのとき、少し意識が飛びかけていたかもしれん。つい、一人に二つやると言ってしまった。女の子たちは、きゃっきゃと喜んでいた」
「その次に何が起きたか、予想がつくよ」
「二十六番目の子が言った。おっちゃん、男にも何かくれよと」
「むしられてるねえ」
「もう、あそこには行きたくない」
「やれやれ。まあ、仕方ないさね。いさぎよく、〈つけた火に炙られる〉んだね」
「なんだ、それは?」
「昔話だよ。旅人が森で炎狼、つまり炎をはく狼と出くわしてね、炎狼につけさせた火で炎狼を焼いて食っちまう話さ」
「炎狼という魔獣がいるのか」
「そっちかい。魔獣じゃないよ。神獣さ。正しくは炎狼じゃなくて白炎狼というんだけどね。実際にみた人はいないよ。そういう伝説があるだけさ」
「ただの言い伝えなのか」
「そういうことになってるね」