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レカンは、ジェリコとともに、五つの薬屋に薬の詰まった樽を届けた。
シーラが作った薬だが、レカンも薬草採取の段階から手伝った薬だ。
どこの店でも、泣かんばかりにして喜ばれた。シーラの薬は品切れになっていて、顧客の要望に応えられなかったからだ。
レカンが出たり入ったりして薬を運んでいるあいだ、エダはシーラから、〈火矢〉の手ほどきを受けていた。結局、この日は発動の気配もなかった。
レカンが教わったときは、一刻もかからず発動できるようになった。
(エダは、光熱系攻撃魔法には適性がないのかもしれんな)
配達も終わったので今日は引き上げようかと思っていると、ダンスがやって来た。チェイニーの使いをしている男だ。たぶんこの男は、店のなかではそれなりの地位にある。使い走りをするような立場ではない。かなりの裁量権も持っていると、今までのやり取りで感じた。この男を使いに出すということは、シーラを重くみているということだ。レカンについても同様である。
「遅くなりました、シーラ様。貸し家の件でご用がおありですか」
どうもシーラのほうが呼び出したようだ。
だが、シーラは家から出ていない。
何か秘密の連絡法があるのだろう。
「レカンとエダが、あの家に住みたいって言ってる。まずは一度みせてやっておくれでないかい」
「承知しました。今からすぐみにいかれますか?」
「ああ」
「あたいも行きたい」
「では、ご案内します。シーラ様」
「何だい」
「まもなく主人が参ります。ご報告して御礼申し上げたいことがあるようです」
「べつにいらないけどね。まあ、わざわざ来るっていうなら会うよ」
「ありがとうございます」
レカンとエダは、ダンスに案内されて、その家をみた。
古くてこじんまりした家だが、井戸もあるし、一通りのものはそろっている。何より頑丈で高い外壁を持ち、玄関扉が分厚くてかんぬきもしっかりしているのがいい。
「壁が高くて、お洗濯物を干すのに、ちょっと不便だね。入り口のドアも重くて開閉に力がいるし」
レカンが利点だと思ったものは、エダにとっては欠点だったようだ。それでも、シーラの家から近く、商店街からも近い。いい物件のように思われた。値段を訊けば、今年いっぱいの借り賃が銀貨十二枚でいいという。レカンにはこうしたものの相場はわからないが、格安だということはわかった。
「どうだ、エダ」
「うーん。お安いのが魅力的だよね。住んでみて問題があったら、また引っ越したらいいんだしね」
「よし、では借りることにする」
「ありがとうございます。鍵は二つお渡しします」
鍵をレカンとエダに渡すと、ダンスは帰っていった。
「さてと、では今から住むか」
「ちょっと何言ってるの。お掃除しなきゃだめだし、ベッドにはわらもシーツもないよ。調理道具や食器も買わないといけないし」
「べつにかまわん。野営道具がある」
「なんで家を借りたのに野営しなくちゃいけないのよ。いいよ、もうレカンは。あたいがお掃除して、最低限必要な物は買っておく。レカンは、あさって、じゃなくて三日後に来て」
「わかった。ではな」
レカンはいつもの宿に部屋を取った。
〈収納〉のなかの食べ物を出してみると、いたみかけたものもあり、そろそろ食べたほうがいいものもあった。いたんでしまったものは捨て、そうでないものを宿に渡して料理させた。
その料理をぱくつきながら、強い酒をたっぷりと飲み、ぐっすりと眠った。
4
「おや、どうしたんだい、レカン。なんか、ぼろぼろって感じだよ」
「孤児院に行った」
「そりゃ、ご苦労さん。エダちゃんも一緒だったのかい?」
「いや、エダは家の掃除と買い物をしてるはずだ」
「お金は渡したのかい」
「……いや」
「あとでちゃんと渡すんだよ」
「ああ」
「それで、孤児院は、どうだった」
「泣かれた」
「へえ?」
「オレの顔をみると、こどもたちが歓声を上げて群がってきた」
「よかったじゃないか。好かれてるんだ。たった一回行っただけで大人気だね」
「群がってきたのが〈赤猿〉だったのなら、皆殺しにできたんだが」
「孤児院に奉仕に行って、こどもたちを皆殺しにしてどうするんだい」
「わかっている。だから剣を抜くのはがまんした」
「あたりまえだよ。それで?」
「そのうち、しゃがめ、しゃがめと言い出した」
「へえ?」
「反論するのが面倒だったので、しゃがんだ」
「ああ」
「すると、肩やら頭やらにこどもがのぼりはじめた」
「目に浮かぶようだね」
「押し合いをするので、次々にこどもが転落する。それをやわらかく受け止めるのがむずかしかった」
「あんたほどの反射神経なら、むずかしくはないだろうさ」
「うっかり力を込めるとにぎりつぶしてしまいそうで、相当の注意が必要だった」
「あ、なるほどね」
「うるさいんだ」
「うん?」
「こどもというのは、うるさいんだ。果てしなく」
「そういうもんさね」
「耳のすぐ横で、けたたましい声を上げ続けるんだ。あれは一種の精神攻撃なのだろうか」
「そんなわけないだろう」
「その次は、歩け、歩け、とわめき立てた」
「まあ、それが順序ってもんだね」
「オレは考えた。一人ずつだと大変な時間がかかってしまうと」
「うん? それで?」
「一度に五人を乗せて歩いた。ほかの子は、あとからぞろぞろついてきた。両足には一人ずつしがみついていた」
「なんとまあ、やるもんだね。まあ、あんたはでっかいからねえ。こどもたちにとってはすごいながめだろうさ」
「こどもの数は二十九人だった。六回で終わった」
「おめでとうさん」
「だが、終わりではなかった」
「へえ?」
「やっと終わったと思ったオレに、こどもたちは言った。もう一回、と」
「ありゃあ」
「三度目の行進が終わったとき、オレはたまらず、〈収納〉から赤ポーションを出して飲んだ」
「それはちょっとちがうんじゃないかい」
「それをみて、こどもたちの一人が言った。ぼくたちには、お菓子ないの、と」
「飴玉か何かにみえたんだろうね。赤いしね」
「オレは思い出した。ザイカーズ商店でもらった菓子の袋を」
「あたしたち一人一人に一袋ずつくれたね」
「それを取り出して、配り始めた。こどもたちは正気を失ったように騒いだ。あれは狂化の一種なのだろうか」
「ちがうと思うよ」
「ところが、大変なことが起きた」
「へえ。何だか聞くのが楽しくなってきたよ」
「二十五個しかなかったんだ。菓子が」